黒い封筒
あまりの事にシャルは、考えが追いつかないでいた。
「あの…今なんとおっしゃいました?」
何か聞き間違えたのかと聞き返すことにした。
「残念ですが魔女様はお亡くなりになりました…と言いましたが?」
「ちょっと待ってください」
どうしても言葉が入ってこない。
魔女様がなくなった?
今、目の前に居る彼が魔女ではないのか?
薬は残っているのか?
もし薬が無かったら母親の病気はどうなるのだろう…このままいけば数か月も持たないと診断された母親は?
様々な事がシャルの頭の中を駆けていった。
このままでは母親が救えないかもしれないとの絶望によりシャルはその場に倒れ込んでしまった。
「大丈夫ですか!」
倒れたシャルに男性が駆け寄ってきた。
明らかに血の気が引いて顔面が蒼白になっているシャルを抱え起こして近くにあった椅子に座らせた。
「待っててください、いま水を持ってきます」
男性は小屋の奥からコップと水差し持って戻ってきた。
コップに水を入れて手渡してくれた。
「ゆっくり飲んでください」
「ありがとうございます」
水を口に含んだことで少しだけ落ち着いた。
「あの…ところで貴方は魔女様のお弟子さんか何かですか?」
「いえ違います」
だとしたらこの人は何者なのだろうか、森の魔女がどういった人物か知らないが子供?孫?どちらにしても関係者であることは確かだろう。
「もしかしてお孫さん?」
「まあ…そのようなものです」
はにかんだ笑顔で対応してくれたが何やら暗い顔が一瞬見えた気がした。
きっと、赤の他人が踏み込んではいけないようなことなのだろう。
「そうですか?あのお聞きしたいのですがコーラル病を治すお薬は残ってはいませんか?」
彼は少し考え込んでから薬棚に向かっていった。
いくつかの薬瓶を持っては置いてを繰り返して一つの瓶を持ってきてくれた。
「一応あるにはありますがこれでは効果が保障できそうにないですが」
先程目に留まった光をも吸い込むような黒い液体、あまりにも黒い液体に本当に薬なのかを疑うほどである。
「本来ならこの薬は淡い赤色だったはずなのですが、どういう訳かこの色になってしまって」
森の魔女本人ならその原因が分かるのだろうが、彼には判断がつかないらしくどうしたものかと悩んでしまっていた。
「あの…魔女様から何か聞いてはいらっしゃらないですか?」
「魔法の才能も薬学の知識もないものでして…申し訳ないのですが…」
それはつまりこのままでは母を救うことができないという事、その先に待ち受ける母の死を考えると胸が締め付けられる思いがこみ上げてきた。
「それじゃあ私の母は」
シャルは心痛な面持ちと共に顔を手に埋めて泣き出してしまった。
どうしたものかと悩んだ彼は、神妙な面持ちで部屋の奥に何かを取りに行って戻ってきた。
「貴女が本当に困っているなら…この封筒を開きましょう」
複数の白い模様と文字が刻まれた黒い封筒らしきものがあった。
しかし、何処にもつなぎ目がなく、どうやって手紙を入れたのかが分からない。
「それ…は…?」
「魔女様が遺されたものです、どうしても困っている人かつこの小屋にたどり着ける方が来られたのなら開けるように言われていたものです」
いちるの望みが見えてきた、母の命はこの魔女様が残されたという封筒に掛かっていると言っても過言ではない。
「封筒を開ける前にお聞きしたいことがあります」
彼は真剣な眼差しでシャルの顔を見てきた。
だが、すぐに笑顔になった彼は手を伸ばして来てシャルの涙を拭った。
「まだ、お名前を伺っていませんでしたね?私の名前はグレイ・リードといいます、貴女は?」
「私は…シャルトルーズ・ヘブンリーです、少し長いのでシャルと呼んでいただいてもかまいません」
グレイの笑顔を見て顔が熱くなるのを感じた。
「では、私はグレイと呼んでください。それではシャルさん、封筒を開けましょうか」
つなぎ目が見当たらないため破って開けるしかないようだが、そうしてもいいものか悩まれる。
「この封筒に手をかざしていただけますか?」
「手をですか?」
しかし、開けると言ったはずのグレイからは意味のよくわからない事を言われる。
魔女様の封筒である、何か特別な開け方が存在するのかも知れないと考え直してシャルは手をかざす事にした。
「少し失礼します、必要な事なので痛いかも知れませんがすみません」
「痛た…」
人差し指に細い針を刺されて血が滲み出す。
グレイは続いてかざした手を封筒の中心、模様が描かれた部分に人差し指を当てさせた。
白い模様に吸い込まれるように血が広がっていき、ほどなくして全体の模様を赤く変えていった。
「準備完了です」
その言葉とともに封筒の中心から四隅に向けて切れ目ができたと思ったらあたり一面を覆う程の光が放たれた。
光が落ち着いた時には、目の前に封筒と同じような紋様が刻まれた扉が出現していた。