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電信ボーイズ・電話ガールズ  作者: 江戸熊五郎
藤原さんの場合(移動運用編)
3/6

24ボルト怖い(前編)

無線部の移動運用当日のお話です。何処へ向かつたのでせうか。

「お早う!」

「お早うございます。先輩!」


今朝は爽やかな五月晴れ。五月連休に相応しい日です。以前から無線部で計劃してゐた移動運用の實施日で御坐います。お父樣方のゴルフ竝に早朝5時に校門前集合で御坐いますので、殆ど世間樣は靜かなご樣子。あ、ご紹介が遲れまして申し譯御坐いません。私の名前は藤原沙由理と申します。都内某所の某學園の高校一年生で御坐います。私が所屬する部活動は無線部で御坐いまして、平たく言へば、電信電話同好會?になりますでせうか。

一言、皆樣の煩を避ける爲に、この後はですます調でお話致しますので、何卒ご無禮をご容赦下さいませ。


ではお話を戻します。


私自身はごく初心者で、移動運用も今囘が二囘目です。アマチュア無線の免許は中學二年生の夏に試驗を受けて取得致しました。あれは確か、小學校三年生の夏でしたか、家族でドライブに出掛けました際に、お父樣から渡された「特小」と呼ばれる小さなトランシーバーが切つ掛けで、無線に親しむ樣になりました。今殆ど世間の方の必需品ともいへる「スマホ」と違ひまして、片方づつしかお話できませんし、屆く距離と言つたら、ほんの少し先まで位です。其れでも、移動中に休憩で入つたドライブインなどで家族で聯絡をとるには十分でしたし、何やら古風な感じがしまして、私は氣に入つたのでした。

その延長で「デジ簡」といふものも少しく嗜ませていただきました。最近は都會で大變な人氣と混雜でして、私のやうな者には些か大變に感じて參りましたので、いつその事アマチュア無線に、といつた經緯でこの趣味を樂しませていただいて居ります。


さて、移動運用とは何の事でせうか。不束な私では御坐いますが、簡單にご説明申し上げます。各無線局の局長樣が普段運用されるスタイルは樣々ではありますものの、色々な種類のある無線機の中からご當人が良いと思はれたものを用意して、普段とはやや異なつた場所から、無線の電波を飛ばす、といつた事になりますでせうか。嚴密な法律的な事柄をご説明致しますのは私の力では難しくありますので、ご遠慮申し上げるとしましても、平凡な私にとりまして、小さな旅行と趣味の無線を同時に滿喫出來る貴重な機會なのです。

先ほど冒頭でご挨拶致しましたのは、私の一つ學年が上の傳公子先輩。普段は短く傳先輩、公子先輩とお呼びして居ります。


「沙由理、お早う。あれ、中學生諸君はだうしたのかな?」

「あ、冷泉君は部室の鍵を取りに、それからから、森君は佐藤先生と學校のクルマの借りだしに、同じく事務室に行つてゐます、先輩」


傳先輩は少しそそつかしいところがありますが、私と違つて色々と柔軟に發想したり、行動したりが出來ます。また、後輩の面倒見が良いところも素敵です。


「お!來たね。あのクルマだと筑波山迄樂勝だね」と傳先輩。

「先輩、私は冷泉君の手傳ひに行つてきます。新入生の彼一人に遣らせておく譯にいきませんから」

「任せた!」


傳先輩はさう言ふと、右目でウインク。そんなところもお茶目な人です。

私は早速部室に小走りで向かひました。新入生一人では色々と心細い事でせう。

部室の前まで來ると、既に扉が開いてゐます。隨分と機敏な人です。


「あ、冷泉君、お早う。大丈夫だつた、事務室で鍵を借りるの?」

「あ、沙由里先輩、おはやうございます。ええ、大丈夫でしたよ。警備の擔當の人、すつごい親切で。色々と教へて呉れました」


成程、冷泉君は直ぐに大人の人と打ち解ける事が出來るのですね。感心です。私も見習はないといけないですね。

「それで先輩、今囘のリグ、此れでいいんでしたつけ。後、大物では豫備のバッテリーとか屋根馬にポールとかですよね」


事前に持ち出しリストを作成して、リグや備品も普段から整理整頓してをいたお陰か、新入生の冷泉君もまご附かずに、必要なモノを作業机に竝べては、リストにチェックを入れて、テキパキと收納作業を進められます。私は細々したワイヤーやケーブルの類を中心に揃へます。


