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すべて、あなたがくれた  作者: 喜楽直人
第一章 クレア・リィーディアル
1/12

1。

いつも読みに来て下さってありがとうございますv

連続投稿1話目です。

 


「好きです、付き合ってください」

「知っております。もちろんお断り致します」

 繰り返されるこの不毛な会話を、私達は何度繰り返してきただろう。



 我が国の貴族の子女だけでなく裕福な商人や近隣諸国の貴族子女が集う学園都市。

 そこで一番有名なヒアレイン学園には、下は6歳から上は22歳までの特に優秀な生徒が集まっている。6~14歳までが通う初等科、15~18歳までが通う中等科、19~22歳までが通う高等科に分かれている。

 だたし。年齢に達していればだれでも入れる訳ではないし、お金を積めば入学ができる訳でもない。

 入学試験を受けて、一定以上の学力があると認定されることで入学の許可が出る。

 進級が比較的容易なのは初等科まで。中等科は真面目に予習復習をして授業についていけるなら大丈夫だろう。着いていけなくなった時点で退学が待っているだけだが。そうして高等科に進むためには、中等科の教師の推薦と筆記のみではなく論文と面談による発表をこなし合格する必要がある。勿論、卒業資格は最高難度とされる。

 その分、卒業後は引く手数多だ。王族の側近も夢ではないし、各種研究所への就職も思いのままだ。

 だから、高等科に通うのは未来の官吏候補生や学者を夢見る本気で勉学で食べていこうという者だけだ。そして裕福でない平民がほとんどだ。勿論貴族もいる。二男三男といった爵位を継ぐ予定のない者達だ。彼らもかなり本気で勉強に励んでいる

 そうして私クレア・リーディアルは、そんなヒアレイン学園の中等科最上級生だ。

 自慢ではないけれど、教師からは高等科への進学を勧められているほどの優等生でもある。

 侯爵家の令嬢としては甚だ遺憾ではあるけれど、自慢はそれだけだ。

 髪の色も瞳の色も平凡なブラウン。鼻は低くて少し上を向いているし、口はちょっと大きすぎる。濃くてくるんと綺麗に巻いている睫毛だけは自慢してもいい気がするけれど、それを自慢げに口に出して言えるほど私は厚顔無恥ではない。

 だって、目自体は奥二重で正直小さい。うん。睫毛による効果がなかったら糸目と呼ばれても仕方がないと思う。

 美醜でいえばハッキリ言って中の下、ううん、それでも身贔屓かもしれない。実際には下の下という判定を受けるのが関の山だろう。

「同じブラウンでも、お兄様やお母様のような艶のあるチョコレート色だったらよかったのに」

 毎朝、鏡を見る度にそう思う。お二人は色だけでなく顔の造作も美しくて私はそれにもくじけそうになる。けれど、これが私だ。

 お母さまは、私が7歳の頃に儚くなった。大好きなお祖父様を喪って半年後のことだった。

 元々御身体の弱い方で私を産んでからはベッドに伏せていることが増え、それでも、絶対に長生きをして私の嫁入りとお兄様の孫の顔を見るのだとよく笑って仰られていた。けれど。出産で弱ったままの御身体では、お祖父様まで喪ったことによる心痛に耐え切れなかったらしい。

 今でも、あのたった半年の間に愛する親族、それも庇護者を立て続けに失った頃の事を思い出すと辛い。

「だめ。朝から顔に泣いた後があるなんて、ただでさえ不細工な顔が見られたものではなくなってしまうわ」

 そうしたら、絶対に義母と義姉にそのことで揶揄われる。

 リーディアル侯爵家のひとり娘だったお母様が儚くなって半年もしない内に父は後妻を家に迎え入れた。義母トニアには私より半年早く生まれたというブリスという名の娘がいた。いいえ、はっきりいおう。父の血を引く娘、お兄様にとって異母妹、私にとっては異母姉だ。

 父は婿養子の癖にお母様が存命の頃から妾を持っていたのだ。屑だと思う。

 祖父である先代侯爵の遺言があるから父はお兄様が成人の儀を迎えた時点で侯爵の座をお兄様に譲渡せねばならないけれど、その前に吸えるだけの甘い汁を存分に味わうことにしたらしい。後妻と義母姉に金を掛けまくった。

