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電信ボーイズ・電話ガールズ  作者: 江戸熊五郎
藤原さんの場合(移動運用編)
4/6

24ボルト怖い(後編)

無線部の移動運用の様子の続きです。

「君達今日の調子はだうなの。期待通り交信は出來てゐるのかな。私は良く分からないけれど」

「はい、とても順調です。お晝を戴いたら、その後もうひと頑張りして、後は皆で温泉ですね。それもとても樂しみです」

私がニコニコしながらお話しをしてゐると遠くの方から鳶の聲がピーヒョロヒョロ‥と聞こへます。


「ああ、自然のこの雰圍氣が堪らないわね。氣持ちが良いわ。こんな感じで課外授業とかだつたら、あなた達もいいんじやない?」


課外授業。さうですね、屋外で寛いで、細々した勉強は自宅で、なんて感じでも良いかも知れないですよね。私は自分の思つた儘にさう答へました。加へてこんな事も。


「佐藤先生は保健がご擔當ですから、課外授業つて何が出來るんでせうね?」


先生は暫く考へから、こんな事を仰いました。


「まあ、あれね。課外授業と云ふか、日常學生諸君がどんなものを食べて、どの位運動して、どの位睡眠を取つてゐるか、それを具體的に知らないといけないわね。そして、一人一人の血液の内容を確認したいの。本當はね。其れが分かるだけでも、相當前進できるのよね、コンサルティングとしては。でも、現實は色々と困つたものよね」

と云ふと先生は大きく伸びをして、空を仰いで急いで附け足しました。


「ま、君達無線部諸君は、私の云ふ事を意識して、食べるもの、運動、睡眠に附いて氣を附けてゐる樣子だから。結構結構」

「さうですよ。先生に言はれて、動畫サイトで分子榮養學の解説をしてゐる專門の人のチャンネルをチェックしたりしてゐるんですよ。欝の原因が、副腎疲勞から來たりするとか、すごく意外でした」

「さうだらう、さうだらう?腦が第二第三の腸である、なんてのもなかなか意外だつただらう?」

「意外と云ふか、そんな話、聞いた事なかつたですから。でも生物の長い長い歴史と云ふか、成り行きからすると、その説明が正しいんだらうなつて思ひます」


私と先生は、そんな他愛の無い話をしながら、お晝の時間を過ごしました。


二人ともお辨當を濟ませ、お茶を飮んで一服も終了しやうとしたタイミングで、先生が私に突然ノートパソコンの畫面をグルリと囘して見せ始めました。


「沙由里ちやんさ」

沙由里ちやん。先生からちやん附けで呼ばれるとは。


「これ、SNSで流れてゐたんだけれど。君は未成年だからオークションとかは入札できないんだらうけれど。私も君達に刺戟されて專門外の電氣とか無線とかの話題を齧つてみた譯なの。此れ、何の事か分かる?」


畫面には使ひ込まれた感じのリグの冩眞と、「ジャンク」の文字が踊つてゐます。説明文を讀み、畫像を横に流しながら、内容を確認してみます。


「嗚呼、これ」


解りました。此れは確かに、少々特殊と云ふか、餘り一般的な「事故」による結果とは云へない氣がしました。


「先生、此れ、この冩眞、何か分かりますか?」

「どれどれ、ええつと、なんだ、普通のコンセントに插し込むプラグじやあないの?」

「さうですよね、普通さう思ひますよね。私、このプラグとジャックの規格を考へた人、少し變だと思ひますね」

「と云ふと?」

「此れつて二十四ボルト用のプラグですよ、普通家庭用のコンセントに繋ぐ電氣製品で見掛けるプラグと良く似てゐますけれど。大型車とか24ボルトで電氣系を囘してゐて、其方なんです」

「何ですつて。さうなのね、出品者は、コンセントに差込ましたが動作しませんでした、とか書いてゐるけれど‥。つまりアレね、電壓が高過ぎてこの無線機を自分で自覺しない儘壞してしまつた、と云ふ事ね?」