「ええつと、一応これで全部チェックが入りました。先輩念の爲、ダブルチェックお願ひします」

冷泉君、作業が早い。手慣れてゐる。ううん、頑張つて自宅迄押し掛けてスカウトした甲斐がありました。

「どれどれ‥、リストを拜借、と。ふん、ふん、ふん、ふん‥。素晴らしい、完璧ね。では、備品を折りコンに移して、其の儘臺車に載せて校門前まで運んで下さい。部室の戸締りは私が遣りますから。あ、そのケーブルとかの入つたトートバッグも一緒にお願ひね」

「はい、わかりました。では鍵の返却は先輩お願ひします」

「お任せあれ!」


そんな會話をしながら、學年を超へて部活動を樂しめるとはなんと素敵な事でせう。正直に申し上げて、クラスの男子の皆樣とはなかなかお附き合ひが難しゆうございまして、直ぐに惚れた腫れたの話に行かうとするところが、私は苦手なのです。もう少し淡白に、お話や、勉強をご一緒出來れば良いのですけれど。

そんな事を思ひながら、部室の電氣を消し、扉を締め、鍵を掛けます。少し重々しい音を立てて、鍵が閉まります。何か歴史を感じさせますね。今時こんな重厚な木の扉を作らうとしたら、其れは其れで色々と大變な事でせう。昔の人はする事が立派ですね。

足取りも輕く、廊下を小走り氣味に、事務室の方に向ひます。各部室の鍵を一元管理してゐるのは學校の警備擔當の部署ですので、鍵の出し入れは都度チェックして戴いて、借り出し、返却するのが原則です。


「お早うございます。鍵を戻しに參りました」

「お疲れ樣です、今日は部の皆さんでお出かけですか」


顏馴染みの警備のをぢさんが、鍵を受け取り鍵棚に戻しつつ、振り向きながらそんな聲を掛けて下さいました。


「ええ、さうなのです。お天氣も良くて素敵なお休みになりさうです」

「では氣を附けて。行つてらつしやい」


私はお辭儀をすると、校門の方に向かひました。佐藤先生が學校から借り出した白いワンボックスカーの周りに、丁度先生と部の三人が見へてゐます。再び小走りで、側に驅け寄ります。


「先生、お早うございます。今日は宜しくお願ひします」


すると白デニムのボトムスに赤のハイネックニットのコーディネイトで身輕な樣子の先生は輕やかにご挨拶をして下さいます。


「あ、お早う。君は確か、高校一年の、えつと‥」

「あ、はい。藤原沙由里と申します。以前もお世話になりまして。今囘二度目です。宜しくお願ひします」


この遣り取りを側で公子先輩がニヤニヤしながら見てゐるのに氣が附きました。


「いやあ、先生、忘れちやつたんですか?先生同樣美人なんだから。無線部の藤原沙由里をお忘れなく」

「ああ、ゴメンゴメン。その喉元まで名前が出掛かつてゐたんだけど」


(え!先輩、何を言つてゐるのですか?美人とか、止めて下さい)


顏を眞つ赤にした私は、少し先輩を睨みます。


「ひひひ、沙由里、おつかないねえ。まあ勘辨して頂戴!」


見ると中學生の二人迄、ニヤニヤしながら手を休めて此方を見てゐます。


「ほら、ほら、君達、荷物は載せ終はつたの?ぼやつとしてはダメよ!」


私は顏が上氣するのを手で抑へながら、後輩二人に注意します。


「沙由里先輩、大丈夫ですよ。今日は冷泉もゐるし、積み込みは樂勝でしたから。さ、皆さん揃つたところで、出掛けませんか。傳先輩、佐藤先生、此方は二人とも準備オーケーですよ!」


あー、もう。皆して私の事をからかつてゐるのですか?休日の朝の事で、皆、上機嫌なのはわかりますけれど。


「では行くとするか!私は助手席に坐るから、冷泉君と森君は一番後ろね。沙由里は眞ん中の列で。宜しくね!」


こんな調子で、朝6時前には無事學校から、目的地である波筑山に向けて出發です。

一般道はガラガラで、スイスイと進みます。


「やあ、今日はいい天氣で良かつたなあ。おーい、後ろの方、聞こへるかあ?」と公子先輩。

「はーい、聞こへますよー。此方は冷泉と二人で電信聞き取りゲームやつてまーす」

「おー、感心だなあ。立派、立派。さうだ、沙由里。その席に朝食用意してきたんだ。お手拭きとお茶と一緒に皆に配つてくれる?」


確かに、私の坐る列に、お辨當を詰めたと思はれるクーラーボックスが二つ。坐席の上と、足元に置いてあります。蓋にはセロハンテープで止めた小さな紙に、「朝食とお茶」もう一つのボックスにも「晝食・お茶とお菓子その他」とあります。公子先輩に言はれた通り、蓋を開けると、人數分のお握りとペットボトルのお茶が綺麗に竝んで收まつてゐます。運轉中の佐藤先生と公子先輩の分を纏めて、小さなレジ袋に入れて、公子先輩に渡します。


