2.走馬灯を見た聖女様、天の声を聞く
試練当日の今日。私は神の祠に呼び出された。
普段は立ち入り禁止になってて、聖域の中でも特に神聖とされる場所だ。
ワクワクドキドキしながら中に入ると、そこは、がらんとした空間。
物々しい扉が4つ並んでて、戦う相手の名前と特徴らしきものが書いてあった。
左から順に、こんな感じ。
弩竜の扉:圧倒的な力、バリモーア
魔竜の扉:偉大なる魔法、ラーミアス
機竜の扉:機を見るに敏、カーズマ
鏡竜の扉:己との闘い、ジ
うん。情報はこれだけ。
シルエットだけでも見せてくれれば、どんな相手か想像しやすい。だけど、無いものは仕方ない。
少ない情報から最善の解答を導き出すのも、龍の聖女に必要な能力なんだろう。
私は、そんなふうに自分を納得させ、勝てそうな相手を選ぶことにした。
竜っていうのは龍より下位で、ドラゴンより上位。
4体の竜は、見たことも聞いたこともない種族。しかも名前持ち。
名前を持ってる個体は、名無しの個体より強い。そして、名前は個体の特徴を表してることが多い。
弩竜って、脳筋の臭いがプンプンするよね?
魔竜は、トンデモな魔法をバンバン使ってきそうよね?
機竜は……、相手の隙を見て一撃必殺を狙ってくるんじゃないかしら? と、そう考えた。
私、回復系の魔法は聖女に相応しいレベルだけど、それ以外は年相応だと思ってます。
そんな私がだよ、力自慢な竜や、魔法自慢な竜や、一撃必殺が得意な竜に勝てると思う? 無理に決まってるじゃない!
それに比べるとさ、鏡竜って、私と同レベルっぽい気がしない? するわよね! 少なくとも、勝てる可能性は他より高そうよね!
というわけで、私は鏡竜の扉を選んだ。
龍殺しの聖剣を持ち込んだのは、勝率を少しでも上げるため。
いい武器を持ってれば、戦闘力も戦闘経験も皆無な私でも、ワンチャンあるかもしれないでしょ? そ~ゆ~小説もあるし。
えっ? 龍殺しの聖剣なんて、どうやって手に入れたのかって?
もちろん、お手製です!
何? 聖女に龍殺しの聖剣が作れるのかって?
いやだなぁ。アイテムに魔法や特殊効果を付与するのは、聖女の嗜みですよ?
魔力が万能な聖女も、聖女バレしたくない大聖女も、みーんなやってます。
じゃあ、剣はどうしたのかって?
幸いなことに、ここは聖域。聖騎士さんたちが常駐してます。
予備の剣なんて、いくらでもあります。
聖騎士さんの中には、エリシュ出身の人もいます。
第13王女の私が「良い剣が必要なのです」と言ったら、その日のうちに手元に届きました。
その中から自分に合ってそうな剣を選んで、パパっと聖別してチャチャっと祝福すれば……。
ハイっ! 聖剣の出来上がり!
その聖剣に、切れ味UPと殺傷力UPと龍殺し、ついでに自己修復を付与すれば……。
ハイっ! 龍殺しの聖剣、完成で~す! いや~、我ながら、いい仕事ができました!
なのに、その龍殺しの聖剣が、全然仕事してくれないんだよ……。
だいたいさぁ、扉に書いてあった竜の特徴ってさぁ、ほとんど詐欺じゃない?
鏡竜がアンディフィーテッド・ドラゴンだなんて、1ミリも思わなかったわよ!
戦闘開始前の名乗りで、「我の名はジ。アンディフィーテッド・ドラゴン也」って言われたとき、「嘘やろ?」って叫びたかったわよ!
でもまあ、実力が私に近いかもってのは、当たらずとも遠からずだった。
ジは、自分からは攻撃してこない。
ついでに言うと、武器も持ってない。
さらに言うと、構えも素人っぽい。
私も武術は全然やってないから構えはアレなんだけど、そんな私と大差ないレベルに見える。
実際、私が斬りつけても、かわそうとする動作が鈍い。ていうか、どう見てもかわせてないはずなんだよ!
なのにだよ、私がいくら斬りつけても手ごたえなし! そして私に傷が増える!