私は頷きました。

「多分さうだと思ひます。業者さんも專門外のモノが流れてくる事もあるでせうし」


「いやあ、二十四ボルト、怖ひわね」

「怖ひです」


「何、何。沙由里、先生と二人樂しさうじやない?私にも教へてよ」

ふと氣が附くと公子先輩が、お辨當後の運用に一區切りを附けたのか、運用を忘れて先生と二人で談笑してゐるところに「ブレーク」を掛けてきました。

斯く斯く然然と説明すると、公子先輩は畫面を覗き込んで同じ事を言ひます。


「二十四ボルト、怖ひね」


さて、では樂しいお晝休みは此れ位にして。


「あ、公子先輩、私も運用に戻ります。先生、樂しいお晝の時間を有難うございました。先輩、大體三時過ぎ位迄遣りませうか。今、一時ですから、其れ位やれば結構局數が行くと思ひますので‥」


先生は、行つてきなさい、と云ふ表情を見せて、また大きな伸びをしました。公子先輩と二人でクルマのあるところ迄戻つてまた運用の開始です。


「沙由里、先生と樂しさうだつたね。何話てゐたの?何時迄も戻つてこないものだから私一人で寂しくお辨當いただいた後、運用してゐたのよ」


公子先輩はやや頬を膨らませてご機嫌斜めのご樣子。


「ごめんなさい、先輩。結構他愛の無い話ばかりしてました。私もだけれど、先生も結構お話好きで、氣が附いたら隨分時間が經つてゐて。先輩の事を忘れてゐた譯ではなくて‥」

と私が言ひ譯をすると、先輩はぺろりと舌を出して、

「なんちやつてね。お晝の時間帶、ダクトが出たのか、電波が靜岡の伊豆半島位まで飛んでゐたのよ。2エリア迄5Wでなんて今日は好調だつたから。氣にしなくて良いよ」

矢張り、先輩は根つから無線が好きなんだなと、こんな話を聞くと思ひます。ヨシ、私も頑張るぞ。ダクト、まだ出てゐると良いのだけれど。


「CQ‥此方JE1YGF‥筑波山移動です。入感局ございますか。受信します‥」

「此方JJ1‥」「此方JK1‥」


氣を取り直して、呼び出しを掛けると一齊に返信があります。有難い事ですが、此れを順番にお呼びして行くのが大變です。

「ラストレターBCGの局長さん、もう一度お願ひします‥」


こんな感じで、一局づつ交信しては、また別の局といつた流れです。同時に、ログと呼ばれる記録紙に交信日時、相手のコールサインと呼ばれる識別符號、RSと呼ばれる了解度、信號の強度、使用した電波の形式、周波數や他の參考となる事項をメモしていきます。


そんなこんなで、ブナやシデの廣葉樹が廣がる山頂附近での移動運用は過ぎていくのでした。今囘お目には掛かれませんでしたが、筑波山には金蘭と云ふ珍しい花もあるとかで、運用とは別にハイキングに來ても色々と感じる所のある山であるかも知れません。



「さーて、沙由里。もう良い時間だね。そろそろ撤收に入らうか」


私の腕時計が三時を指す少し前に、公子先輩から撤收の指示です。


「冷泉君、森君、どんな感じ?撤收の指示が入つたけど、大丈夫かな?」

特小で私が中學生二人組を呼ぶと、少し間があつた後で、返事がありました。


「はい、もう少しで片附け終はります。順次荷物をクルマに運びます」


既に彼らの方では、運用を終はらせて、後片附けに入つてゐた樣でした。まだ陽は高いのですが、片附けが終了した後、皆で温泉に滲かつて食事をして、と云ふ「イベント」が待つてゐるので、何となく私は落ち着かない氣持ちです。何故なのでせうね。


「何故つて、まあ無事に歸る迄が移動運用だからね。沙由里の氣持ちも分からないではないわね」


公子先輩は、私にそんな事を言ひながらテキパキと自分の周圍を片附け、リグやケーブルの類をオリコンに收め、クルマの元あつた位置に戻しを完了。私も合はせてアンテナやリグ、その他の機材ケーブルを收納するべきオリコンに入れて、公子先輩の隣の場所に收納完了。

