16.帰国した聖女様、さっそくやらかす
私の母国エリシュ王国は、パンゲイア大陸の東部にある。
大陸の1/5を占める大国だ。
王都エヌマは海に面した海洋都市。国の東端に位置してる。
マアト山があるのは、大陸のほぼ中央。
つまり、聖域とエヌマは、メッチャ離れてます。
インキビットの一般的な交通手段は徒歩か馬車。
何日かかるかわかったもんじゃありません。人を襲う野生動物や、場合によっては魔物も出るしね。
ところが!
インキビットには転移門なんて便利なものがある。使えるのは、国や教会の偉い人だけだけどね。
国防上の理由から、国と国を結ぶものは無い。でも、首都と主要都市とか、首都と聖域とか、主要都市同士とか、そういうところを結ぶ転移門は、かなり充実してる。
でも、そのせいで、一般向けの交通インフラの整備が遅れてるという面もある。
領内の整備は領主の役目。そこには、交通インフラも含まれる。交通インフラは、作るのにも維持するのにも、金がかかる。その金を出すのは、基本的に領主だ。
領主は転移門が使えるので、たいていの移動はそれで済む。転移門がない僻地に領主が出向くなんて、まずないからね。
結果、おバカな領主はインフラ整備に金を使う意義を見出せなくて、最低限のことしかしなくなる。
そうなると、例えば道路が整備されてること前提の大型高速馬車とかは、企画しても実用化できないわけですよ。
とりま、王族な私は転移門でエヌマまでワープ。
王城――グリム城に、文字通りの一瞬で飛んで帰ってきました。
私が帰国することは、昨日のうちに連絡済み。
現在、帰国兼赴任のあいさつで謁見するための準備中です。
王侯貴族って、こーゆー時にめんどいよね。
あ、普通の聖女も、赴任のあいさつで謁見するから同じことか……。
準備中と言っても、私の方は、とっくに済んでる。
なぜなら、聖女のローブは、どんな場でも正装で使えるからです。もちろん、龍聖女のローブも同じよ。
「ティアーユ様、謁見の準備が整いました。玉座の間へお越しください」
「わかりました」
案内役の侍女に続き、ゴージャスな廊下を歩く。
王城って自分の家なのに、私、この廊下通るの初めてだよ……。
両開きの大きな扉の前で、暫し待機。
「聖女にして第13王女、ティアーユ・マート・マルクト・エリシュ様、入場です」
よく通る男声に合わせて扉が開き、私は玉座の間に入る。
人並みに身についてる礼儀作法が仕事して、私は聖女らしく歩を進める。
通路の両側には、いわゆる有力貴族たちが並んでる。
もっとも、5歳で城を出てた私には、誰が誰だか全然わかりません!
一段高いところには、男性が二人。通路の左側にいるのが宰相で、右側が王太子――同腹の長兄・エア兄上だ。
もう一段高いところにある玉座に座してるのが、国王のエンリル・マート・エリシュ2世。私の父上だ。
その隣に座してるのが、正妃のニンリル母上。うん。私、正妃の末娘なんだ。
国王と正妃の側に立ってるのは、アナト義母上、アシラート義母上、アスタルト義母上。三人は側妃であり、国王の護衛でもある。
ただね~、その三人がかりでも、母上には勝てないんだよね……。
おっと、そろそろ所定の位置だ。
私は頭を下げ、父上にあいさつを述べる。
「ティアーユ・マート・マルクト・エリシュ、聖域での修行を終え、聖女としてエリシュに赴任いたしました」
「うむ。ティアーユよ、大儀であった。聖女としての働き、期待しておる」
「はい。マルクト様の名に恥じぬよう、力を尽くします」
「よろしく頼むぞ……」
ふう、無事終了ー……と思ったら。
「早速だが、大至急相談したいことがある。一緒に来てくれ」
は、はいぃーっ?
☆
初めて入った中会議室には、なんとなく顔を覚えてる兄上たちが待ってた。
そこに父上母上義母上たちとエア兄上が加わり、王国の最高戦力が勢ぞろいした。
他に、文官っぽい人たちもいるね。
いったい何が始まるんです?
