18~エースの背中~
夏の高校野球、地区大会決勝。
俺はセカンドのレギュラーとして守備についている。
「ボール!」
9回裏、主審の声がグラウンドに響き渡る。
これでフルカウント、ランナーは2,3塁だ。
両校の応援も喉が痛むのを無視して、大声を張っている。
よく甲子園のマウンドには魔物がいるというが、あれは嘘だ。
いや、嘘というよりは正しくないというべきか……。
どの高校も今のメンバーで戦うのは、今の試合が最後になる可能性があるのだ。
もし、魔物がいるとするならば地区大会の時点ですでに巣食っていることだろう。
俺はエースの背中越しに相手バッターを見る。
相手の高校も強豪として名をはせているが、それゆえにプレッシャーも大きいのだろう。
顔を見ただけで緊張しているのがわかる。
しかも、今のボールでフルカウントになったことでフォアボールの可能性が頭をかすめたようだ。
わずかでも逃げ道ができたからこそ、余計に体を強張らせているのが見て取れる。
まぁ、それを言ったらうちのエースも大概だろうが……。
先ほど通り過ぎた我らがエースの背中を見る。
いつもなら自然体で緩やかな弧を描いている背中が緊張で真っ直ぐに伸び切っている。
あんな状態ではいつも通りの球は投げられないだろう。
周りのチームメイトも声をかけているが、自分の世界に入って聞こえていないようだ。
無情にもエースはそのままセットポジションに入る。
普段のフォームなら1と8の間が大きく開くはずなのに、今はBのようにすら見えるほど肩に力が入りまくっている。
エースはそのままランナーを確認するため、2塁に視線を向ける。
すると、守備についている俺と視線がかち合った。
俺は心配するなとばかりに、笑顔を作ってエースの緊張を少しでも解そうとする。
しかし、自分でもわかるほど頬の筋肉は引きつっており、正直ブサイクな笑い方をしていたと思う。
それでも、効果はあったようで、おかしなものを見たという顔をしたエースの体から余計な力が抜ける。
ランナーの確認を終えたエースはそのままキャッチャーに視線を戻す。
俺の位置からではエースの背中しか見えず、表情をうかがい知ることはできない。
大丈夫だ。今の背中はいつも俺達が見てきた頼もしいエースの背中だ。
キャッチャーもそれがわかったので、笑顔でキャッチャーミットを構える。
エースはそのままワインドアップに入り、いつも通りのフォームで投げた。
今のコンディションで投げられる最高の1球を…………。