表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

作者: かねこふみよ

 彼が海岸に来るのは、海が好きだからではない。波音が好きだからではない。ただ無為に時間を徒労できるからだった。

1 1月。日曜日。白い曇り空の下、時化模様の海岸には他に誰もいなかった。タンブラーをカバンから取り出して、コンクリートの段に座り、置いた。だだっ広い砂浜に強風に叩かれた波が次々に打ち付けていた。彼はコートに首を縮こませ、ポケットに手を突っ込んで背を丸めた。打ち付ける波を力なく見続けた。タンブラーに口をつけた。ホットココアが舌を熱した。彼はあまり甘い味を好まない。けれど、この場所に来るときはココアにしていた。

 タンブラーを置き直す時に、彼はちらと見た。十メートルほど距離を取って、一人の女性が海を見つめていた。白いコートに首を縮こませ、ポケットに手を突っ込んで背を丸めていた。長い黒髪が風にもてあそばれていても、彼女は気にすることもなくじっと力なく海を見ていた。彼は波を見直した。

 タンブラーのココアがなくなった。いつもはしないことなのに、腕時計を見た。もう一時間は座っているようだった。彼は立ち上がった。彼女はまだ海を見ていた。


 翌週。雨上がりの海岸。彼はホットココアの入ったタンブラーを置いて、座った。ふと横を見てみた。あの女性が座るところだった。目が合った。軽く頭を下げて、彼女は座った。彼も少し頭を下げて、波を見ることにした。彼女はやはり白いコートだった。時折、ペットボトルの紅茶をポケットから出して、口をつけていた。先週よりもひんやりとする日曜の午後、犬を散歩する人が一人、しばらくしてまた一人いたくらいだった。

 タンブラーが空になった。立ち上がる時、ふと見ると、彼女も立ち上がるところだった。目があった。彼は軽く頭を下げた。彼女も少し頭を下げた。


 翌週。晴天の海岸。彼はタンブラーを置いた。彼女はすでに座っていた。彼女の横にはタンブラーがあった。それを手にして、彼女は彼が今来たことに気づいて頭を下げた。彼も頭を下げた。前日雨が降ったせいで、晴れているのに波が白く立ち上がっていた。風も弱くはなかった。午前中に切ったばかりの髪だから、頭が冷える気がして、ニット帽でも持ってくれば良かったと、彼は思った。

 もう軽くなったタンブラーを持つと、彼女が立ち上がっているのが見えた。彼女も彼をふと見たようで、頭を下げた。彼も頭を下げた。彼女が歩く姿を彼は初めて見た。


 祝日だった。彼は二日連続で海岸へ来た。白い曇りの下、彼はタンブラーを置いた。寒かった。雪でも降りそうな。風が冷たかった。彼女が来たのは、少ししてからだった。長かった髪が肩にかかるくらいになっていた。首に巻物があった。彼にはそれがマフラーなのかストールなのか分からなかった。彼女は座ったなり、タンブラーに口をつけた。少しむせた。熱かったからか、思いのほか喉に入ったからか。彼は立ち上がろうとしたが、彼女はすぐにむせるのを止めた。彼の眼が心配げであったのを見て取ったのだろうか、彼女は視線を泳がせてから、居住まいを正して苦笑いをしながら頭を下げた。彼は手を軽く上げながら、頭を下げた。

 ホットココアを飲み干してゆっくり立ち上がると、彼女も立ち上がったところだった。彼は深々とお辞儀をした。彼女も慌てたようにお辞儀をした。


 休日の海岸。彼と彼女の間は十メートルほどから少しずつ近づいて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