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第五話「うまい、うますぎる」

「教育係としてハルハルをつける。しばらく家を空けるから、青は頼んだぞ」

「はい! お任せあれ!」


 活発な赤髪の女の子メイドの名前は、ハルハルと言うらしい。背も小さく言葉遣いも雑なこの女の子が、大学を行ったり行かなかったりで人生のモラトリアムを謳歌する俺に何を教えられるのだろうか。

 とにかく、信用回復、信頼の新規構築の意も込めて、真摯に仕事を教わろう。学生時代、クラスの女子に雑用を押し付けられた時のことを思い出せ。



「……とまあ、一通りこんな感じかな! ちょっと休憩しよっかね!」


 案の定、仕事内容は大したことは無かったのだが、屋敷の都合上その仕事量がとんでもない。この屋敷は何部屋あるんだろうか。三階の右端の部屋とか絶対使ってないだろ。それと、やはり端のほうの部屋にいくにつれ、どんどん臭くなっていく。幸い、二階の厨房脇にあるこの来客用の部屋はまだ耐えられる。夏場、部屋の片隅に腐った生ゴミの塊を放置した空間の臭いレベルだ。


「ほい紅茶! で、サカキバラはどこから来たの?」

「ヴォエ! ひ、東のほう、ヴォエ!」


 !? なんだこの紅茶……。紅茶と言うから、紅茶の香りと思って油断した。異世界紅茶は、鼻が曲がるほどに強烈な臭いを放っていた。ヴォエ!


「え、どしたの? わはは、キモ! 東って、キノープスのあたりってこと?」

「ん、そうそう、そのへん、ヴォエ! あ、この紅茶、良かったら飲んでよ、ヴォエ!」


 異世界紅茶から蒸発する水分に異世界紅茶の臭素がまとわりつき、それが俺の鼻を刺激する! これ、食事、どうすんだろ、俺、ヴォエ!


「いや、なんか汚いからいらない! わはは。そりゃあ遠路はるばるご苦労様だね。そっちのへんだと、良い匂いのする人の匂いを犬みたいに嗅いだりするんだ?」


 いや、もらってくれ、まじでヴォエ! ……いや、もしかしたら、味は美味い可能性もあるかもしれない。そうであってくれ。じゃないと餓死の危険が、ヴォエ!


「あ、いや嗅がないけどね。あれはただの防衛本能? 生存本能で……、くんくんヴォエ! ……ズズズ、ヴォエエヴォエ!」


 まっっっっっっっず! 誰だよ美味いとか言ったの!

 腐った生ゴミの底に溜まった謎の汚水を飲んだような味がした。とてもじゃないがこんなもの飲めやしない。


「え、普通にきもいよ、サカキバラ」

「ヴォエ! ごめんごめん、ちょっと味に慣れなくて」

「……ま、ほんとに匂いというか、風土? に合わない体質なんだってのはこれで分かったよ! 苦労するね、サカキくん!」


 怪我の功名というのだろうか、えずきまくったらハルハルに認められた。

 ……それは良しとして、臭いも味も受け付けないとするなら、今後、本当にどうしよう。

 そんなことを思っているうち、部屋の扉をノックする音が響き、やがて扉が開いた。


「お疲れ様。何かされてない?ハルハル」

「あ、エロエロ。大丈夫だよ、それに、ほんとに体質が合わないみたいなの」


 エロエロちゃんが様子を見にやってきた。部屋全体に心地よい香りが広がる。揚げ物の匂い、ジャスミンの匂い、お米が炊けた匂い、清涼飲料水の匂い。どれとも形容しがたいが、それでもとても良い匂いに変わりのない特別な香り。ああ、生き返る。

 生きるうえで無くなると困る物第一位は匂いだと、今なら断言できる。

 ふと、テーブルに置いたティーカップを覗く。この紅茶、今なら飲めるんじゃないか? コーヒーと同じ原理だ。良い匂いの中でなら、苦い味でもどんな味でも、美味しく頂けるんじゃないか?


「クンクン。スースースー。ズズズ。…………あ、うま!」


 ……美味い! この匂いのなかでならとかそういう次元じゃない。味までもが美味しい。今までこんなに美味しい飲み物を飲んだことがないくらい。それくらい美味しくなった。


「美味しい! エロエロちゃんの匂いを嗅ぎながら飲む紅茶は別格だ! くぅ~!」

「ひっ……。ハ、ハルハル、やっぱり、普通に変態なんじゃないの、この人」


 あっという間に紅茶を飲み干した俺は、ティーカップをテーブルの上に置き、立ち上がった。

 この一件で確信したことがある。それは……。


「くぅ~! 俺にはエロエロちゃんが必要だ。今日から一日中片時も離れないで、どうか一緒にいてほしい」

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