「を!來た來た。結構頑張つて皆んなの分を握つたからねえ!先生も、運轉中ですが、良ければ」

「ああ、高速に乘つて一時間位したら、休憩を入れるから、お辨當はその時でいいかな。お茶はゐただくわ。喉が渇いちやつた」


前の席の二人はそんな會話をしてゐます。後ろの席の二人に同じ樣にして渡すと、ゲームの手を止めて、早速食べ始めました。


「公子先輩が用意してくるつていふから、朝飯拔きで來たんですよ。樂しみですねえ。お、なかなかいい感ぢぢやないですか!では、いただきます!」と森君。

「いただきます!」


冷泉君は細い感じの指で器用にお握りの包みを取りながらも、同じ樣に空腹だつたのか、勢ひ良

く齧り附いてゐます。男の子の食欲は見てゐて小氣味良いですね。


皆の服裝はとみれば、公子先輩も心配されてゐた「制服で山登り」ではなく、ざつくりしたニットのセーターに黒のジーンズ、輕い登山にも使へさうなスニーカー、パーカージャケットも用意して、五月の移動運用、低いとはいへ山の上での運用にピッタリなスタイルです。

中學生二人組は、と云へば、冷泉君は、ネルのシャツの上にフリース、デニムのパンツ、撥水のジャケットにワークキャップ迄用意してとなかなかなものです。森君は森君でレイヤーで對応、と自分でも言つてゐた樣に、重ね着で温度調節を心掛けてゐる樣子。上からサファリハット、ダブルフェイスの長袖シャツに撥水仕樣のジャケット、トレッキングパンツにキャンバスシューズと、皆さんなかなかお洒落!制服ばかり見慣れてゐると私服が新鮮ですね。

え?私、私ですか‥。

パープルのチェックのシャツ、薄いカーキ色のジャケットにワインレッドのダウンスカート。加へて黒のレギンス。お靴は普通のトレッキングシューズです‥帽子はサファリハット。紫外線が氣になるお年頃なのです‥


さてさて、そんなファッションチェックは程々にして。


車はいつの間にか、萬壽大橋のランプから高速に乘つてゐました。根利川を越えて、谷守サービスエリアに入つたのが、7時前ですから、此處までさしたる澁滯もなく、とても順調です。


「じやあ、ちよつと休憩ね。先生、調子は如何ですか?」車が止まると、公子先輩が言ひます。

「樂なものよ、こんな感じなら。氣持ち良く此處まで走れてゐるし。少し伸びをしたら、お辨當いただかうかな」


さう云ひながら首をコキコキさせて腕を上に伸ばして伸びをしたかと思ふと、佐藤先生は手拭ひで手を拭き、ペットボトルの栓を開け、一氣に半分位飮み干してしまはれました。喉が乾いてゐたのでせうか。お握りの方もグイグイと召し上がつてゐらつしやいます。


「トイレ行つて來ます!」と二人の男子中學生はクルマを降りて行きました。特小を持つて出た樣子です。


「あ、沙由里も遠慮しないでね。私はあれだ、一、二局CQ出してゐる局を拾つてからにするから」


見ると公子先輩は、車の屋根の上に、マグネット基臺を載せて、1/4λ+5/8λ 2段のアンテナを立て、同軸ケーブルを車内に引き込み、四三マルのハンディにスピーカーマイクといふ組み合はせで、助手席でお空のチェックを始めました。連休とは云へ、まだ時間が早いのでは?と思ひましたが、既に活動を開始してをられる局長さん達も少なくないのか、公子先輩は呼び出し周波數でCQを出してゐる局を確認された樣子です。

私も同じく特小を手に、花を摘みに行く事にしました。氣分轉換にお店を覗ひたりしながら歩いてゐると、特小の呼び出しが。


「あ、沙由里聞こへる?使つて惡いんだけれど、クルマに戻る時、大きめのペットボトルのお茶追加で買つて來て貰へる?意外に消費のペースが早いから。それから領收書忘れない樣にね」


公子先輩からの聯絡でした。それでは早めに用事を濟ませて、お買ひ物を濟ませて皆のところに戻りませうか。


「お孃さん、一人?此れから何處行くの?」

(はい?)


