22.現実主義な聖女様、シビアにソロバンをはじく
私は地方巡業を開始した。
最初に向かうのはサカスダン領。
ここを選んだ理由は、ディマンドとの国境があるから。
ひと月前の時点で、ディマンドはエリシュと同レベルの瘴気禍に見舞われてた。
なので、サカスダンには早い時点で聖女の羽が設置された。
難民ならまだしも、瘴気マシマシで強くなった魔物に越境されたら、メッチャ困るからね。
ただ、そーゆー事情から、聖女の巡回頻度は他の領より落ちてる。
聖女に万一のことがあったら、いろんな意味で取り返しがつかないことになるからだ。
聖女は教会の所属。
つまり、各国は、マルクト聖国から聖女を預かってる形になる。
なので、聖女に何かあれば、国はその償いをしなきゃならないわけ。
エリシュと聖国はメッチャ険悪。そんな状況で聖女に何かあったら……ねえ。
でも、私なら、そんな心配はしなくていい。
教会所属の聖女じゃないし、オークの大群程度なら瞬殺できるからね。
それに何より、ディマンドの情報が欲しい。
瘴気禍を克服した、あるいは克服できそうなら、その方法が知りたい。
聖女の力以外に瘴気をなんとかできる方法があるなら、心置きなく聖国と敵対できる。
当然、そうする前に、エリシュ出身の聖女は全員取り戻すわよ。
ギリ持ちこたえてるようなら、援助に入るタイミングを計りたい。
援助してどうするのかって?
そりゃぁ、見返りをいただくに決まってるじゃないですか。ええ、どうせ物は無いでしょうから、働いてもらいます。
パッと思いつくのは、エリシュの代わりに聖国と一戦交えてもらうことかな。聖女を減らされてるんだから、大義名分もあるしね。
そして滅んでるなら、エリシュが領土を拡大すべきかどうかの判断材料が欲しい。
これは、瘴気を浄化して魔物を駆除したディマンド跡地が、その労力以上のリターンをもたらしてくれるのかを知りたいってこと。
例えばの話、サカスダンのすぐ側に埋蔵鉱量がメッチャ多い金鉱があるなら、そこはエリシュの一部にするべきよね?
逆に、エリシュ近辺には地下資源も生物資源も何もないなら放置で決定。国境付近の瘴気対策だけ厳重にしておけばいい。
そーゆーことが知りたいわけ。
はい。いずれにしても、最優先するのはエリシュの国益。利益は最大、損失は最小を考えなきゃ。
そして情報を得るには、最前線が一番。
魔物の動きは無くても、難民や冒険者が情報を持ってるかもしれないからね。
というわけで、転移門でサカスダンへGo!
☆
ワープアウトした領主公館では、サカスダン侯爵が待っててくれた。
ヒガイタントの時はスルーしたけど、領地名プラス爵位がエリシュでは公式よ。
ついでに言っておくと、エリシュの爵位に辺境伯はありません。領主な侯爵=辺境伯だと考えてください。
サカスダン侯爵はドワーフの渋オジ。黙ってればカッコいい頑固おやじタイプね。
あ、ドワーフが貴族で領主までやってて「えっ!?」と思った人、いるわよね?
エリシュって、英雄だった初代様が、いろんな民族や種族を打ちまかして配下にして大国になったの。
その初代様、実は面倒くさがりで内政は超苦手。
そこで、倒した集団のトップにそのまま土地と配下だった者たちの管理を丸投げしたそうよ。
それがそのまま領主と領地と領民になったってわけ。
だから、人間以外の領主が他の大国より多いのよ。
で、この辺りは、元々はドワーフの居住地だった。
なので領民の大半がドワーフという、結構レアな領地なの。
ファンタジー世界の例にもれず、特産品は金属製の武器や防具よ。
「おお、ティアーユ様。待ちかねておりましたぞ」
「私は聖女として動いてるからティアで良いわ。それで、領内の様子はどう?」
あいさつもそこそこに、私たちは情報交換を始めた。
☆
「なるほど。領都はともかく、国境の街には難民がかなり来てるのね」
「ええ。その通りですじゃ」
「それにしても、おかしな話よね。冒険者なのに難民になってる人がいて、異常なほど教会に通ってるなんて……」
「はい。ワシにもサッパリですじゃ。それに、時々おかしな叫び声をあげるそうで……」
「わかったわ、ありがとう。とにかく現地に行ってみるわ」
私は話し方が残念な侯爵に礼を言い、国境の街に向かうことにした。
☆
領都と国境の街を直接つなぐ転移門は無い。
これは、国境の街だけじゃない。
他領の国境の街も同じく、領都に直接飛べる転移門は無い。
国境の街が隣国に落とされたら、大変なことになるからね。
というわけで、私はどこから見ても冒険者というスタイルで、ちゃんと整備されてる街道を歩いてます。
○○のレオタードって、前衛を務める女性冒険者の定番装備の一つなのですよ。
剣士や騎士なんかだと、この上に鎧を装備する感じだね。
おっと、前方に人の気配。
なんか、かなり弱っちい感じだ。
ほほう、弱めの野生動物もいるね。
これは、一対一で、いい勝負かな……?
