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◆15話 小金井くんの背中を押す


「えー、それはないよ小金井くん。だって聖ちゃんだよ? 万物に優しい聖ちゃんだよ? 聖ちゃんに嫌われようと思ったら生半可なことじゃ叶わないよ?」


「いや、その……。最近、高野に避けられてて。今までは学校で会ったら、高野の方から挨拶してくれてたんだけど、最近では……目が合った瞬間、トムソンガゼルのような瞬発力で逃げられる」


「えっ……それは完璧に嫌われているのでは……」


 再び倒れる小金井くん。ショックが大きかったようだ。しかし、俄かには信じがたい。聖ちゃんが地球上の生物を嫌うところを見たことがない。あの黒くて俊敏なゴで始まる虫が理科室に現れて皆が騒然となった時でさえ、不快そうな顔をするでもなく、「相手にとって不足なし」と、不敵な笑みと先生のスリッパで以て一撃のもとに伏していた聖ちゃんである。


「小金井くん、聖ちゃんに何かしたの?」


「……原因は分からないが、心当たりは、あるんだ……」


 小金井くんは縁側に倒れたまま、呻くように答えた。


「このあいだ、先生に荷物運びを頼まれて、資材室に行って」


「ふんふん」


「高野が手伝うって声掛けてくれて」


「ほうほう」


「そこから先の記憶がない」


「うん?」


「高野と資材室に入ったところまでは覚えているんだが、その先が曖昧で……。気が付いたら、なぜか高野に膝枕をされていた」


「う……うん?」


「しどろもどろの高野が言うには、俺は棚から落ちてきた物で頭を打って、気絶したらしいんだが……なんで高野がしどろもどろなのか分からないうちに、高野はニホンカモシカのような瞬発力で資材室から逃走してしまった。以来、声を掛けようにも逃げられ続けている」


 小金井くんは両手で顔を覆い、絶望的な声で言った。


「記憶にないけどたぶん、気絶する直前にでも俺は高野に失礼なことをやらかしたに違いない……! 話題に困った結果、高野を困らせるようなチョイスの話を振ってしまったに違いないんだ……!」


「例えば?」


「トロッコ問題とか……」


「それは確かに回答に困るけども。難題を振られたからと言って気分を害する聖ちゃんじゃないよ。知ってるでしょ?」


「……。……。うん」


 小金井くんは再び起き上がった。が、依然として顔色は優れない。


「しかし資材室で俺は何をやらかしたのだろう……」


「うーん。小金井くんが何かしたわけじゃないかもよ。資材室でふたりきりになったということ自体が、原因だったのかも」


「?」


「小金井くん。己を省みて欲しい。君は身長180センチ越えな上に、あまつさえ腹筋が割れていて、リンゴを片手の握力で砕けて、なんで園芸部のくせにダンクシュートができるんだと球技大会で物議を醸し、たまたま遭遇したコンビニ強盗を掌底で気絶させたような男だよ? なかなか見ない強フィジカル高校生だよ?」


「日常生活を送っていたら誰だってこの程度の筋力は付くだろう」


「一般的な高校生は日常的に荒地を開墾したり山へ芝刈りに行ったりしないのだよ小金井くん。でね、あからさまに自分よりも『強者』である存在が同じ空間にいたら、例え相手に敵意がなくとも、本能的に身構えてしまうものなのだ……って、このあいだ読んだバトル漫画で言ってたよ。つまりそれ」


「いや分からん」


「資材室という密室に小金井くんとふたりきりという状況……。聖ちゃん的には、『同じエレベーターに柳生十兵衛が乗り合わせた』くらいの、本能的な威圧を感じたという事だよ……!」


「……。……。それは確かに身構えるな」


「うんうん。そして小金井くんが頭打って気絶とかしちゃうもんだから、頑張って膝枕で介抱してくれたけれど、もういっぱいいっぱいだったんじゃないかな。なんてったって圧倒的強者な小金井君に対し、聖ちゃんは蜂蜜の瓶の蓋も開けられない繊細可憐な乙女なんだもの。それで逃げたんだと思うな。で、いかに本能の為せる業とは言え、同じ部活で汗を流した仲間から逃げちゃったことに罪悪感を抱いて、今も逃げてるんじゃないかな……!」


「そ、そうだったのか……!」


 バトル漫画の受け売りで私の打ち立てた推理に、小金井くんは深く頷いた。ちなみに私は今、その小金井くんと縁側でふたりきりで平然としているのだけれど、私も小金井くんもそのことに気が付いていない。


「つまり聖ちゃんに嫌われていないよ。ふたりきりだから威圧を感じて逃走しただけだよ。じゃあ、するべきことは分かるでしょ!」


「ああ……。気絶している俺を高野は膝枕で介抱してくれたというのに、お礼さえ言えていない……!」


「よし! お礼を言うのだ小金井くん! それで、『介抱してくれてありがとう』と『逃げられたことなんて別に気にしてないよ』の意を告げるのだ! お花を渡すとなおベター!」


「ああ! 庭の大根の花が綺麗だから、それを渡そう!」


 方針の決まった私たちは、「ありがとう小宮」、「頑張れ小金井くん」と固い握手を交わした。


 かくして次の月曜日、我が校舎では、小金井くんに声を掛けられてジャックウサギのごとく逃げ出した聖ちゃんと、大根の花束を持って後を追う小金井くんという、一大追走劇が繰り広げられた。


 聖ちゃんは学年の女子の中で一番足の速い生徒だが、小金井くんは学校中の生徒で一番足の速い生徒である。見事追いついて、校舎裏の壁際に追い詰めていた。

 なお、その際、壁ドンの形になっていたのだけれど、少女漫画的きゅんを解さぬ小金井くんのことだから、あれは恐らく追いついた獲物を逃がすまいとする狩猟本能の発露だと思われる。でも傍から見守る分には完璧なスタイルの壁ドンだったので、思わず「いいぞ小金井くん!」と唸ってしまった。


 そして、小金井くんは聖ちゃんに大根の花を無事に渡せた。が、その際に緊張した小金井くんがテンパった結果、「あの時は介抱してくれてありがとう」と言うべきところを、うっかり「好きだ愛してる嫌いにならないでください」と言い間違えてしまったことにより、もう一騒動起こって、その結果ふたりはお付き合いをすることになったのだけれど、それはまた別のお話である。



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[一言] 「介抱してくれてありがとう」を、うっかり「好きだ愛してる嫌いにならないでください」と言い間違えてしまうなんて、そんなすてきな人生を送りたかったなぁ、なんてすてきな夢を見させていただきましたあ…
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