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◆14話 小金井くんの家にお邪魔する


 土曜日、朝。


 私は半袖のワンピースにサンダルという初夏スタイルで、立派な日本家屋の門前に立っていた。フランスパン帽子は日下部活動時にのみ着用する特別な品であるため今日はお留守番、代わりに鍔の広い日除け帽子を被っている。


「こーがーねーいーくーん。お煎餅届けにきーたーよー」


 門前で声を張り上げる。反応が無い。そうだ、古式ゆかしい日本家屋感につい忘れていたけれどインターホンがあるんだったと思い出し、呼び出しボタンを押す。


「こーがーねーいーくーん。お煎餅持ってきーたーよー」


『……ああ? 誰だてめえ』


 と、小金井くんらしい粗雑な口調で、小金井くんらしからぬ少し幼い声がした。


『花兄の友達?』


 はなにいって誰だ……と五秒ほど熟考し、そう言えば確か小金井くんの下の名前が「花枝」だったかもしれないという情報を記憶の彼方から思い出し、だとしたら「はなにい」は小金井くんのことかもしれないという推理を打ち立て、インターホンに向かって「たぶん!」と力強く頷いた。


『ふーん。ちょっと待ってろ』


 しばらく門前で待っていると(たぶん家の中からこの門に来るまでにかなり距離がある)、中学一年生くらいの男の子が出てきた。人を射殺しそうな眼力の宿った三白眼が小金井くんにそっくりである。リトル小金井くんである。


「初めまして小宮小明と言います!」


 お辞儀をすると、「どうも。小金井実根(みね)だ」と、ぶっきらぼうな自己紹介が返ってきた。リトル小金井くん、もとい、実根くん。DNA鑑定書等を見せて貰わなくとも、間違いなく小金井くんの血縁である。たぶん、弟さんあたりだろう。


「さっき煎餅がどうとか……」


「あっ、うん。先日、小金井くんのおかげでラッキーすけ……人生の妙味を体験したから、そのお礼にお煎餅詰め合わせを持ってきた次第で」


「ふーん、それはまたご丁寧に。せっかく来てくれたとこ悪いんだけど、花兄、今いねえんだよ。山へ芝刈りに行ってる」


 小金井くん、昔話冒頭のおじいさんみたいな休日の過ごし方をする男子高校生である。


「そっか……」


 しょんぼりと肩を落とす。「訪問に際して事前アポイントメントは常識だぞ小明。わきまえろよ小明」と、自宅を出る前に弟に掛けられた言葉を無視したのがいけなかったようだ。


「でも、行ったのは早朝だからもうすぐ帰って来ると思うぞ。それまでお茶でも飲んで待ってろ。上がれよ」


「あ、じゃあ、お邪魔します!」


 というわけで、私は初対面の実根くんに招待されて、小金井家にお邪魔することになった。


 門をくぐりちょっと歩き玄関に着いて靴を脱ぎ、庭に面した部屋に案内された。縁側に腰掛けて庭を眺めていると、実根くんが「お待たせさん」と、盆を持ってやって来た。


「これ玄米茶。あと、お茶請けにフルーツトマト」


「わあ、ありがとう! いただきます!」


「まあ、適当に寛いどけ。俺は部屋に戻る」


 実根くんは香ばしい湯気の立つ湯呑み、おかわりが入った急須、フルーツトマトの載った小皿、小さいフォーク、口を拭うためと思われるティッシュ箱、縁側で過ごすに当たって必需品の蚊取り線香を置いて、去っていった。なんだかんだ面倒見のいい辺りが小金井くんの生き写しである。なんと心優しき子なのだろうかと感動しつつ、玄米茶を啜り、ほっと一息。


 いつか日下くんと一軒家に住み、こんな感じの縁側に並んで腰かけ、「今日のお昼は素麺にしようね」などという幸せな会話をするという最高の妄想をして有意義に時を過ごしていると、ガラガラと戸の開く音、次いで足音、そして頭にタオルを巻いた小金井くんが現れた。人ん家の縁側で涼みながら顔をにやつかせている私を見て、小金井くんはぎょっとした顔になる。


「座敷童……なんだ小宮か。小宮てめえ人の家で何してやがる。ぬらりひょんか」


 同級生を妖怪呼ばわりとは失礼な小金井くんである。あと妖怪判定するのならせめて座敷童かぬらりひょんか候補を絞って欲しい。


「そんなに驚かなくても小金井くん……」


「招いてもいない同級生が自宅の縁側で玄米茶飲んでフルーツトマト食べて寛いでいたら驚くわ」


 小金井くんは「手洗いうがいしてくるから……」と疲れたように言って立ち去り、しばらくして氷入りの麦茶を飲みながら戻って来た。


「で、何用だ」


「今日は小金井くんにお煎餅を渡しに来たの。家に入れてくれたのは実根くんだよ」


「全くあいつは、怪しい人間を家に上げるなと言ったのに……。去年の十二月には赤い服を着た髭の長いお爺さんとそのペットらしきトナカイを家に入れるし……全く、不用心で困る」


「もしやそれはサンタさんでは……」


「で、なぜ煎餅?」


「ほら、この前言ったでしょ、お礼に菓子折りと届けるって。はいお煎餅の詰め合わせ」


 トートバッグに入れてきたお煎餅詰め合わせを渡す。小金井くんは私の隣に腰掛け、「未だに何のお礼か分からんけどありがとう……」と、不可解そうながらも受け取ってくれた。


「お煎餅が好きな聖ちゃんと分け合うといいよ。聖ちゃんは特に醤油味が好きだよ」


「ごぅ……っ」


 しげしげとお煎餅の詰め合わせを見つめていた小金井くんが、突如として呻き声を上げて倒れた。


「どどどどどどうしたの小金井くん」


 聖ちゃんの話を振ると小金井くんが挙動不審になるのは常だけれど、さすがに白目を剥いて昏倒したことはなかったので慌てた。


「……だ、だい、大丈夫だ……」


 やがて小金井くんが息も絶え絶えに起き上がる。なんだか可哀想だったので、飲みかけの玄米茶を渡した。小金井くんは一口飲み、「小宮……」と、死にそうな声で言った。


「小宮は……その、高野から、俺のこと、何か聞いてないか……?」


「え。ううん。これっぽっちも」


 私が最近、聖ちゃんと交わした会話で印象深いのは、「小明ちゃんがこのあいだ語ってた、棚ドン……うん……私にもやっと、威力が分かったよ……」という、棚ドンにまつわるものだ。小金井くん、全く関係ない。私と聖ちゃんはその後、あらゆるドンについて熱く語り合ったものである。


「聖ちゃんと何かあったの?」


 私の問いに、小金井くんは悲壮な顔で答えた。


「……。……。俺は、高野に嫌われたかもしれない」




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