23.魔法が万能な聖女様、なんでも呪文で治します
見るからに弱っちい勇者は、教会長と言葉を交わすことなく教会を去ろうとした。
おいコラ兄ちゃん。チョイ待ちぃや。
復活してもろぉて、お布施もようせんとは、どないな了見やねん!
そう声に出したかった私だが、ここは思いとどまった。
だって、今の私、聖女の姿だからね。
それに、教会長が黙認してる以上、外野は口を出すべきじゃない。
「……」
通り過ぎ際に見た勇者は、死んだ魚の目をしてた。
人間、あそこまで覇気がなくなるのって、相当のことよ……。
おっと、そんなことより教会長にあいさつしとかなきゃ。
表の棺桶のことも聞きたいし。
私は教会長に近付き、声をかける。教会での聖女の立場は司教と同じ。司祭の上になるわ。
「ご苦労様です、教会長」
「えっ? あ、ああ。聖女様でしたか。こんな遠くまで、ありがとうございます」
教会長、マジで相当疲れてそうね。目が半分死んでるわ……。
「疲れてるところを悪いんだけど、表の棺桶について、教えてもらいたいの」
「は、はい。あれは全部、勇者の棺桶なんです」
「ゆ、勇者の棺桶ですってぇ!? あ、あれが……全部……?」
「そうなんです。それで……、私どもも、困っておりまして……」
☆ ☆
話を聞き終えた私は、予想だにしなかった事態に頭を抱えることになった。
頭の中がとっ散らかってるけど、なるべくわかりやすく説明しよう。
まず、勇者というのは、異世界からインキビットに召喚されてきた超戦士だ。
その力はすさまじく、人間の手に負えない魔物をも打ち負かすとされている。
されている……? はい、そこに気が付いた貴方、目の付けどころがシャープです。
勇者の存在と召喚方法は、広く知られてます。
ですが、実際に召喚されたことは、2000年を超えるインキビットの歴史の中で、ただの一度も無かったんです!
勇者は、人間の手に負えない魔物をも打ち負かす超戦士。
逆に言うと、勇者がその気になれば、大国をも滅ぼせるってこと。
大国に攻められた小国が、起死回生の策で勇者召喚! なんてことになったら、人類は滅ぶわね。
そうなったら困るので、勇者の召喚には、条件がいくつかある。
その中の一つが、「人間の手に負えない魔物が現れる」という物。
この条件が、利己的で不要不急な勇者召喚を、未然に防いできてたんだ。
勇者には、トンデモな強さ以外にもチートな特徴がある。
それは、死亡しても最後に立ち寄った教会で復活するというもの。
うん。ゆうゆうゆうめいなRPGそのまんまなんだ。
勇者が死亡すると、西洋風の棺桶に変わる。棺桶は鋼鉄変化処理されるので、壊れることはない。
パーティーを組んでれば、メンバーがそれを教会まで運ぶ。
ソロなら、棺桶は教会までワープする。
そうして運ばれた棺桶は、復活の儀式を受けて勇者に戻る。
これは神が定めたルール――世界の理――なので、誰もが普通に受け入れてる。雫視点だとアリエナイんだけどね。
ということで、気になってたことが、いくつか解決した。
まず、ここに来る途中にあった、一角ウサギに殺された人の死体が消えた件。
犠牲者は勇者だったんだね。
次に、教会長や助祭が異常に疲れてる理由。
私も修行の一環でやったことあるから、わかりみしかない! 復活の儀式って、マジ疲れるんだよ!
それを、あの人数に……。
そりゃぁ、教会長も助祭もヘトヘトになるよ。
難民になってる冒険者が時々おかしな叫び声をあげるのも、勇者の成れの果てだとすれば、説明がつく。
異世界の言葉って、私たちには理解不能だろうからね。
で、私が頭を抱えてる原因は、勇者召喚の条件を満たすほどトンデモな魔物が、インキビットのどこかにいるから。
しかも、その強さは、一対一なら確実に勇者に勝てるレベルなんだ。
まず、勇者がアリエナイぐらい弱体化してるのは、復活の儀式を何度も受けたからだ。
復活の儀式を受けると、所持金の半分が「寄付」として徴収される。
でも、何度も死んでると、お金はすぐ無くなる。
するとどうなるか?
答えは「復活するたびに弱くなる」だ。
だから、勇者が弱くなったのは、これが原因だと言い切れる。
トンデモな魔物を打ち負かせるはずの勇者が、国境の街近辺にいる野生動物にも歯が立たない。
お前、何回死んだんだよ……?