今日は雲一つない、本當の日本晴れでした。日差しは強かつたですが、風も少しはありました。が、しかし、とも有れ餘り寒くなかつたのは、幸ひでした。


「先輩、お待たせしました」

森君と冷泉君が各々オリコンを一つづつと、また縮めたポールをその上に乘せて戻つて來ました。


「やあ、やあ、君達。お疲れさん。その樣子だと結構いけたみたいだね?」

公子先輩の問ひに、森君が得意げに應へます。

「いやあ、其れ程でもありますよ。まあ、その邊は食事の時の樂しみと云ふ事で!」

二人も次々と荷物を車に收納すると、忽ち作業は終了。


「皆撤收は完了したかな?忘れ物やゴミの類は殘してゐないだらうね。立つ鳥跡を濁さずだよ」

佐藤先生は私達の顏を見ながら、チェックを入れます。


「大丈夫ですよ。寧ろ來た時より綺麗にしましたから」

森君と冷泉君は自信ありげに答へます。


「では諸君、出發前に、女子諸君は花を摘みに、男子は用を足してらつしやい。私が此處で待つてゐるから。この後は温泉ホテルで日歸り風呂だよ」


運用中、私達の周りでは絶へず鳥達、例へば、ウグイス、キジバト、四十雀等がパタパタと飛び囘つてゐましたが、この時も相變はらず、ウソや頬白等が駐車場周邊を飛んでゐました。


公子先輩と私は花摘みを終へて車に戻ると中學生組は既に後部坐席に坐つて私達の戻りを待つてゐました。


「よし、では出發」


先生の掛け聲と共に車は動き出し、中腹にあると云ふ温泉ホテルに向かひます。幸ひな事に學校側の理解もあり、部費が足りなくて困ると云ふ事もなく、年に一、二囘の移動運用にも必ず附き添ふ大人がゐてくれる上に、私達の各々の小遣ひ程度の費用で小旅行を加へた位の事が都度味はへる、有難い部活であるとは言へるかも知れません。他の部活動がどんな感じなのかは知りませんが、少なくとも私は恵まれた部活動だと思つてゐます。


「さあ、着いたよ」


窓の外の山の景色を眺めてゐたかと思ふとあつと云ふ間に、途中の休憩場所である温泉ホテルに到着。

「『筑波山神社入り口』を目指して、そこからスカイラインの方に入つて、大曲のカーブを右手に下れば目的地、とかホテルのホームページに掲載されてゐたけれど、その通りだつたはね。ナビより適切だわ」

先生は何やら感心した樣子で、運轉席で獨り言を言つてゐます。


「さあ、君達、到着だよ。運用の疲れは温泉で吹き飛ばさう!」


公子先輩はややテンションが上がつてゐる樣子です。


皆が、駐車場に止めた車から降りて、フロントを目指して、入り口から館内に入ります。其處でチェックインの樣な事を濟ませます。と言つて宿泊する譯ではないのですけれど、何となくそんな感じがするのは何故でせうか。


「はい、それでは、男子組と女子組で此處から別れて行動ね。集合時間は、えつと、今三時四十五分だから、一時間後、四時四十五分‥中途半端だから、五時!五時にこの同じ場所に集合ね。着替へにタオルとかの用意は持つてきてゐるわね?」

「荷物が増へる、その爲の自動車での移動ですよ、先生」公子先輩が佐藤先生にそんな冗談を云ふのを中學生二人組がニヤニヤしながら見守つてゐます。


「よし、では一旦散會!」

佐藤先生がややお芝居めいた調子で打ち上げた合圖を切掛に、中學生男子達は矢の樣に浴場に向けて消へて行きました。


「あいつら、隨分氣合が入つてゐるわね。まあ、いいか。ほんじや、先生、沙由里、行きますか、お風呂に」


大浴場のある場所まで三人で館内を移動して、女風呂の暖簾を潛ると、如何にもな感じの脱衣所が。私以外の二人は淡々と空いてゐるロッカーを探し、場所を決めるとそそくさと脱ぎ始めました。


