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すべて、あなたがくれた  作者: 喜楽直人
第一章 クレア・リィーディアル
4/12

4。

本日4話目です。読む順番にお気を付けください。


※ クレアさんがいない場面から始まるので三人称です。

 


 果たして。

 リーディアル侯爵邸の前に着いたのは、異国情緒漂う雅な造りの馬車の一行だった。

 我が国の誇る近衛がその豪奢な一行を守りゆっくりと近付いてくる。

 まさしく花嫁を迎えに来た彼の北の小国フォルド王国の一行に違いないと慌てた使用人からの報告に、もっと慌てふためいた侯爵が迎えに出た。


「ふぉ、フォルト王国の皆様がいらっしゃるとは思いもしませんで。失礼いたしました」

 花嫁を迎えに来るという大事を、先触れもなく強行したことについて厭味たらしくそういう侯爵の胸の内は嵐の中にいるように吹き荒れていた。

 来ると言っていた金持ち商人からの、クレアの迎えはまだ来ていない。

 もし居合わせてしまったらと侯爵の心は不安で揺れ動いた。

「あら。おかしいですわね、侯爵家からは了承との返答が得られたと聞いて当家より喜び勇んで参りましたのに」

 優美な扇子で口元を隠した美女がこの華やかな一行の代表、今回花嫁を迎える為に立てられた使者なのだろう。

 名乗りもしないで告げられた侯爵の厭味に一歩も引かない対応は、その嫋やかな見た目を裏切る。

 匂うような柔肌は内側から輝くようなまろ味を帯び、涼やかな目元は今、目の前の侯爵を射殺さんとばかりに剣呑とした光を宿し、底知れない威厳を放っていた。

「…っ?! まさか、その…、もしや、クレアを迎えに来られた?」

 その言葉に、目の前の佳人が鷹揚に頷いてみせた。

「勿論、クレア・リーディアル侯爵令嬢を迎えに参りました」

 その言葉に、侯爵だけでなく後ろに控えていた後妻や使用人一同が衝撃を受けた。

「幾ら金持ちであろうとも我が国の近衛に守られて商家の妾を迎えに来るとは…」

 小さく呟かれたそれに、目の光を一層剣呑としたものとして佳人が先を促す。

「それで。クレア様はどちらにおいででしょうか」

 つい、と視線を周囲に移し、佳人が視線で迎えに来た少女の姿を探す。

 その言葉に、侯爵は慌てて使用人たちにクレアを迎えに走らせた。

「少々お待ちを。今連れてこさせます」

 それまでサロンでお茶でもどうぞ、と、やっとのことで礼儀を思い出した侯爵は、使者を邸内へと招き入れた。



 青のサロンと呼ばれるその部屋は、侯爵邸の数あるサロンの中で一番広く、調度品に金が掛けてある場所であった。

 椅子とカーテンに使った青いダマスク織りが映えるよう、重厚な樫の木で作られた調度品に金彩とラピスラズリという石を粉にしたもので繊細な装飾を施してある。

 丁寧に磨き上げられた木象嵌の天井と床が映える美しい設えだ。

 金持ちだと言われて紹介を受けたもののたかだか商家、たかだか平民と侮っていた侯爵であったが、吹っ掛ければもっと支度金を用意させることができるのではないかという胸算用が突然閃いて、ゆっくりと商談ができるようここに招き入れることを選んだようだ。

 リーディアル侯爵家の資産は、兄であるユニスと妹のクレアがすべてを引き継ぐことになっている。

 しかし、兄であるユニスが事故に遭った今、クレアを有耶無耶のまま平民に落とし、代わりにブリスを彼の北の国へと嫁に出すことに成功すればこの侯爵家を継ぐ者はいなくなる。

 優先順位としては侯爵家の当主の座であり、クレアの売り渡し先に対して吹っ掛けるつもりはなかったが、こうしてその金満っぷりを前にした侯爵にその欲の皮が張るのを止める気持ちはなかった。

