第九話
「えっ? け、結婚式って私の家族も出席するのですか?」
「当たり前だろ。結婚とは家と家が繋がるのだから。名目上はジルは人質ということになっているが、私の妻になればその事実を隠せるはずがない。ならば、君の家族に出席してもらい盛大に挙式を行ったほうが外交的にも印象が良いからな」
最近、こちらの生活に慣れてきて改めて以前の生活を思い返すと地獄だったのだと確信しました。
両親にも双子の妹にも人間扱いしてもらえず、ずっと卑屈になって生きていましたので。
そんな私が突然に手に入れた安寧の日々。もちろん、ジルを騙って手にした日常なので心苦しい気持ちはありましたが。
そんな状況で家族に再び会う。
私はそれが恐ろしくて仕方ありません。
両親も妹も私がシュバルツ殿下と婚姻関係になることは快く思わないでしょうから、何を言われるのか想像すると鬱々とした気持ちになるのです。
さすがに婚姻をやめろとは言わないかと思いますが……。
「どうした? 浮かない顔をしているな。親や姉に会えることは喜ぶと思っていた。人質になると思って出てきた君はもう二度と会えないと思っていただろうし」
シュバルツ殿下は私の心の中のざわめきを鋭く見抜きました。
そうですよね。普通は今生の別れだと覚悟して人質になって、その後……家族に会えるとなれば喜ぶことが普通ですよね。
しかもジルは聖女として認められており両親からの愛情をいっぱいに受けた子ですから、拒否反応を起こすのは間違っています。
「浮かない顔だなんてとんでもありません。ただ、シュバルツ様の仰るとおり二度と会えぬと思っていましたので、想像以上に早く再会出来ることを実感として捉えられていないだけですわ」
私は笑顔を作り誤魔化しました。
ジル・アウルメナスはきっと喜びます。両親と会えること自体は。
それならば私も、ジルとして喜ばなくてはなりません。
「そうか。私はジルが家族と上手くいってなかったのかと心配したぞ。もしそうであるなら、遠慮なく言うが良い。夫婦に隠し事は無用だからな」
シュバルツ様は私の前髪をかき上げて目をジッと見つめられました。
顔を近付けられるとドキリとしてしまうのは、やはり嘘をついているからでしょうか。それとも――
「ジル、君はあれ程の力を持っているのに何故にいつも自信が無さそうにしているんだ? 先日のあれも見事だった。我が国の誇る魔法師たちすら手に負えない程の大火事を見事に雨雲を呼び寄せて一瞬で鎮火してしまったあの手腕。私も、間近で見ていて年甲斐もなく興奮してしまったな」
シュバルツ様は先日、たまたま王都から少しだけ離れた町で起こった大規模な火災を、精霊術で大雨を降らせて鎮火した話をしました。
そんな力があっても自信がないことを不思議に思っているみたいですが、長い間……無能扱いされていたので自己評価がどうしても低くなるのです。
「君は既にこの国の英雄だ。私はこの先にどんなことがあっても君だけは守り抜く。それを約束するから、気軽に相談してくれると嬉しい」
「シュバルツ様……」
「ジル・アウルメナスに惚れているのだ。私は君のように強く気高く、美しい女性を妻に迎えられて幸せ者だと思っている――」
この国に来た日よりも実感の籠もったシュバルツ様の言葉を受けて私は素直に嬉しかったです。
ジルとして生きることに息苦しさはあるのですが、彼に肩を抱かれて彼の体温を感じると、そんなことはどうでもよくなってしまいます。
利己的なのは分かっていますが、いつしか私はこの生活を手放せなくなっていました――。