「あれ?沙由里だうしたの?一緒に入らうよ」

女の私の目から見ても、先生も、公子先輩もとても立派な體附きです。出る所は出てゐるし、凹む所は凹んでゐるし‥


「何よ、人の體をジロジロ見て。沙由里も早く脱ぎなさいよ。私の隣のロッカー、空いてゐるよ」

仕方がありません。「スットン」な私の體ですが、他に替へはありませんからね。覺悟を決めて、私も脱衣していきます。


「を!良い脱ぎつぷり。江戸つ子だねえ」公子先輩の冗談は、時々男つぽい感じがします。

「脱ぐのに、江戸も上方もありませんよ」


すつかり裸になつて、小さなタオルで體を隱しながら、二人で洗ひ場に向かひます。

先生は一足先に進んで、既に大浴場の湯船に滲かつて、首から上だけの姿が見へます。


「まあ、バーッとお湯を浴びて、埃と一汗流したら湯船に滲かりたし、つて處ね」

公子先輩は、片膝を附いた姿で、カランからお湯を出しては、體に浴びせながら私の事をチラッと見ながらそんな事を云ひます。私もお湯を浴び、髮の毛をタオルで卷き上げ包んで湯船に滲からない樣にして。その後は、二人で大浴場にそつと片足を入れて。