 そうしてお兄様は寄宿舎のある学校へと放り込み、私の事は…。

 こちらも、祖父である先代侯爵の交わした約定に定められていた。

 私は遠い北にある小国で王妃となるらしい。祖父を使節団として国交を開いてはみたものの、遠すぎて貿易も成り立たず、ほとんど名前だけになっている友好国だ。

 その名をフォルト王国。

 そこへ使節団として向かった祖父は道中に盗賊団に襲われて返り討ちにしたらしい。勢いアジトへと襲い掛かり、そこで盗まれた国宝を取り返すに至ったそうだ。

 何とも子供の冒険物語じみた展開というか正直、好々爺にしか見えなかった祖父にそのような英雄譚は合わないと思っているのだが、そんな不思議な縁によって、祖父は当時1歳かそこらだった私を、その国の王子と婚約させることになった、らしい。

 らしい、というのもほとんど名ばかり国交しかない国の王妃になるなど、実感が湧かないからだ。

 なにしろ約定を交わした祖父が帰国してすでに16年もの時が過ぎている。

 最初の数年ほどは文やそれと一緒にあちらの国の特産品だという絹や金で出来た宝飾品などが届くなどそれなりに交流があったものの、祖父が亡くなった10年前からはそれも梨の礫だ。

 あちらもそんな些細なことで交わされた古い約定の事など忘れたいに違いない。

 口には出さなかったけれど私はそう思っていた。

 そうしてそれは私以外の人達にとっても同じことだった。そう、この国にとっても。遠い小国の王妃に、古いだけが取り柄の侯爵家の孫娘が本当に迎え入れられるなど誰も本気にしてはいなかった。

 それでも。他国の王族と一度は結んだ婚約を勝手に破棄するなどありえない。

 だから私は適齢期に入っているにも関わらず、本当の婚約者というものを持たない。

 きっとこのまま往かず後家として暮らし、彼の国から王子が后を娶ったという話が流れてきた時にはようやく誰かの後妻として迎え入れられるのが関の山、という未来が待っているのだろうと思う。このままだったら。

 だから私は必死になって勉強をした。自らに付加価値をつける為に。

 侯爵家の厄介者にならないで済むように経済学や農業に関する知識を求めた。

 それと並行して、祖父が残した手作りの辞書を基に彼の国の言葉を。切れ切れに届く彼の国の話を集め、その暮らしぶりを知る努力もした。

 我が領は農業が主体だけれど、お祖父様が残した手記によれば彼の国は豊富な地下資源を手元にその金属加工により富を得ているということだったので、学園都市の図書館で手に入る程度ではあってもその知識を求めた。

 勿論、人との会話術も侯爵家の伝手を使って、講師として社交界の華とされる夫人と縁を結び技術としてのそれを覚えた。

 ただし、こちらについては実践力に欠ける。夫人曰く「あなたは真面目過ぎるのよ」とのことだけれど、こればかりは変えられそうにない。

 ただ、技術として知識を得たことで騙されにくくはなった、そう思う。

 お兄様が寄宿制の学校からお戻りになるのはもうすぐだ。

 来年にはリーディアル侯爵家当主となられる。それまでの辛抱だ。

 私は、鏡の中の惨めな表情をしている小娘に向かってそう発破を掛けた。



「あら。今日は遅いのね、珍しい。ふふ。また夜遅くまで本に齧りついていたのかしら。でも、貴族令嬢として求められるのは学ではなくてよ?」

 輝くような豊かな金色の髪と宝石のように深い色合いをした碧色の瞳。

 絵にかいたような美少女が嘲るような笑顔で私に話しかけてくるけれど、反応したら負けだ。お父様と義母を味方につけて、私を詰る理由を探しているだけなのだから。

「おはようございます。ブリス異母姉様ねえさま。今日もお美しいですわね」

 優しい容貌のお母様と違って、華やかな美貌を誇る義母によく似ているだけあって異母姉もとても美しい。

 華やかな彩りに生まれた事だけでも羨ましいと思うのに、義母姉は造形美にも恵まれている。もし私が異母姉と並んでいても、私が妹だと信じる人は少ないに違いない。母親が違うと言っても納得できないと口論になりそうだ。