そりゃぁ、教会長も、何も言わないわけだよ……。
で、ココ大事なとこ。
お金があるうちは、勇者は弱体化しない。
仮に無一文でトンデモな魔物と戦ったとしても、その時は弱体化していないはずなんだよ。
つまり、トンデモな魔物は、万全な状態の勇者に勝ってるってわけ。
さらに言うと、トンデモな魔物は、エリシュからそう遠くないところに現れた可能性が高い。ズバリ言うと、ディマンドのどこかだ。
私が帰国した時、エリシュには脅威度Aの魔物が現れてた。
同じく聖女不足だったディマンドは、私が動いたエリシュより、瘴気が凄かったはず。
脅威度Sを超える魔物が現れても、全然不思議じゃない。
一つ気になるのは、誰が勇者を召喚したかだね。
勇者を召喚できるのは、エリシュだと魔術師団の副団長がギリ行けるかなってレベル。
召喚には、それだけたくさんの魔法力が必要なんだ。
副団長だと召喚は一日一回が限界。二日連続でできるかは怪しいと思う。
外の棺桶は20近くあるから、一人の仕事とは思えない。
副団長レベルの魔法使いが複数人で、となると……小国にはいない気がする。やっぱ、ディマンドかな……?
しかし、なんでそんなに召喚したかな~?
一人目ならともかく、二人三人呼んでもトンデモな魔物に勝てなかったんなら、そこらで止めてもよかったのに。
ひょっとして、数の力で押し切ろうとしたのかな?
でも、それなら一度に大人数で戦わせなきゃ、意味がないんだけど……。
勇者召喚の責任者って、戦いの素人?
そんなのに呼び寄せられた勇者も、可哀そうよね。
元の世界には戻れないんだし……。
で、もう一つ頭を抱えてるのが、その勇者の扱い。
エリシュにとっての緊急度は、こっちの方が高い。
今の調子で勇者に死に続けられたら、国境の街の教会はパンクしちゃうわ。
教会長が「もう戦うな」と言っても、戦うのを止めようとしない。
他所から応援を呼ぶのは、問題の先送りにしかならない。
だって、勇者が今以上に増えない保証はないからね。
殺しても無意味で、元の世界に返す方法は無い。どうしたらいいんだろう……?
「ささやき えいしょう いのり ねんじろ!」
私とは対照的に、教会長は元気溌剌。復活の儀式を執り行ってる。
気休め程度のつもりでかけてあげた完治魔法で、疲労も回復した模様。
助祭の二人も同じぐらい元気よ。
「おお 勇者よ! しんでしまうとは なさけない……。そなたに もういちど きかいを あたえよう」
「?」
おかしい!
さっきは離れてたからわからなかったけど、今は近くだからハッキリ見えた!
この勇者、生き返った瞬間から目が死んでる!
生き返った瞬間は、目が覚めた瞬間と同じ。
何も考えてないピュアな状態なの。つまり、目が死ぬことは無い。
一息ついて何か嫌なことを思い出して、それで目が死ぬのよ。
つまり、勇者は呪いに近い制約か何かを受けてる可能性が高い。
だったら、私の完治魔法でなんとかできるかも!
インキビットの回復魔法は万能。
使い手の力量が高ければ、完治魔法で治せないものは無い!
私は立ち上がり教会長に叫ぶ。
「試してみたいことがある。勇者を取り押さえて!」
「「は、はい」」
動いたのは助祭の二人。
無気力な勇者の腕を、左右からつかむ。
私は破魔の秘法を使い、呪文を唱える。龍聖女のローブが輝き、十二枚の翼が広がる!
「完治魔法」
呪文を受けた勇者は失神して脱力!
助祭たちが慌てて支えた。
うん。やっぱり変な呪いか何かが、かかってたみたいだね。
☆ ☆
今日は5人の勇者を解呪した。
正気に戻った彼らから得られた情報は、何とも不気味なものだった。
勇者たちが元居た世界はバラバラ。共通点は、人間であることだけ。
足元が突然光ったと思ったら、薄暗い部屋にいたとのこと。
そこで、若い男の声で、力を示せと言われた。
そのあとのことは覚えておらず、気が付いたら教会にいたそうだ。
つまり、召喚されてからのことは、何も覚えていないってこと。
これは私見だけど、勇者の強さの中には、呪いや催眠なんかへの耐性も含まれてると思う。
でなきゃ、トンデモな魔物に呪いをかけられてゲームオーバーになるからね。
ヘタすりゃ、勇者が人類の敵に回る事態まであり得る。
だから、勇者は相応の耐性を持ってなきゃおかしい。
勇者を召喚した何者かは、その耐性を超える力で呪いをかけたことになる。
勇者から有益な話を直接聞けなかったのは期待外れだったけど、この事実を知れたから良しとしよう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
お知らせ
本話まで毎日投稿してきましたが、早ければ次話から、隔日投稿になります。
チェックすることが増えてきて、執筆ペースが投稿に追い付かなくなりました……。