そんな繰り返しを続けてるのが、今の状況なわけ。
えっ? なぜ催眠術だとか超スピードだとかじゃないって言いきれるのかって?
それは私が聖女だからよ。
聖女って、直感もすごいのよ。
アルビノな聖女なんて、候補時代から、失せモノがある場所をバンバン言い当ててたからねー。同じことが、きっと私にもできる……はず。
そんな私の直感が、これは催眠術や超スピードじゃないって訴えてるの。
あ、説得力皆無ですかそうですか……。
それじゃあしかたない。まじめな話をしよう。
まず、聖女は神様の加護を受けてるから、催眠術の類は効かないの。
ゲームみたく耐性表があったら、催眠無効って書いてある感じだね。
そして超スピードの方だけど、ジが動いてる感じが一切しないの。
気配なし、足音なし、風切り音なし、そよ風すら感じない。
さらに言うと、ジはね、あちこちに返り血を浴びてるんだ。
私の五感は、常人より少しだけマシなレベル。
そんな私に気取られず動ける奴が返り血を避けられないって、おかしいよね?
しかも、よ。たまたま背後をとれたことがあって、その時の返り血はキッチリ背中に浴びてるの。
超スピードで背後からの攻撃をかわして私を斬って、元の位置と体勢に戻って返り血を浴びる。
これって、能力の無駄遣いもいいとこよね。
そんなことするメリットってある?
おかしすぎるよね?
ああ、うん、わかってる。
私の思考も少しおかしい。
……いや、少しじゃないな。かなりおかしい。
ジに斬られるまでは全然出てこなかったワードやフレーズが、ごく自然に出てきてるんだ。
どうせなら、ジの能力や対処法なんかが出てくると、ありがたいんだけどな~。
…………。
……。
フッ、無理だよねー。
紋章と同時に代々の戦いの遺伝子も受け継ぐ竜○騎士ならともかく、龍の聖女にはそんなのないわよねー。
そも、私はまだ龍の聖女になってないし。
「!」
いきなり!
ジが攻撃に転じた!
ちょっおま、自分からは攻撃しないんじゃなかったのかよ!?
などとアホなことを考えてたせいで、私は攻撃をモロに受けてしまう。
「ゲフッ」
お腹に強烈な拳の一撃! 美少女は絶対に出しちゃいけない声が出た!
私は昭和のボクシング漫画みたいに宙に舞った! そして頭から落ちた!
グシャッ……。
聞こえちゃいけない類の音が聞こえた。
お約束の走馬灯が、私の頭に浮かぶ。
走馬灯の私は黒い髪。
軽装な冒険者スタイル。武器も、盾も、魔法の杖も持ってない。
そんな私がジと戦ってる。
走馬灯のジは好戦的。黒い髪の私をガンガン攻める。その動きは、私が戦ってるジより、明らかに速くて強い。
そんなジの拳を、蹴りを、そして魔法を、黒い髪の私は、流れるような動きで華麗にかわす。
「凄い……」
相手の攻撃を読み切ったかのような、最小限の動き。まさに、回避のお手本。人間って、ここまでできるものなんだ……。
そんな戦いを終わらせたのは、一発の魔法。
黒い髪の私が、私の知らない魔法を放つ。
それは、命と魔法力のすべてをエネルギー弾に変えて相手にぶつける、自爆攻撃のような魔法。
身長と同じぐらいのエネルギー弾を受け、ジは消滅。黒い髪の私は、糸が切れた操り人形のように倒れた。
次の瞬間、自動蘇生魔法が発動。
薄緑色の光につつまれ、黒い髪の私は生き返った。
えーーーーっと、今のは……何?
走馬灯って、命が大ピンチの時に、打開策を求めて超高速で参照する、自分の過去よね?
脳のリミッターが外れてるから、一瞬で人生を振り返ってるように見えるという……。
でも……、私、ジと戦うのは今日が初めてよ……?
はてなマークで埋め尽くされた私の頭に、無機質な女性の声が届く。
《条件を満たしました。前世の記憶が開放されました》
え゛っ!?
ナニソレ?? 私には、前世の記憶なんてものがあったの?
じゃあ、走馬灯で見たのは、前世の記憶ってこと!?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
実際に戦うのは先ですが、4体の竜の名前が明らかになりました。
どこかで聞いたことがある? 気のせいですよ。
あ、よろしければ感想やブクマなど、お待ちしてます。