 異母姉が着ている室内着は、腰元で大きく膨らんだバッスル・スタイルのものだった。柔らかな毛織物でできていて暦の上では春とはいえまだ肌寒いこの季節、快適さと華やかさを兼ね揃えている。まさに流行の最先端のもの。初めて見るし、また新調したのだろう。

 私が年中着ているこの薄茶色い室内着との差にため息が出る。

 裾や袖丈が足りなくなる度に、他の着れなくなったドレスから布を継ぎ接ぎしているので無駄に切り返しができていて、下手をすると義母により新調された先日渡されたドレスよりデザインだけなら華やかなのが笑える。

 こうしてみると、全てが同じ茶系で誂えられていることもなかなかいい事なのかもしれない。私が、侯爵家の令嬢でなかったら、だが。

「平民に生まれていたらこういうことも当然なのでしょうね」

 それでも毎日きちんと三食食べて寝る場所だってある。あまり悲観するのはよくない。

 それでもやはり、自分も流行に乗った華やかなドレスを着てみたかったと思ってしまう。ため息を吐きながら、多分いま異母姉ブリスが来ている素晴らしい室内着と一緒に仕立てられたのであろう、義母から渡された地味な茶色いドレス達を思い浮かべた。


『シンプルでとても上品でしょう?』

 にやけた笑顔で義母が私にと用意してくれたドレスはどれもこれも生地と縫製だけは上質ながらも、一歩間違えれば使用人扱いされても仕方がないようなデザインばかりだった。

 どれもこれも共布の小さな丸襟が付いていて、袖は細く手首まできっちりと包み、スカートはウエスト部で切り返されているだけで腰にあしらうリボンすらない。

 これで色味が茶色のバリエーションだけなのだ。お仕着せと言われても仕方がない。

 まだ学生でデビュタント前ということもあり特に不便を感じたことはないけれど、侯爵家の正統な血を引く令嬢として、小国であろうとも友好国の未来の王妃たる存在としては甚だ疑問だ。

 地味だけれど、嫌がらせとしてはセンスあるわよね。

 私に使う筈だった予算を自分達で使い放題することだって出来るのだから、一石二鳥というものなのだろう。

 テーブルに用意されていたパンとミルクと形の崩れたほんの少しだけのオムレツをできるだけ上品にお腹に納めると、私は「学校に行く準備がございますので」そう朝食室を後にした。

「ふん。いくら頭が良くても、令嬢には必要ないのに」

 後ろから声を掛けてきた異母姉は、女学校というご令嬢達の為の淑女教育で有名な学校へ去年まで通っていた。本当は私と同じ学園に入るつもりだったようだが入学試験の成績が足りなかったようだ。見た目通り、彼女は勉強は嫌いらしい。

 そう。去年まで、だ。彼女はどうやらそこで何か問題を起こして退学にさせられたらしい。

 私には何を起こしたのか教えて貰えなかった。

 近付いただけで怒鳴られて終わりである。

 まぁ、大体は想像がつく。崇拝者の数を競うのが常であったご令嬢達となにかトラブルでも起こしたのだろう。

 異母姉は、侯爵令嬢を名乗っていても庶子であって正統なる血としては認められていない部分がある。起こした問題の筋の通し方如何によっては排除されるのも当然の事なのだ。

 まぁいい。お兄様が帰ってさえいらっしゃればこの家で起こっている全ての問題に片が付くだろう。


 そう、思っていたのに。

「うそ…嘘よ」

 私はその記事が掲載されている新聞を取り落としてしまった。床に散らばったそれを震える手で拾おうとしたけれど、一枚たりとて持ち上げる事ができない。

『卒業訓練中に大きな竜巻が発生。高位貴族の子息を含む数名の生徒が行方不明に。現在捜索中であるが捜索は難航中。生存は絶望的』

 続いて書かれている行方不明者名簿の中にある一つの名前が私を絶望の底に墜とした。

 リーディアル侯爵家嫡男ユニス──お兄様の名前だった。


1時間ごとに続きが投下されます。

予約投稿完結済です。読む順番にお気を付けください。

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