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日下部(部活名)  作者: 棚本いこま


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13/21

◆13話 日下くんに奪われ、与えられる


「さて今日の部活内容は、『木漏れ日の下でラジオ体操』ですが、その前に……。日下くん、帽子は持ってきた?」


「うん。小宮さんは?」


「持ってきたよ!」


 日下部の部室、二つ並んだパイプ椅子に腰掛けた日下くんと私。

 本日の部活ミーティングの重要事項は「帽子」である。私は麦わら帽子を、日下くんは野球帽を掲げてみせる。


 先日の部活で起きた「世界一幸せなおでこ事件」により、私が木漏れ日でさえ熱中症を起こす繊細な体質だと誤解した日下くんに、「今後、屋外で活動する時は絶対に帽子を被ること」と言われたのだ。


「日下くんの野球帽、可愛いね。フランスパンのワッペンが付いてる……」


「ありがとう。パンのシールを溜めたらもらえるやつで……もらえたのはいいんだけど、被ったことはなかったから、この機会に使おうと思って」


 パンのシールをせっせと応募用紙に貼る健気な日下くんを瞼の裏に思い描き、きゅんが止まらない。


「小宮さんの麦わら帽子も可愛いよ」


 褒められたのは帽子なのだけれど、狭い部室の至近距離で「可愛い」の単語を向けられて、追加きゅんが止まらない。


「だ、だ、だいぶ古いけどね。中学一年生の頃から使ってるの」


 近頃の私は割とまともに日下くんと話せており、きゅん重ねをされたとて、今のように滑らかに応答可能である。人は日々成長するのだ。


「小宮さんは物持ちがいいんだね」


「えへへ、いやあ、そないでもなかですよ」


 日下くんに褒められて、うっかり普段の口調を忘れるほどに嬉しい。ギンガムチェックのリボンが巻かれたこの麦わら帽子は、中学の三年間に渡り酷使された結果、劣化で端っこがささくれたり、日焼けて色褪せていたり、そろそろ自然崩壊の危険を匂わせたりしてはいるけれど、まだ、まあ、使える範囲だ。


「園芸部に入った頃にね、熱中症防止のために帽子を用意しろって部長からお達しが出て、スーパーの2階で買った帽子なの。そうそう、鷹橋くんと一緒に買い物したの」


「……。……。たかはし?」


 先程まで穏やかだった日下くんの声が、すっ、と冷える。何か困らせるようなことを言っただろうか。中学で同じクラスだったから日下くんも鷹橋くんをご存知のはず、と考えて、あっと思い当たる。


「あ、えっと、イーグルな方の鷹橋くんね!」


 中学一年生だった頃、クラスには鷹橋くんと高橋くんが存在していた。音だけだと両者共に「たかはし」で区別がつかないので、みんなは鷹橋くんを「イーグルな方の鷹橋」、高橋くんを「ハイな方の高橋」と呼び分けたのである。


 当の鷹橋くんはそう呼ばれるたびに「イーグルは鷲や」とみんなの誤った英語を指摘したけれど、もはや「イーグルな方」で浸透してしまったので、学期の後半にはツッコミを諦めてイーグル呼びを受け入れていた。鷹揚な鷹橋くんである。


 なお、「ハイな方の高橋くん」は、全くハイテンションな人ではなくむしろ「冷血王子」というあだ名が追加されるくらいに低いテンションの持ち主だったので、鷹橋くんと言い高橋くんと言い、名が体を表さない例である。


「スーパーの2階でたまたま鷹橋くんと会ったから、一緒にお買い物して、アイスクリームを食べたの。あれはそう、天気のいい、土曜日のことだった……」





 中学一年生、春。

 当時、まだ前髪オン眉ぱっつんになる前の私は、千円札2枚をお財布に入れ、スーパーの服飾雑貨コーナーで帽子を物色していた。


 ギンガムチェックのリボンが巻かれた麦わら帽子に最も心を惹かれたのだけれど、値段が2200円。惜しくも手が届かない。


 次善は無地のリボンが巻かれた麦わら帽子、1980円である。心の底からギンガムチェックの方に惹かれるのだけれど、仕方がない。泣く泣く無地リボンを手に取り、それでも未練がましくギンガムに目を留めていると。


