32.王女の日の聖女様、淑女の日とは違いますよ?
今日は王女の日。
聖女としてじゃなく、王族の一員として過ごす日よ。
正直、この日は少し苦手。
だって、2時間ほど早起きしなきゃいけないからね。
うん。エリシュでは、時計が普及してるんだ。
すっごく今更な気がするけど、時間関係を説明しておこう。
インキビットの1日は24時間、1時間は60分、1分は60秒で、地球と同じ。
太陽が南中した時が正午で、これも地球と同じだ。
ただし、1秒の長さが地球と同じかどうかは不明。確認のしようがないからね。
エリシュは東西にも長いので、タイムゾーンは4つある。サマータイムは無い。
ついでに、1年は360日で、1ヶ月は30日。冬至の翌日が1月1日になる。閏年は無い。
話を元に戻すわね。
早起きして何をするのか? それは、ドレスの着付けです!
王女の日は、聖女衣の着用が禁止されてるんだよ……。
気持ち熱めのシャワーを浴びて、眠気を覚ます。サッパリしたら、自分の衣裳部屋に向かう。
そこには、侍女さんたちが、満面の笑顔でスタンバイ。
ちな、王宮の侍女さんは全員、四代以上続いてる上級貴族の家の娘さん。
昇爵して間もない家や、下級貴族の娘さんは、侍女になれません!
そう決まってる一番大きな理由は、お手つきでデキちゃっても、誰も困らないからです(苦笑)
王族と結婚できるのは、上級貴族以上の身分の持ち主だけ。
逆に言うと、お手つきでデキちゃっても、デキ婚で万事解決するわけ。
下級貴族の娘にデキちゃうと、親子の扱いをどうするかで揉めるからね~。
これはしかたないんだよ……。
大半は未婚で住み込みだけど、既婚や通いの人もいます。
侍女さんたちの後ろには、色とりどり、様々なデザインのドレスがズラズラッと並ぶ。
当然、サイズは調整済み。月に二回採寸し、前日に確認するほど念が入ってる。
予定を聞いて、体調や気分を話し、アレコレ相談しながらドレスを選ぶ。
ドレスを決めたら、それに合わせてヘアメイク。人によってはメッシュを入れるけど、私はパス。
それが済んだら拷問の時間――もとい、コルセットの着用。
一人じゃ絶対無理なので、手伝ってもらってます。
拷問って言ったのは本音です。
普段はゆったり目のローブか伸縮自在のレオタード。
それに慣れてる私にコルセットって、マジ拷問なんですよ……。
ドレスを着たら、軽くメイクしてアクセとティアラを装着して出来上がり。
私、目鼻立ちが悪役令嬢よりなので、そう見えないように気を付けてます。
今日の予定は、午前中が王立上級学院の視察。
学院は、王族と上級貴族の子女は全員が、それ以外の身分の子女は特に優秀な者だけが通う、いわゆる超エリート校。
聖女に生まれてなかったら、私もそこの在校生。
飛び級はないので、15歳の私は、今年度に卒業することになる。
同学年の子たちが学ぶ姿を、上の立場で視察するっていうのは、何とも言えない不思議な気持ちだね~。
その流れで、昼食の立食パーティにも参加。
学生も参加するんだけど、私は学院のお偉方との歓談がメイン。正直、私にメリットがあるとは思えない。
でも、相手方にメリットがあって、それがエリシュに益をもたらすなら、私は私の役目を果たそう。
身も蓋もないことを言うと、私がただの第13王女だったら、政略結婚の駒にしかなれないからね。
いや、神託が無かったら、そもそも父上と母上は頑張らなかったから、私は生まれてなかったか……。
実は私、父上と母上が「新たな子をもうけるのです」って神託を受けて、久しぶりに頑張ったから生まれたんだよ。
なので、同腹の姉とは、カナリ年が離れてます。一番年が近い姉とも、ソコソコ離れてます。
そも、私以外の兄弟は、全員既婚で子持ちですしおすし。
私、聖域に送り出された時には、既に叔母さんだったからね! 最年長の甥の方が、姉より年が近いからね!