「おお。良い加減のお湯だねえ」

「本當に」


膝を折り、湯船に肩まで滲かります。ああ、氣持ちが良い。お湯の暖かさが體の中に沁みてくるこの感じ。矢張り少し體が冷へてゐたのかも知れません。


「沙由里さあ、若しかして、さつき自分の體の事氣にしてゐた譯?」

お湯に滲かつて油斷してゐた所に。圖星の指摘です。

「まあさあ、若いウチは、て云ふか、まあそんなものだよね。私も餘り背が伸びなかつたのは、惱みの一つだしね。でも私は沙由里の體附き、とても綺麗だと思ふよ」


何を先輩は言ひだすのかと思へば。


「脚はすらつと長いし。肌の色も白いし。バスト、ウエスト、ヒップも良い感じで成長してゐるじやない。何も氣にする事ないわよ」


公子先輩は、氣持ち良ささうに「湯船に體を横に浮かべて」、そんな事を言つてゐます。かなり顯な姿ですけれど、いやらしい感じは全くしません。


「さうですか。さうだと良いのですけれど‥」


私は湯船の中で、搖れてみへる脚をポンと投げ出して、頭を湯船の縁に乘せて、目を閉ぢて、ゆらゆらとするお湯の動きに自分の體を委せました。


「沙由里さあ、この後、露天風呂に行つてみる?關東平野が一望らしいよ、此處のは」

公子先輩は、お湯の流れの儘にぷかぷかと浮かびながら、私に聲を掛けて來ました。


「さうですね。少し行つてみたいかも、ですね」

公子先輩は、ザバツとばかりに湯船の中に一絲纏わぬ姿で立ち上がり、ザバザバと音を立てながら私の方に歩んできます。


「よし、なら早速行つてみやうか。陽が翳ると寒いだらうし」

露天風呂は、今居る大浴場の隣と云ふか、一旦ガラス張りの向かうに出て、目隱しされてゐる外廊下を傳ふとある樣子です。


「あ、先生。私達ちよつと露天行つてきます」

公子先輩が先生に聲を掛けると、先生は湯の中から右腕を出して、親指を上げて了解の合圖です。

ガラス張りの左側にある出入り口の扉を開けて、外に出ます。

さつと冷んやりした空氣が體を通り拔けます。


「うわ、涼しいと云ふか、まだ寒いね。よし、早めに移動しやう」

私達は少し早足で露天に向ひます。

「を。直ぐにあつたねえ。入らうか」

偶々なのか、露天には人の姿はありませんでした。


確かに露天の湯船の彼方には關東平野が廣がつてゐます。まだ日沒には時間があるものの、傾いた日が樣々な物をシルエットとして浮かび上がらせてゐます。

「おお、此方のお湯の方が高めの設定だね。頭寒足熱かあ。最高だね」

私も急いで湯船に滲かります。先程と同じ樣に頭を風呂の縁に乘せ、身體を靜かに横たへます。


「ああ‥」

思はず聲が出てしまひました。

拔ける樣な青い空。

薄らと高いところに掛かる二筋、三筋程の雲。

何故か理由は分かりませんでしたが、一筋、涙が零れてしまひました。お風呂の中ですから誰にも分からないでせう。全く理由は判りませんでしたが、きつと何かの理由、例へば疲れてゐたか、ひよつとしたら空の青さが眩しかつたのかも知れません。

お風呂の湯で顏をざぶざぶと洗ふとすつきりとしました。


ふと氣が附くと、公子先輩が、湯船から外に向かつて仁王立ちになつてゐます。ぎよつとした私は思はず聲を掛けます。


「せ、先輩、前を隱しませうよ」

「大丈夫。誰も見てゐないわ」


先輩は動じる樣子もなく、平然と言つてのけます。しかし、くるりと振り返つたかと思ふと、再び肩までざぶりとお湯に滲かりました。私はほつとして、先輩の方に近寄ります。


「先輩、幾らなんでも‥」

「沙由里は心配性だねえ。どうつて事ないつて。まあ、そこが沙由里の良いところなんだけどね」

遠くの方で尾長でせうか、姿と對照的な野性味のあるあの聲をさせながら、數羽近づいて來たかと思ふと、すつと遠ざかつて行きました。


「かうしてゐると、運用にきたんだか、温泉に滲かりにきたんだか、分からないわね」

公子先輩が聲がした遠くの方を見た後、私の顏をまじまじと見つめながらそんな事を言ひます。

「そんな事ないですよ。後輩の二人も私も移動運用、たつぷり遣りましたから」

私は首を横に振つた後、なんとなくですが、お湯の中で先輩の手を取つてゐました。


「公子先輩があれこれ頑張つてきたから、無線部、續いてゐるんですよ。寂しい事言はないで下さいね」

「‥」


公子先輩は默つた儘、私の顏を尚も見つめます。私も先輩の顏を見つめてゐました。

「そんな沙由里がゐたからだよ。いつも有り難うね」


先輩は少し恥づかしさうにして、お風呂で上氣した顏を更に赤らめたかと思ふと、手を離し、ぐんと兩手を上に上げて、伸びを一つ。

「もう少し、しつかり温まつてから、上がるとしますか!」

今度は逆にドボンと頭まで潛つて、ブクブクとお湯の中で息を吐いたかと思ふと、ざばと顏を出しました。


二人で心ゆくまで體を温める事の出來る、この幸せ。移動運用の醍醐味は「一粒で二度美味しい」かうしたイベントにあるのかも知れません。


「沙由里、さつぱりしたね。いいお湯だつたね、ここ」

「先輩、最後にシャワー浴びて。出ませうか」


かうして二人は元來た通路を戻つて、大浴場で先生と合流。しつかり頭の先から爪先までシャワーで流した後、更にキッチリと乾かしたところで、晴々とした氣持ちで浴場を後にしました。


「いやあ、なかなか氣持ち良かつた。山の温泉といふのもなかなか乙なものね」

佐藤先生も同じ樣に感じてゐた樣で、ロビーに集合する爲に移動してゐた際に、そんな事を口にされてゐました。

ロビーには既に森・冷泉の二人がサッパリした樣子で、長椅子に腰掛て足を前に投げ出して、やや待ち草臥れた顏をしながら待つてゐました。


「ああ、待つてましたよ。行きませうか」森君が私達に氣が附くとサッと立ち上がりました。冷泉君も着替への入つた小さな袋を取り上げると立ち上がり、駐車場の方へと歩き始めました。