「それで。えー、クレアの支度金についてですが」

 恥も外聞もないその言葉に、相対する佳人は軽蔑の色を隠そうともしなかった。

「もう、随分とご用意させて戴いている筈でございますが。…なにしろ、16年もの長きに渡ってオネダリされておりますもの。ねぇ?」

 その言葉に、ようやく侯爵は自分の仕出かした間違いに気づいた。

 浮き足立ちすぎて自分も正式に名乗りを上げなかったし、相手の名前についても確認しなかったことにようやく気が付いたのだ。

 フォルト王国の名前を出した時ですら、否定も肯定もされなかった。

 つまりこの一行はすべてを判った上で、クレアを迎えに来たのだ。

 そう悟った侯爵はクレアが今ここに連れて来られることだけは阻止しなければと闇雲に立ち上がった。

 その時、運命は開かれた。

 コンコン。応接室の扉がノックされる。

「は、入るな! 誰も連れてくるなっ!」

 そう叫んだ侯爵に構わず、佳人の目配せにより連れてきた従僕が扉を開けた。



「呼ばれて参りました。クレア・リーディアルでございます」

 お仕着せの様な粗末な服を着ていようとも、これから金持ちの好事家とやらに売り払われようとしていたとしても、自分はこのリーディアル侯爵家の令嬢だとクレアは心得ている。

 ノックした後に叫ばれた父の声が聞こえていたクレアは、それでも開かれた扉に向かいカーテシーを取った。

 そこに、クレアが初めてみる様な美しい女性がこれ以上ないというような嬉しそうな顔をして足早に近付いてきた。

 え?

 そう思った時には、ふわり、とした優しくて甘い香りに包まれた。

「ようやく会えました。クレア様。クレア・リーディアル侯爵令嬢。貴女に、ずっとお会いしたかった」

 ぎゅっと抱きしめられて、その柔らかさと甘さにクレアは頭がぼうっとした。

「わたくしの名はアーマニ。元フォルト王国の第二王女にして、フォルト王国公爵夫人アーマニ・トフランと申します。今回、クレア・リーディアル嬢を我が国へお迎えする使者としてフォルト王国国王より指名を受けました」

 どうぞお見知りおきを、と尚もクレアを腕の中に囲い込みながら丁寧な口上を述べた。

「こちらこそ。貴国のことを碌に知らないまま嫁ぐことをお許し下さい。我が国では貴国の情報はなかなか集めきれずにおりました。いろいろとお教えください。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」

 クレアもまだ腕の中に包まれて夢心地のまま答えた。こうして誰かの腕にやさしく抱きしめられたことなど、母を喪い兄が寄宿舎生活のためにこの家からいなくなってしまってから、初めての事だ。

 そんなふたりを温かく見守っていたのはアーマニが連れてきた従僕のみ。

 リーディアル侯爵は苦々しく、その後ろで控えている使用人たちは困惑顔でそれを見つめている。

 どう事態を収めようか。自ら始めた嘘がバレてしまった今、侯爵の頭の中は混乱を極めていた。

『絵師が取り違えていた』と絵姿を取り返させたこと自体が嘘だと露見しただけでなく、今ここにいるクレアの地味さに『クレアが求めている』と豪華な金品を強請ったことも嘘だと悟られているに違いない。

 すべてをクレアに押し付ける方法さえ思いつけば。とりあえず今だけでもいい。その後は言い掛かりでもなんでもつけて追い払ってしまえばいいのだからと侯爵が必死で自己弁護をしながら考えていると、そこに新たな客が来たと侍従が告げに来た。

 その名前を聞いた時、侯爵はにやりと笑った。そうして「勝った」と小さく呟いた。

 頷いて、その客をこの部屋まで連れてこさせる。

 その場で一気にありもしないことを捲し立ててやるのだ、侯爵は逆転劇を思い心の中でほくそ笑んだ。


「クレア嬢。やはり私はあなたを諦められないのです。どうか私の手を取って下さい!」

 開いたままになっていた扉をくぐった途端、その人はそう叫んだ。

『やった!』侯爵は心の中で喝采を上げた。

 期待以上のセリフに、目の前にいる目障りでしかなかった平民を褒めたいくらいだ。

 そうしてできるだけ居丈高にクレアに向かって厳しく叱りつけた。

「クレア! お前はやはり身持ちの悪い、ふしだらな娘だったんだな! フォルト王国の王太子という素晴らしい婚約者がいる身で、こんな平民と…いや、この平民以外にも無数の男がいると聞いた時は恥ずかしさで目眩がしたぞ。いや、失礼した、フォルト王国の使者アーマニ・トフラン公爵夫人。このようなふしだらな娘に育てた記憶はないのだが、やはり生みの母に似たのかもしれぬ。どうかこんなふしだらな娘の事は忘れて下さい。代わりと言っては何ですが、私のもう一人の娘ブリスを紹介「お黙りなさい!」なんですとっ?!」