「小さい方の宮?」


 と、呼び掛けられた。振り向くと、眼鏡を手にした鷹橋くんが立っていた。


「あ。イーグルな方の鷹橋くん」


「イーグルは鷲や」


 当時はまだ学期の前半なので、まだ鷹橋くんも無知蒙昧なクラスメイトのイーグル呼びを正す意思を持っていた頃である。なお、彼は私を「小さい方の宮」と呼ぶが、「小さくない方の宮」は特に存在しない。


「鷹橋くんもお買い物?」


「うん。変装したいから伊達眼鏡を買いに来た」


「変装!」


 一介の中学生が変装に手を出すとはいかなる事態、と興味津々の面持ちになった私を見て、親切な鷹橋くんが事情の説明を始めた。


「幼馴染が小さい頃からピアノ習っとって、そいつの発表会とか大会には毎回顔出しとってん。けど最近になって『気が散るからこないで欲しい』とか抜かしやがって、でも気になるから変装して見に行こうと思って」


「ほおお……」


 来るなと言われても応援に行きたい親心。いじらしい。


「小さい頃はいつも俺にくっついてたくせに今になってひとりで頑張ろうとか笑える。甘やかす準備はできてるから早く挫折して潰れてほしい」


 変装してまで応援に駆け付けると言うのに挫折を願うという、なかなか紆余曲折した心境を語る鷹橋くん。これはあれかな。銭形警部がルパンを仇敵としつつ信頼を置いているという複雑さと同じなのかな。お前を倒すのはこの俺だと言って主人公を庇うライバルの行動と同じなのかな。きっとそうだ。人心の妙に触れて感動した。


「鷹橋くんも複雑なんだね……!」


「うん。複雑。というわけで、小さい方の宮。どう? 変装できてる?」


 値札が付いたままの伊達眼鏡をかけてみせる鷹橋くん。


「なんかお洒落になったけど、まだ鷹橋くんかな……?」


「そうか。じゃ、本番はこれにマスクを追加、仕上げに帽子を目深に被る」


「それならいけるね! もはや変装のお手本、不審者の域だよ!」


 心から全肯定すると、鷹橋くんは「自信湧いたわ」と笑った。


「小さい方の宮はその帽子買うん?」


「うん。……うん……本当はあっちが欲しいんだけど、予算が200円足りず……」


「予算オーバーか。悲しいな」


 と、私が指したギンガムチェックリボンの先に、鷹橋くんが目を留めた。私も彼の視線を追う。帽子の棚にポップが立っていた。


『セール! 服飾雑貨2点で、合計金額から20パーセントオフ!』


 私は帽子、鷹橋くんは眼鏡を買いたい。服飾雑貨、合計2点である。


「鷹橋くん……手を組みませんか」


「喜んで」


 私たちが固い握手を交わした瞬間である。


 そういうわけで念願のギンガムチェックのリボンが巻かれた麦わら帽子を買えた上に、図らずも小銭が浮いた鷹橋くんが、スーパーの1階でアイスクリームをおごってくれたのだった。




「というわけで、鷹橋くんのおかげで買えた帽子なの。この帽子を見ると、あの楽しい思い出がよみがえるよ」


 おごってもらった小豆のアイス、美味しかったなあ……。


 アイスの味を思い出してにやけつつ、私の回想を静かに聞いていた日下くんの方を見ると、その表情が暗かったので驚いた。いや、暗いというか、小金井くんに無言の腹パンをかました時と同じ、そう、氷点下くんである。


 氷点下な日下くんは、すっと私の膝の上にある帽子を手に取って、自分の膝に置いた。

 え。あれ。ナチュラルに帽子を奪われた。


「……?」


「小宮さん」


「は、はい」


「乙女座の小宮さん」


「はっ、はい」


 日下くんに星座の話をしたことはないのだけれど、確かに私は乙女座である。なんだろう、私から乙女座感でもほとばしっていたのだろうか。


「今朝のニュース番組の占いコーナーで言ってたんだけど、乙女座の人は中学一年生の時にスーパーの2階でクラスメイトと一緒に買った麦わら帽子を持っていると風水的によくないらしい」