ロビーの人に輕く會釋して外に出ると、やや陽も陰りはじめ、日暮れが近い時刻になつてゐました。

「ああ、もう結構いい時間なのね。時間の經つのは早いわね。まあ、家に歸る迄が課外だからね。安全運轉で戻りませう」


先生は誰に話すともなく、そんな事を言ひながら空を見上げ、クルマのキーに附いたボタンを押すと、ハザードランプが二囘點燈した後、ドアが解錠されました。男子二人がスライドドアを開けて、後ろの席に乘り込んだかと思ふと、ポンと公子先輩に肩を叩かれました。


「ここからは沙由里が助手席。先生の事アシストしてあげて」

「あ、はい」

公子先輩は眞ん中の席に陣取つたかと思ふと、後ろの二人に何か聲を掛けてゐます。するとどつと男子二人が大受けしてゐるのが聞こへました。


私はそんな樣子の三人を見ながら、助手席のドアのノブを引き、少し高くなつた席に乘り込みました。


「先生、歸りは宜しくお願ひします」

「お。藤原さんが相手してくれるのね。宜しくね」


先生はエンジンを掛けたかと思ふと、皆のシートベルトを確認した後、温泉ホテルを後にしました。

高速に乘るまで、そして千葉と東京の縣境までは空いてゐましたが、流石に休日の夕方は其れなりに混雜がありました。そんな澁滯を通過した後、高速を降りたかと思ふと、都内の一般道はガラガラ。あつと云ふ間に、學校に戻る事が出來ました。


「到着、到着。取り敢へずお疲れさん、と」佐藤先生はエンジンを切りながら、獨り言の樣に言ひます。


歸り道、私は先生から色々伺ひました。專門の分子榮養學の事、先生が先生になつた經緯等。先生から私への質問もありました。何故無線部にゐるのか、將來の夢は何なのか、等。お話に夢中になつて、時間の經つのを忘れてしまひました。


「よつしや。なら後は手分けして最終の後片附けしやうか。森君と冷泉君は、リグの類を部室に戻してくれるかな。私と沙由里はクルマの中を簡單に清掃した後、移動で出たゴミを集積所まで運びませう。先生、お手數ですが、クルマの返却の方、宜しくお願ひします」


公子先輩は、車外に出たかと思ふと、最後まで氣を拔かずテキパキと指示を飛ばします。私達は其の指示に從つて、後片附けです。ここで粗相をしてしまふと次の運用に差し障る事もあり得ます。氣を拔かずにがんばりませう。

そんなこんなで、決められた事を決められた通りに行ひ、先生に鄭重の今日お世話になつた事に感謝の禮をして、先生とは學校の門の前で散會となりました。


「先生、今日は本當に有り難うございました。また此れに懲りずに宜しくお願ひします!」

私達四人で一齊に洋子先生に頭を下げてご挨拶です。

「ふふ、良いつて事。君達、この後、打ち上げの食事に行くんだらう?餘り遲くならない樣に。各の門限は守るんだよ?」

「はーい」

手を振つて先に校門を出て行く先生を見送つてから、私達四人は「いつもの儀式」をしてから學校を出ます。


「それじや、圓陣組んで」

些かお芝居めいてゐますが、代々こんな感じで來てゐるさうなので、ここは素直に。昭和の青春ドラマみたいですが。

「無線部〜、ファイッ」

「おおつ」


そんな儀式を濟ませた後は、學校の最寄りの驛の側にある中華「長徳」に流れ込んで、ラーメンと餃子を注文してから、當日の簡單な反省會と振り返りをするのが、最近の無線部の移動運用後の流行です。行列が絶えない流行りの中華店なので長尻は嫌はれますから、會と言つても注文して品が來る迄の短い時間で行はれます。早速公子先輩の仕切りで開始。