「可愛いクレア様を侮辱しただけでは飽き足らず、生みの母であるリィン様まで貶しめるとは。恥を知りなさい」

 その瞳に怨嗟の炎を燃やして、佳人が侯爵を睨みつけていた。

「リィン様とはずっと文を通してでしたが心を通わせた仲のわたくしに向かって、よくもそのような事を言いましたね? 彼女が亡くなって即後妻を迎えた事、しかもクレア様より一つ年上の娘までその女との間に儲けていた事も存じておりましてよ?」

 ぐぅっ。憤怒の表情をした侯爵の喉元より音が漏れる。

 まさかフォルト王国に自分の行いがそこまでバレているとは思わなかったのだ。

「わたくしは、長い間、知らぬままに放置していた自分を責めたい。でも、それは今ではない。貴方というリーディアル侯爵家に巣食う害悪を廃し、正統なる当主を迎え入れる手助けをしてからにします」

 さっと佳人が手を挙げる。

 すると、頭を深く下げた従僕が一人、前に進んできた。

「お久しぶりです、リーディアル侯爵。いえ、今日からは、元リーディアル侯爵ですね?」

 面を上げたその顔に、侯爵も、クレアも驚愕の声を上げた。

「お兄様!!!」

「ユニス?!」

 駆け寄り抱き着いた。クレアは懐かしいその香りに胸がいっぱいになった。

「ユニスお兄様、お元気だったのですね! お顔をもっとよく見せて下さいませ」

 涙が邪魔をしてよく見えないのです、とクレアは駄々をこねるように甘えてみせた。

「クレア嬢。うれしいのは判りますが、あまりユニスに無理を言われませんよう。彼はつい先日まで意識不明の重体だったのですから」

 そう答えた相手を、クレアは勢いよく振り返った。

「…フィールド先輩? 何故、先輩が?」

 ふたりはこの場が初対面なのではなかったのだろうか。

 不思議な面持ちで二人を交互に見遣るクレアに、兄が軽やかな声で答えた。

「嵐にあって谷底に落ちた僕はそのまま川で流されて下流に運ばれたんだ。その途中で頭を強くぶつけたみたいで。運よく下流の村で漁師に助けられたものの意識不明のままずっと村の小さな病院で寝かされていたんだ」