ちな、兄弟は全部で7男13女です。
私が男の子だったら「第八王子なのに聖女って、それはないでしょう!」みたいな話になってたかもしれないわ。
……話がだいぶ脱線したわね。
午後は王城でイベント。
ディマンド戦役の功労者が二人、陛下から直々に褒賞を受ける。そのうちの一人は、私なんだ。
兵士だったら騎士に叙爵。貴族だったら昇爵。成人済みで王位継承権が低い王族なら、公爵家を設立。このあたりが普通ね。
でも、私はどれにも該当しないの。成人前――エリシュは16歳で成人です――だし、聖女だから王位継承権は最初から無いし。
貴族の娘なら王家に嫁入りもアリなんだけど、私は王女。国内で相手を探すと、ほぼ確実に降嫁になっちゃうんだ。
そも、普通の聖女は、生涯独身だからね~。
都市伝説レベルの言い伝えで、「結婚すると聖女の力が弱くなる」なんてものがあるんだよ。
教会は、聖女の結婚を禁じてない。でも、万一を恐れて、誰も結婚しないわけです。
というわけで、何が頂けるのか、期待と不安が入り混じってます。
個人的には、領地は勘弁だね。
聖女も王女も、万民に公平なのが原則。
でも、領地を持つと、領民を優先したくなる。身内と他人を全く同じに扱うのは無理だよね? それと同じことですよ。
ただまあ、これは鋼の意思があれば、何とかできる。
問題は領民の方。他と同じに扱われると、不満をもらす領民が必ず出る。これが面倒なんだよ。
まあ、勝手に想像してウダウダ考えるのは、建設的じゃない。
この件はここまでにしておこう。
私の功績、褒賞がでるぐらいだから、吟遊詩人がアチコチで広めまくってるんだよね。
悪い勇者を倒した正義の聖女の話は、かなり稼げるコンテンツだそうです。
と言っても、画像を拡散する手段がないから、私の顔は売れてない。
でも、「鳳翼の王女(または聖女)」とか、龍の聖女を縮めた「龍聖」、それを捩った「ミーティア」なんて二つ名は、結構広まってる模様。
もしもエリシュに○ベル堂があったら、プ□マイド売上が凄いことになってると思います。
☆ ☆
20分ほど馬車に揺られて、学院に到着。
ちな、普通に歩いても、所要時間は変わりません。いや、むしろ早いかも。
実はですね、この移動、パレードでもあったんです!
聖女な私は結構多忙。治療のオファーが、国中から来てるからね。
王女の日じゃなきゃ、都民に顔見世する暇もないんです。
救国の王女がそれじゃあ、ねえ……。
私は沿道のギャラリーに向け、終始笑顔で手を振り続けてましたよ、ええ。
学院は石レンガ造りで三階建て。空から見ると、アルファベットのHを横にした形だね。
馬車から玄関までは、いわゆるレッドカーペット。
乙女ゲーの攻略対象みたいな容姿の生徒会長――ナントカって侯爵家の跡取りらしい――にエスコートされ、馬車から降りる。
私の視察が決まった時、エスコートは甥のマルドゥク――エア兄上の長男――にしようかという話もあった。
でも、身長の関係で没になった。
次の次の王が、身内とはいえ自分より背の高い女性をエスコートするのは……って話になったらしい。
王の直系っていうのは、かくも面倒くさいものなのですよ。
☆ ☆
視察はつつがなく終了し、現在、立食パーティ中です。
まあね~、王女の視察中に不手際があろうものなら、責任者の首が飛びかねないからね~。それも、物理的に!
次の次の王になる王子も通ってるんだから、何かある方がおかしいんだよ。
と言うわけで、私はにこやかな笑顔とオーバー気味のリアクションを駆使して、お偉いさん方と歓談中です。身分的には私の方が偉いんだけど、そこはスルーしてください。
で、得る物はないかな? と思ってた歓談だけど、意外とそうでもなかったわ。
生徒の親御さんの評判とか、派閥とか、領地の運営手腕とか。王城や現地の庶民からじゃ聞けない情報が、わんさか出てきたの。
この手の情報は、あって困るもんじゃないからね。
この後は普通に馬車で移動して、王城で褒賞式。
――なんだけど、ストーリーに絡むので、今回はここまでです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、日常回のふりをした説明回でした。
気分転換に魔力が万能な聖女の本を読んでたら、こーゆー話が浮かんだんですよ……。




