第九話「観光案内」
「サカキくんは、どうしてこの街に来たの?」
「観光だよ。首都なら何かしらあると思って」
次の日の朝。昨日は色々と疲れすぎたために、風呂も入らず眠ってしまった。
目が覚めると、エロエロの残り香がした。きちんと約束は守ってくれているようだった。
そして、今は朝食をハルハル・エロエロの三人で囲んでいる。
ハルハルは不審げに首を傾げる。おかしいな、別に変なことを言ったわけでもないが。
「首都?ここはリッカスだよ」
いや名前は知らんけど。
「だから、首都はもっと南のほうだよ! あ、……昔はここも首都として機能してた、って教科書にあったかも! 二千年前くらい前だけど」
…………。何を言いたいかは察してくれ。
「あ、いや、俺のいたとこはあんまり情報も入ってこなくて。おかしいなぁ、モンスターの長老が教えてくれたんだけど、マジで」
「え、長老って! 何千歳なのそのモンスター! わはは」
ハルハルが良い方向に解釈してくれたため、これ以上の追求は避けられた。
その後、ハルハルの計らいによって、観光案内をしてもらうことになった。
「じゃ、後は任せた!エロエロ」
「……あ、はい。見るところなんて、何も無いと思いますが」
匂いの都合上、案内はエロエロに任された。
少し面倒臭そうに(俺のことが嫌なだけかもしれないが)、昨日犬が飛び出して来た林とは逆方向に歩き出すエロエロの後ろをついて行くと、やがて最初に転送された市場に出た。
「……やっぱみんな見てくるな。さすがど田舎、情報が早い」
俺が叫び声を上げ四つん這いで這い回り、女の子を引き倒した一連の騒ぎはつい昨日のことなのに、ここにいる人たちはもうその情報を耳に入れている様子だ。
俺を見るや否や、「ああ、あれが例の変態か」とでも言いたげな反応を遠巻きに取る者、横を通り過ぎようとすると大げさに避ける者など、反応は様々だったが、少なくとも歓迎されていないことだけは分かった。
「失礼ですね」
「ああ。でも、俺でもそうしていたかもしれないしな」
「そんな話はしていません。ど田舎、とあなたが発言したところについてです」
手厳しいな。ど田舎はど田舎だろ。科学技術が発達し、シンギュラリティが期待される地球に住む人間からすれば、中世ヨーロッパ風の世界なんてどこもど田舎である。
「こちらも失礼を承知で言いますが、カノープスなんて未開の地もいいところでしょう。あちらでは電線を引いても、モンスターが悪意無く破壊してしまうのでインフラが十分に整備されていないと聞きますが」
この世界のモンスターは家電を荒らすネコか何かか。
確かに、そこに比べたらリッカスはまあまあ発展しているな。市場は大きいし、浅草にいそうな人力舎の兄ちゃんも脇で呼び込みをしている。遠くを見ても、飛び飛びだが都市開発は行われて……なんて考えながら歩いていると、わずかな刺激臭を我が丸鼻が感知した。
あれ、いつの間にかエロエロは数メートル先を歩いている。
「ちょ、待ってエロエロ! お腹減ったし、なんか買っちゃだめ?」
「……私、人混みが好きじゃないんです。あとで買ってあげますから、早く抜けましょう」
立ち止まるのも嫌です、と言うように、会話中も歩行スピードは下げてくれなかった。
そこまであからさまな態度を示されると、どうしても、と強くは言えなかった。
「……それに、あなただけが原因じゃないんです」
「? え、なにが?」
「……いえ、なんでもありません。もうすぐ市場を抜けるので、その先にある個人商店へ行きましょう。あそこの店主と私たちの屋敷は、食糧購入の定期契約を結んでいるので仲が良いんです」
エロエロが指差す方向を見ると、中世ヨーロッパ風の建築物が一軒、市場から独立して鎮座しているのが見えた。屋根には大きな煙突が空いていて、今ももくもくと白い煙を噴き出している。パン屋か何かだといいな。