 そのまま意識が戻らなかったとしたら。そう思ったクレアは震える手でぎゅっとユニスの服を強く掴んだ。

「…ごめんね、クレア。一人になったかと不安にさせたね。もう大丈夫」

 ぽんぽんと頭を軽く叩くように頭を撫でられて、クレアは手に入った力が抜けていくのを感じた。

「そうして、私がその村の近くを通った時に、意識不明でずっと寝ている男の人の噂を聞きつけて、ユニスを見つけたんだ」

 フィールド先輩が補足してくれた。

「ありがとうございます。先輩がお兄様を見つけて下さったんですね。…このままもう二度と会えないと思っていたのです。ありがとうございます」

 それにしても、フィールド先輩はなぜそんな遠くの村の近くを通ったのだろう。

 不思議に思っていると、ずっと黙って横で見ていた佳人が呆れた様子でフィールド先輩に話し掛けた。

「それで? 先ほどのお言葉は一体どういう事でしょう。場合によっては、わたくし、容赦しませんことよ?」

 そうだった。つい、お兄様の御無事な姿を見たらそれだけで頭が一杯になってしまった。

 慌ててフォルト王国の使者であるアーマニ・トフラン様へ訴えた。

「あの…フィールド先輩は悪くないのです。私が…お兄様までもを喪ったと思って落ち込んでいたのを元気づけて下さっただけなのです」

 言葉を尽くして頭を下げた。

 破談になってもいい。お金持ちの商人に嬲られるようなことになっても、この人だけは守りたい。

「冗談、だったんです。いつもの…私を元気づける為の、嘘、で」

 目の前に立つ佳人、フォルト王国アーマニ・トフラン公爵夫人の指が、すっ、と私の頬を撫でるように擦っていく。

「嘘だというなら、なんでクレア様は泣いているのかしら?」

 だって。だって…

「ごめ…なさい。わたし…婚約しているのに…す、すきに、なっ…」

 そこから先は、言葉にできなかった。

 ぎゅうっ、とアベル・フィールド先輩によって抱きしめられていたからだ。

「や…離し、て」

 いやいやをするクレアを、更に力強く抱きしめる腕に力を込めてアベル・フィールドが封じ込めた。

「今言ったこと、本当? 本当なら、ちゃんと顔を見せて、最後まで言って聞かせて?」

 蕩ける様な顔で腕に閉じ込めた愛しい相手を見つめる。

 初めて好きになった人から抱きしめられる、その腕の中で。

 その愛しい人の顔を見上げる。

 もう二度と見られなくてもいいように。絶対に忘れないよう記憶に留めておきたいのに、涙が邪魔でよく見えなくて。それでもクレアはひたすらに初めて愛しいと思った相手を見上げて言った。

「ご、ごめ…「それじゃないよ」」

 クレアの唇をつ、とアベルが指で押さえる。

 その、女の人とは絶対に違う、節くれだった感触に、クレアはぎゅっと目を瞑った。

「こんな状態で目を閉じたりしたら…ねぇ? クレア、何を強請っていると思われるか、判ってる?」

 アベルが耳元でそんなことを囁いた時だった。

 パコン。ペシン。「あいたっ」

 クレアの頭の上で、何かが2回連続で叩かれた音が響いたと思うと、アベルが悲鳴を上げた。

「なにするんだ。折角良いところだったのに!」

 ぷんぷんと怒ったような声を上げるアベルは、実はそれほど怒ってはいないらしい。

 声がどこか笑っていた。

「実の兄の前で、大事な妹に不埒な真似をする奴は叩かれて当然だ」

「そうよ。いくら婚約者から初めて好意を示されて浮かれているからって。実の姉の前でラブシーンを披露しようとなんかしないでよね」

 ……。ユニスお兄様の言葉はともかく、2つ目に聞こえた言葉に不可解なものが紛れ込んでいたような気がしたクレアはアベルの腕の中で藻掻いた。

「え? あの…先輩? 婚約者…え?」

 そのクレアの言葉に一番衝撃を受けたのは、間違いなくリーディアル侯爵だろう。

「そ、そんな馬鹿なあ!!!!」と大きな悲鳴を上げた。

 その声に驚いて駆けつけた義母と異母姉が見たものは、床に崩れ落ち、天井を仰いで口から泡を吹いて意味不明な言葉を呟く、夫であり父である男の姿だった。

「あなた!」

「おとうさま?!」

 その肩をゆさゆさと揺さぶるが、反応は全く返ってこない。

 そうして、その事に焦れたブリスが癇癪を起こした。

「クレア! あなたのせいね?! どうせ金持ち商人に金で売られていくのが嫌になってお父様に迷惑を掛けたんでしょう?」

 周りが見えていないのか、ガッと勢いよく手を振り被ってアベルの腕の中にいるクレアに向かって振り下ろそうとするも、当然のごとく、その腕はユニスによって掴まれ捻じり上げられた。

「痛い! 何をするの。私はこの家の、栄えあるリーディアル侯爵家の令嬢なのよ、その汚い手を…はっ?! え? …うそ」

 ぎゃんぎゃん吠える子犬の様に暴れていたブリスにも、ようやく自分の腕を掴んでいるのが誰か判ったらしい。

「やぁ異母妹殿。僕の可愛い妹に、いま、お前は何をしようとしていた?」

 ぎりっと強く腕を捻り上げられて、ブリスは悲鳴を上げた。

 上げながら必死になって自分にとって一番有利になりそうな計算をする。

「だっ、…いえ、その…お異母兄にい様、ご、御無事でなにより、です。あの、わたしの勘違いだったようなので、その…あぅっ、手を、離して戴けないでしょう、か」

 なんとか最後まで言い切ると、ユニスがふん、と眉を顰めたまま腕の拘束を解いた。わざとらしくその足元へ転がって腕を擦って見せる。

「わたし…だって、クレアにずっと意地悪をされていて…つい、お父様までって思ってしまって。それで…」

 美少女の自分ブリスが泣いてみせれば、不細工な妹よりずっと…そんなことを考えたブリスがちらり、と思わせぶりに見上げたそこには、海の底より冷たく軽蔑する瞳がぞろりと並んでいた。