お花を摘んだ後、SAの中を飮料賣り場を探してキョロキョロしてゐると、全く見知らぬサングラスの男性から聲を掛けられました。ナンパ、といふ行爲でせうか。苦手なんですよね、この手の事がさらつと出來る殿方。こんな時には特小に活躍していただきます。


「あ、森君、聞こへる?ヘルプお願ひしたいんだけれど、ショップのドリンク賣り場の方に來て貰へる?」

「はーい、了解です」


こんな事もあらふかと、事前に打ち合はせ濟みです。年下とは云へ、其處は男の子。ボディーガードをして下さいます。


「あ、お待たせしました。荷物、持ちますよ」


森君が直ぐに驅けつけてくれたお陰で、先程の男性は舌打ちをしながら姿を隱してしまはれました。レジで會計を濟ませて外に出ます。


「先輩美人だから直ぐに蟲がやつて來ますねえ。大變ですねえ」


森君は私の顏を見る事なくそんな事を言ひながら重たいペットボトルをぶら下げて尚もズンズンとSA内を進みます。


「美人かどうかはともかく、有難うね」

「いへ、當然の事をした迄です」


私は森君が少し頬を赤らめるのを見逃しませんでした。


「沙由里、ゴメンね、一緒に行けば良かつた。怖くなかつた?」


クルマの止めてある場所に戻ると公子先輩が心配さうに私の方に驅け寄つて來ました。森君が律儀に特小を使つて報告したからでせう。


「惡い事したね、私がついてゐながら。矢張り單獨行動はいかんね。ゴメン」


佐藤先生迄そんな調子です。


「大丈夫ですよ。適當にあしらつて差し上げましたから。其れにほら、頼もしい騎士が二人もゐる事ですし」


私達が外で話をしてゐる間に、車内で再び電信ゲームで點數を競ひ合つてゐる男子二人の方に視線を送ると、先輩と先生は、顏を見合はせて、ふふつと笑みをこぼすのでした。


「騎士か。なかなか頼もしい話ね」


佐藤先生はぐうつと一つ伸びをすると、かう言ひ、車内に乘り込みました。


「さ、後一息だから。行つちやひませう!」


私も公子先輩も各々の席に戻り、シートベルトを締めると、レッツゴーです。

高速を移動中、公子先輩が430に出ると盛んに呼ばれる樣子で、QRZ?と云ひながら、次々と交信を續けてゐます。この後山の上から運用になる豫定ですが、結構飛ばしますね。

私は先程の事もあり、少し休憩を兼ねて、イヤホンをスマホに繋いでフランスのラジオクラシックを聽きながら、少し目を閉ぢました。いつの間にか眠つてしまつたのか、ハッと氣がつくと目的地の駐車場に着いてゐるではありませんか。車内には、誰もゐません。


「あ、だうしよう」


私は少し狼狽へてしまひました。


「よ、眠り姫。お目覺め?朝早くて疲れちやつたかな?大丈夫、運用は此れからだよ」


外にゐた公子先輩がいち早く私に氣が附いて、ドアを開けてそんな冗談とも附かぬ事を言ひます。


「ゴメンなさい。直ぐに手傳ひますから」

シートベルトを外し、イヤホンを外し、周りを整へると外に出ました。

清々しい山の春の空氣。とても氣持ちがひいです。


「では簡單な打ち合はせしますね」と公子先輩。皆先輩の周りに集合です。

「今日は先に運用をしてしまひませう。場所はこの子授け地藏駐車場でいいでせう。結構いい感じで開けてゐるから、都内神奈川方面や、日光方面もいけさうだよね。場所は各々駐車場内好きなところでいいよ。聯絡用に各人特小と携帶兩方確保してね。あとは、‥先生から何かありますか?」


公子先輩からさう振られた佐藤先生。


「ああ、私からは特にないけれど、私は基本クルマの中か周邊に居ます。此處がベース基地といふ事で。まあ、其方の活動が一段落したら、ロープウェイで山頂迄行つて見るかな?時間があれば。あと、お晝はだうするのかな?確か、立派なお辨當用意してゐたよね」

「はい、お晝、12時になつたら、一旦切り上げて、此處に集合ね。まだ九時を囘つたばかりだから、運用するには時間はたつぷりあるから、皆、樂しんで。歸りは温泉が待つてゐるからねえ。ではさういふ事で」