私は言われるまま席に着き、誰かが発言するのを待つ。
立ち上がり一礼してから口を開いたのは、おどおどした感じの中年の文官だ。
「そ、それでは、国内の瘴気の現状について説明させて頂きますです」
文官の話が始まった。
話が進むにつれ、皆の表情が曇る。場の空気が重くなる。
なぜなら、エリシュでは瘴気が黒い霧の段階を超え、名状しがたい沼のような状態になりつつある地域が日ごとに増えていたからだ。
「そんな、その地域にも聖女はいるんでしょ?」
私は思わず声を上げた。
聖女の数はカツカツ。だから、こうならないように各国と聖域が調整してるはず。なのに……。
「聖女は、いないんだよ」
「!?」
私は母上を見た。母上は忌々しそうに続ける。
「うちだけじゃない。ディマンドでも聖女が全然足りてない……」
ディマンド王国はエリシュの友好国。大陸の南部にある、エリシュと同じぐらいの大国だ。国境を接してるので、それなりに交流もある……らしい。
「聖国の奴が、小国から聖女が足りないって泣きつかれて、うちとディマンドから聖女をまわしやがったんだよ……」
聖国――正式名称マルクト聖国は北方の大国。マルクト教の総本山がある宗教国家だ。
聖女は教会の所属なので、総本山からの指示には逆らえない。
「魔物なら、私らが出向けば何とでもなる。だが、瘴気だけはどうにもできない。それを知ってるくせに、聖国の奴ら」
母上がドンって感じでテーブルをたたく。
ドゴォッ! パラパラパラ……。
テーブルは木っ端みじんになった……。
はい。ここにいる王族は、一人で騎士団の大隊を撃破できる猛者ぞろいです! その中でも、頭抜けて強いのが母上です!
「というわけなんだよティア。なんとかならないかい?」
優しげな声は父上。ここに諸侯がいないからか、愛称呼びだ。
ちな、父上の戦闘力は、母上の次。剛剣を使う母上とは対照的な、インテリ魔法使いタイプです。
とりま、そ~ゆ~ことなら聖女たる私の出番だね。
「わかりました。なんとかしましょう!」
私は拳を握りしめながら立ち上がり、力強く宣言した。
☆
「じゃあ、最優先なのはヒガイタント領で良いんですね?」
「さ、左様でございますです」
「次に対処すべき地域は、どこですか? 何日ぐらいもちますか?」
「モダメ領で、三日後には危ないかと」
「ヒガイタントからモダメへの転移門は、ありますか?」
「エ、王都経由になりますです」
…………。
……。
情報を集めるほど、状況が芳しくないのがわかる。
なんせ、元は12人いたエリシュの聖女が、私を入れて6人しかいないんだもん。
そりゃぁ、沼もできますよ。
そうか、御使い様が「明日中にはわかる」と言ってたのは、このことだったのね。
確かに、試練の最中にこんな話聞かされたら、戦いに集中できなかったと思うわ。
この事態、普通の聖女ならお手上げね。
一人で二人分の働きなんて、物理的に不可能だもの。
当然、私にも無理。
聖女としての私の力は、並の聖女四人分ぐらいある。でも、国の半分をカバーするのは流石に……。
駄菓子菓子、私にはこれがある!
てれれれってれー。
鳳凰の羽~。
と、心の中で言いながら、私は鳳凰の羽を20枚、魔法の袋から取り出した。
説明しよう。
鳳凰の羽が死者蘇生アイテムなのは、前に言った通りだ。
だが、鳳凰の羽には、もう一つの使い方がある。
それは付与。
鳳凰の羽には、普通なら付与できないようなトンデモな効果も、術者の力量次第で付与できるんだ。
私は鳳凰の羽を両手に持ち、聖女の力をイメージする。
普通の聖女は知らないだろうけど、私はその力をスキルとして知っている。
瘴気浄化の4文字を言霊としてとらえ、それを鳳凰の羽に写していく。
うん、行けそうね。
私の魔法力が高まり、龍聖女のローブが輝く!
輝きは両手へと集まり、鳳凰の羽へと流れていく。
よし、できた!
魔法力を半分以上使ったけど、瘴気浄化の力を持った鳳凰の羽20枚、完成よ!
「おいティア、今のは何だ?」
「鳳凰の羽に、聖女の力を付与しました」
全力で興奮しながら聞いてきたのはエア兄上。母上似の熱血漢だ。
「鳳凰の羽が……こないにぎょうさん……」
半ば呆れ気味なのは、アスタルト義母上。
鳳凰の羽って、希少品だからね~。この反応も無理はない。
「ということは、これが聖女の代わりに瘴気を浄化してくれると?」
「はい。その通りです、父上」
私はみんなを見渡し、聖女らしく告げる。
「ヒガイタントとモダメは、私が直接浄化します。他の地域は、その羽を教会に設置して様子を見てください。危険度が高いところから順に浄化して回ります」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第二章始めました。
名前があるキャラが増えました。地名も増えました。
覚えきれてない私は、設定見ながら書きました。
これ、この先まだ増えるんですよね……。