「よくもそんな嘘を一瞬で思いつくものだ。おい、お前が私の婚約者に成り代わろうと画策していたのは知っている。ふざけるな。私はお前みたいな下品で嘘吐きな女は嫌いだ」

「お前、クレアが持っていた母の形見の髪飾りをつけながら、よく『クレアに意地悪を』なんて口に出来たね? 恥知らずとはお前の事だ」

「本当に。恥知らずで最低な性悪娘。浮気で生まれたこと自体を恥じる事は必要ないけれど、そんな風に一瞬で嘘を思いつく、息をするように嘘を吐くその性格は恥じるべきだわ」

 ブリスを見下ろした三人三方から口々に貶されて、ブリスは白目を剝いて後ろに倒れ込んだ。

「ふん。気を失った振りをすればこれ以上窘められないと思って。私は忘れないわよ。絶対に、クレア様に対して謝罪させるから。きちんと自分がしたことに責任を取りなさい」

 覚えておきなさい、とアーマニ様はブリスに引導を渡した。

 そうして、ぎろり、と強い視線を後ろで震えていた義母トニアに移す。

「…貴女がリーディアル侯爵家の正妻を名乗るのは許しません。過去に遡っても取り消させます。いいですね?」

「な?! い、一体、どんな権利があってそんなことを」

 バチン!

 アーマニ・トフランがその手に持った扇を強く鳴らして言葉を遮った。

 すらりとただ立っているだけの筈の細い身体から、王家の一員たる本物の威圧オーラが立ち昇っていた。

「頭も育ちも悪い貴女にも判るように教えて差し上げます。そもそも、今、そこで放心している男が名乗っている”リーディアル侯爵”の地位は詐称です。リーディアル侯爵家の血が一滴も流れていないのですから当然です」

 パシン、手に持った扇の音が響き渡る。

「あの男は、リィン様と婚姻を結ぶ時『リィン・リーディアルに男子が生まれなかった場合など直系男子がいない場合は親族傍系より当主を迎え入れる』という条項の入った婚姻契約書にサインをしています。それなのにあの男は先代侯爵様が亡くなられて、リィン様のお心とお身体が弱っていることに付け込み、勝手に条項を書き換え”リーディアル侯爵”を詐称したのです」

「?! そんな。では、例え成人する前でも、お兄様がその地位にあった筈ということでしょうか?」

 他国から来た使者であり初対面の女性アーマニより明かされたその驚きの事実に、クレアが驚愕の声を上げた。

 それにゆっくりとアーマニは頷いた。その顔には安心させるような笑顔が浮かんでいる。

「ここに元々の婚姻契約書の抄本の写しがあります。私が持っていた原抄本は既に王宮に提出してあります。追って沙汰があるでしょう。そのつもりでいなさい」

「な…なぜ、そんなものを貴女が。王族とはいえ、他所よその国の人でしょう? それこそ贋物なので…ひぃっ」

 アーマニに睨まれてトニアが口を閉ざした。

「だまらっしゃい。それも含めて、こちらの王宮で判断が為されるでしょう。この王国の文書課が正式に発効した契約書の抄本です。わたくしは正しい判断をして戴けると信じております」

 ぴしゃり、ともう一度、手にした扇をもう片方の手に叩きつけた。その音にクレアまで背筋が伸びる。

 さすがの貫禄。降嫁されたとは言え王家の一員なだけはある。正に姫君様だ。

 それ以上有無を言わせぬ迫力に押され、トニアは使用人たちの手を借りて、夫である偽侯爵と性悪のレッテルを貼られてしまった娘を部屋へと連れ戻っていった。



1時間ごとに続きが投下されます。

予約投稿完結済です。読む順番にお気を付けください。

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