中學生の二人は、持つて來たオリコン毎そそくさと活動場所を探しに姿を消してしまひました。


公子先輩は遠くに行く素振りを見せません。


「ああ、沙由里、一緒に此處で運用する?まあ、遠くに行かなくても十分開けたロケーションだから大丈夫、心配はないよ。三脚にハンディ括り附けて、ループアンテナで狙ひ撃ちすれば、結構行けると思ふよ。特に私達はね」


特に私達は、といふ意味は、私なりに理解してゐます。無線の世界では壓倒的多數が男性、それも年配の方々が多くいらつしやいます。必然的に、女性のオペレーターの數が相對的に少なくなります。さうした所へ移動運用でお聲掛けすると。何といふか、鴨葱?常置場所や固定局で待ち受けてをられる局長の皆樣からお呼びされる事は必至です。私も覺悟を決めてやらないとダメですね。


公子先輩と私が駐車場際、平野が開けて見へる場所、それはクルマから直ぐ側だつたのですが、その場所に三脚を立て、ハンディを固定したり、オールモードのリグのセットアップをしたり、アンテナをささつと組み立てたりと、準備を進める樣子を佐藤先生はじつと觀察していらつしやいます。トコトコと近づいて來て、一體此れは何?といつた樣子で、ご覽になつてこんな事を仰います。


「これであれ、おじ樣方を一網打盡にしやうといふ事?何時もそんな感じだよね?」


公子先輩はセッティングで集中して聞こへない樣子でしたので、私が代はりにお答へしました。


「一網打盡、と云ふか、此處から何處迄飛ぶか、といつた事が興味の中心ですね。お相手が殿方なのは、其れはただ其れ丈の事です」


少し鹽對応かな、とは思ひましたが、先生は先生で成程といつたご樣子でしたので、一安心。ともあれ、最初は430のFMから始めて、一通り呼ばれた所で、SSBに移動。此方はやや數が少なかつたですが、數局と交信して2mに移動。此方も430と似た樣な流れでした。


「沙由里、だう?今日はどんな感じ?」

「あ、先輩。ええ、なかなか良い感じでした。それにしてもこのコリニアアンテナつて本當に遠くが良く浮かび上がつてくるのですね。研究會の方が七段からが本領發揮と仰られてゐましたけれど、この短めの三段と四段でも良く飛びますよ!」


とご報告。


QSOの方は、正直に云ふと、甘やかすとキリがない殿方が多めですので、交信の内容雰圍氣は「鹽對応」で通してしまふのですが、一方距離的にそれなりの所まで飛ぶと、お相手はお相手として、それはそれで嬉しくなるものです。


「さうでせう?自作も材料費少なめでいけるし、ちよつと最後の調整が難しいけれど、私も好きだな、コリニア」

「公子先輩のループもいい感じではありませんか?」


と私が水を向けると、さうでせう、さうでせうと云ふ感じで、親指をグッと上げてご機嫌です。

私達が交信してゐる間、佐藤先生はベンチと一緒になつてゐる木の机にパソコンを載せて、日除けの大きな帽子にサングラスといふ出立をしてづつと何かをパチパチ打つてゐました。何か學校の仕事の續きでせうか。

さて、そんなこんなで気がつくとお晝を過ぎてゐました。


「よーし、ではお晝休みにしやうか。一旦クルマの所に集合して」


公子先輩が、特小を使つて中學生男子二人組を呼び寄せます。

(了解です)といふ返事があつたかと思ふと、冷泉君が直ぐ姿を見せました。


「あの、森先輩がリグとアンテナを見てゐるので、僕が先にお晝を濟ませてしまひます。七も二十一も結構いい感じで彼方此方と繋がつて、なかなか途切れないですね」


男子二人は部の備品の10ワット機に舊式のカプラを噛ませて、大凡7MHzに同調する樣に合はせたワイヤーを立てて、づつと電信で交信を續けてゐる樣子。


「さうなんだ。まあしつかり食べて、午後の部も頑張つて見て」


公子先輩は冷泉君に彼の分のお辨當と飮み物のお茶を渡してゐます。私は自分と佐藤先生の分を持つて、先程の佐藤先生が作業してゐる所に向ひました。


「先生、お晝良かつたらご一緒に如何ですか?」

先生は自分の腕時計を見て、いい時間である事に驚いた顏をしてみせます。


「あれ、もうこんな時間なんだ。だうりでお腹が空く譯ね。あ、お辨當サンクスね」

先生はパタンとノートパソコンを閉ぢると、ご自分で用意したウエットティシューで手を拭ひます。(續く)

無線運用はまだ途中の様子です。この続きは次号で。

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