「んぢや、手短に。まづ森君。言つてみて」

「はい、今日は7メガのみで午前五十、午後百局の合計百五十QSOでした。まあ、良い感じで全國滿遍なく取れました」

「ほう、カードの發行の方も頼んだよ。では、冷泉君。新人から一言」

「はい。とても樂しい移動でした。特に公子先輩のお辨當がよかつたです」

此れには私も含めた他の三人が大いに受けました。


「さうか、さうか。冷泉君の結果から言つても結構二人で電信の局數いけたんだらうから、まあ、良しとしませう。では沙由里、締めで」

「あ、はい。今囘の移動では關東平野全體と日光、後は2エリアの際の方とも繋がりました。局數はザックリ二百切る程度でした」


私が言ひ終へた處で、女性の店員さんが中國語訛りで注文した品を運んできてくれました。

「ハイ、ラーメン四つに、餃子二皿。熱いから氣を附けて」


厨房では相變はらずダイナミックな動作で中華鍋を返す音が響いてきます。四人は各々割り箸を割つてから、手を合はせて「いただきます」をしたかと思ふと、 最早我慢出來ない、といつた樣子で中學生男子二人は餃子から箸を附けます。


「アフアフ‥」

「ほら、冷泉君、お店の人が言つたでせう?水、水‥」


面倒見の良い公子先輩は何處に行つても變はりません。

私は髮を氣にしながらも、ラーメンに取り掛かりました。ここのラーメンも他の店に負けず劣らず、美味しい事は確かです。

四人は會話を忘れて默々と食事を進めました。不思議と默食になるのは何故なのでせうか。美味しいものは人をして默らせるのかも知れません。

四人が四人とも完食した後、水を飮んで一息附いた處で、お勘定を濟ませて店を後にしました。店の前では、まだまだ行列が續いてゐました。


「ああ、お腹一杯。後は電車に乘つて歸るだけね。一日あつと云ふ間だつたは」

前を行く中學生二人組を見ながら、公子先輩は誰にともなく語ります。

「ええ、さうでしたね。あつと云ふ間でした。また秋の運用が樂しみですね」

「さうね。また筑波山にするか、まあまた考へるとしませうか」


夜の空にぽつかりと半月が浮かんでゐました。休みの日の爲か行きかふクルマの數は餘り多くありません。學校のある平日とはかなり樣子が異なります。頬を過ぎる風は初夏にしては涼しい、そんな夜でした。


「沙由里、今日は一日お疲れ樣。歸つたらご兩親に宜しくね。休日一日、外を連れ囘したからね。知つてるわよ、沙由里のご兩親、滅茶子煩惱何でせう?あ、さうさう、ご機嫌伺ひにこれ。歸りのサービスエリアで買つたお土産。小さなモノだけれどね。何でもどら燒きが人氣なんだつて。ご兩親が甘黨ならいいんだけれど」

私は驚きました。公子先輩、何時の間に。


「いへ、いへ、先輩。いいんですよ!こんなに氣を使つて戴かなくても!先輩こそ、お父樣に何時もデートに誘はれてゐるとか、お伺ひしましたよ!」

此れを聞いた公子先輩、顏を眞つ赤にして私に猛抗議です。

「沙由里、其れは言ひつ子なしよ。それつて私がモテないつて事でせう?」

「いへ、いへ、無線部の傳つて、結構傳説的な存在で、氣にしてゐる男子を數名存じ上げてをります」


私はペロつと舌を出すと、タタツと驅け出しました。


「先輩、有り難うございました。遠慮なくいただいてをきます。お禮を樂しみにしてゐて下さいね!」


私は其の儘先を行く中學生二人組、森君と冷泉君に追ひ着いた處で、二人の肩をポンと叩きました。


「今日は一日、お疲れ樣。私の事を守つて呉れてありがたうね」

私は思ひ切つて、代はる代はる一人づつ、ハグして氣持ちを傳へました。少しフランス氣觸れな氣もしましたが、まあ、いいでせう。


冷泉君はシレッとした樣子でしたが、森君は公子先輩と同樣に顏を眞つ赤にして私に猛抗議です。


「ダメですよ、先輩!人前で!恥づかしいじやないですか!」

「ふふ‥」


何はともあれ、移動運用の一日は終はりました。連休が明けた處で、また皆と逢へる日を樂しみに。

それでは皆樣。此處までお讀み下さりありがたうございました。私から皆樣に感謝のハグを。


73&88!

沙由里さんのお話が一段落した処で、さて次は誰の話になるでせうか。次回をお楽しみに。

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