「えっ」


 星座占いなのか風水なのかいまいち判然としないコーナーだけど、そんなピンポイントな占い結果が出ていたなんて。ジャスト自分だったので俄かに狼狽えた。


「どうしよう日下くん、私、中学一年生の時にスーパーの2階でクラスメイトと一緒に買った麦わら帽子を持っている乙女座の人だよ……!」


「最悪の場合は死に至るとも言っていたよ」


「朝の占いコーナーでそんなヘビーな宣告ある……!?」


 大多数の視聴者の方々にすれば気にも留めない内容だろうけれど、中学一年生の時にクラスメイトと一緒にスーパーの2階で買った麦わら帽子を持っている乙女座である私にとっては、死活問題である。日下くんが氷点下の深刻な面持ちで切り出すのも頷けよう。


「ど、どうしよう、まだ辞世の句も考えてないのに……!」


 日下くんの膝に渡った麦わら帽子を見つめて震えていたら、日下くんが「安心して小宮さん」と、氷点下一転、春の陽射しの如き柔らかな微笑みで、優しく言った。


「この麦わら帽子は僕がきちんと神社で供養してもらいに行くから」


 占星術と風水が混然となった占い結果に神道が通じるのか判断しかねるけれど、日下くんという後光の射した人間が神社で供養してくれるのなら、間違いないだろう。


「ありがとう日下くん……!」


「うん。というわけで預かっておくね。これで小宮さんの身に危険はないと思う」


「うん……!」


 ちなみに日下くんは牡牛座なので(小宮調べ)、乙女座の占い結果なんて見なくてもいいだろうに、暗記するほどしっかりと目を通していたのは、もしやひとえに乙女座である私のためだったりするのだろうか。「部長は至宝」と断言していた日下くんだもの。きっとそうだ。彼の熱い部長愛に感涙である。


「あ、でも、今日の部活はどうしよう……」


 死に至る帽子問題が解決したのはいいけれど、日下くんに木漏れ日熱中症体質だと思われている以上、帽子なしで屋外活動をしたら、いらぬ心配をかけてしまう。


 うんうんと悩んでいると、日下くんがそっと私に、フランスパンワッペンの野球帽を差し出した。


「小宮さんが良ければなんだけど……僕の帽子、あげようか?」


「えっ」


「小宮さん、この野球帽のこと可愛いって言ってくれたし。プレゼントしようかなと……」


「えっ!?」


 日下くんの。

 日下くんの私物くれるの!?


 うっかり光の速さで受け取りそうになって、危ういところで理性と慎みが追いついて手を引っ込めた。


「いやいやいやそんなの駄目だよせっかく日下くんがせっせとパンを食べて集めたシールで手に入れた非売品なんでしょ……!?」


「大丈夫。実はもう1つある」


 と言って、日下くんは同じ白い野球帽を取り出した。ワッペンが、コッペパンである。


「兄さんもシールを溜めて帽子と交換したんだけど、もらって満足したらしくて、僕にくれたんだ。今日、小宮さんが帽子を忘れてきたときに備えて、一応持ってきたんだけど……」


 日下くんに兄がいることは知っていたけれど(小宮調べ)、一緒にパンのシールを集めるくらい仲良しだったとは知らなかった。ほっこりエピソードである。


「だから、小宮さんさえよければ、ぜひ」


「あ、じゃ、じゃあ、ぜひに……!」


 日下くんに差しだされた野球帽を、震える手で受け取った。

 日下くんから日下くんの私物を、もらってしまった。

 しかもお揃い!


 本日の乙女座、内容がピンポイントで私を仕留めにかかっていただけで、総合的なランキングは1位だったに違いない。だってこんな幸運に見舞われたんだもの。


「帽子、ありがとう、日下くん……っ!」


 帽子を胸に抱いてハラハラと涙を零す私に、日下くんは「そんなにフランスパンのワッペンが気に入ったんだ小宮さん……」と、感動の面持ちで呟いた。


「そこまで喜んでもらえて嬉しいよ」


「後生、ううん、末代まで、大事にするね……!」


 こうして、私は「日下くんにもらった帽子を被って部活動をする」という栄誉に浴した。

 その日のラジオ体操第一は、人生で一番張り切った体操だった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 日下くんが安定の棚本作品ヒーロー(腹黒ヤンデレストーカー)になりつつある件
2023/05/06 22:40 退会済み
管理
[良い点] 全てが愛しい…笑 優しい世界に、学生時代の自分を含めたあだ名を思い出しました [気になる点] ちょっぴり進展?したのかな?してるのかな?の、歯がゆさもステキです [一言] 中学・高校生時代…
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