あ、気配が重なった。――っと思ったら、文字通りに「あっ」という暇もなく、人の気配が消えたぞ。
これって、野生動物に殺られたってこと……だよね?
えっ? いつの間にそんなことがわかるようになったのかって?
実はだね、「瘴気を感知するスキルがあるなら、気配を感知するスキルもあるんじゃね?」と思っていろいろ試したら、マジでスキル<気配感知>をゲットしてしまったのだよ!
ふっふっふ。おかげで人間や動物相手でも、不意を突かれることは無くなったのよ。
また一歩最強に近付いたわ!
それはそれとしてだね、死体はちゃんと供養しないと、アンデッドになっちゃうんだよ。
聖女として、それ以前に人として、捨てて置くわけにはいかないわ。
少し進むと、一角ウサギが勝ち誇ってた。
頭の角には血がベッタリ。近くの地面にも血の跡がある。
弱っちい人を殺したのは、こいつで確定だね。
ん? じゃあ、犠牲者はどこだ?
一角ウサギは草食。死体を食べることは無い。ていうか、食べるには時間が全然足りないし! それ以前に体積的に食べきれないし!
死体を運べるような動物や魔物が来たなら、一角ウサギは逃げてるはずだ。
実際、私の気配感知にも、そんな反応は無かった。
地面に血の跡はあるけど、それが移動した跡は無い。
これ、どゆこと?
うん。悩んで立ち止まってる時間はもったいないね。
冥福だけ祈って、先を急ごう。
☆ ☆
領都から国境の街までは結構距離があったけど、思ってた以上に早く着いた。
私の歩き、正義超人の域――アリエナイ時間で海を泳いで渡り、地上を走って戦いの場に駆け付けるアレ――まであと一息ね。
それじゃ、聖女として教会に顔を出しに行きますか。
「?」
教会の前には、西洋風の棺桶が山積み!
ナニコレ? まさか、流行り病?
そんな大事件、領主が知らないってことが有り得る? いいえ、無いわね(反語)
とりま、中に入りましょうか。
私は両開きの扉を開き、礼拝堂に入った。
意外と知らない人が多いけど、教会は24時間年中無休でウエルカム。
金目の物が置いてない礼拝堂は、いつでも誰でも入れるの。
中に入ると、見るからに疲れてる助祭たちが、棺桶を祭壇にセットしてた。棺桶は、外にあるのと同じやつ。
それを見ている司祭――おそらく教会長――も、相当疲れてる感じがする。
ふむ。これから祈るのか。じゃあ、終わるまで待つとしよう。
私は一番後ろの席に腰かけ、一部始終を見守ることにした。
程なく準備完了。司祭が祈りの言葉をささげる。
「ささやき えいしょう いのり ねんじろ!」
その言葉が終わると、棺桶の周りが一瞬暗くなり、続けて棺桶が青い光にうっすらと包まれた。
これって……確か復活の儀式……よね?
それにしては、闇も光も弱いわね……。
棺桶は徐々に人の形となり、最後はモブっぽくない雰囲気のフツメンになった。ただし、見るからにメッチャ弱っちいけどね。
「おお 勇者よ! しんでしまうとは なさけない……。そなたに もういちど きかいを あたえよう」
ファッ!?
えーーーっと、教会長。それは王様のセリフなんですけど?
あ、2だと全員このセリフだったっけ。
――じゃなくて、あの弱っちい人、勇者だったの!?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
22話目にしてようやく、龍聖の世界にも勇者が登場しました。
やっぱ、ドラクエ的な世界には、勇者が必須ですよね(個人の意見)
「ささやき えいしょう いのり ねんじろ!」は、「ささやき いのり えいしょう ねんじろ!」になってる機種やナンバリングもあります。




