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第三話「知らない天井」

「……知らない天井だ」


 異世界ではお決まりのセリフが、口をついて出てきた。

 だって本当に知らないんだもん。まだ記憶がさだ、か……!


「うっ! く、臭い……! くさくさ!」


 ……再び、強い刺激臭が俺の嗅覚野を刺激する。が、転送後に感じたそれに比べ、比較的弱いものだった。

 臭いに慣れたのか? と思ったが、すぐにそうではないと気付いた。


「……あの肉の持ち主が近くにいる!」


 嗅ぎ覚えのある刺激臭と共に、嗅ぎ覚えのある良い匂いがした。

 状況はよく分からないが、とにかく先ほどの物体がこの中世ヨーロッパ風の屋敷の中に存在することだけは確かだ。

 俺は中世ヨーロッパ風のベッドから降り、中世ヨーロッパ風の広間に向かった。



「あ、どーもこんにちは~……。わたくし榊原秋(さかきばらしゅう)というどうでもいい人間でして」


 匂いのおかげで、どこが広間かはすぐに分かった。入りざまに簡単に自己紹介を済ませ、この屋敷のメイドであろう三人のメイド服姿の女性の元へ向かった。


挿絵(By みてみん)


「うわ、やっぱこいつ二足歩行だぞ!」


 開口一番、赤色の髪で緑色の目をした、いかにも「中世ヨーロッパ風の異世界にいそうな人」の姿をしたメイドが、至極当たり前のことに驚きの声を上げた。


「……犬の見間違いかと思ったけど、やっぱり変態だった」


 続いて、白髪に真っ黒な瞳という、ここだけ白黒印刷かと間違うようなモノトーンなデザインのメイドが口を開く。それもちょっと失礼な。


「あ、いやどうも……。この世界では犬が人間の姿をしているんですかねぇ~……。それより、先ほどわたくしが抱き着いた物体の持ち主の所在についてお伺いしたく……」


 ここで腹を立ててはだめだ。

 とにかく、あの良い匂いのする物体を譲ってもらわなければ、今回の異世界旅行は失敗に終わる、というより生命の危機である。

 とにかくここは我慢だ。クラスの女子にいくら悪口を言われようとも、愛想笑いで流し、犬のようにこびへつらってきた高校時代を思い出せ!

 仕方なくへらへらと愛想笑いを作っていると、もう一人の、金髪少女が一歩前に出て口を開いた。


「……物体? 君、名前は」

「あ、前述のとおり榊原秋です」

「……サカキバラシュー、君が犬のように走り鳴き声を上げ、路上で抱きしめ引き倒し、その上ぺろぺろと舐めまわした物体っていうのは、その白髪の女の子のことかい?」


 ……へ?


「なにとぼけてんだ。執拗にエロエロの脇を舐めまわして悦に浸ってたのを、まさか覚えてないで突き通そうとしてるんじゃないだろうね」


 ……は? 何言ってんだこの金髪メイド? ていうかエロ? エロエロっていうのこの白髪の女の子?


「わんわん! お宝だ! って叫んでただろが! みんな見てるんだぞ!」

「え、あ、いや、待って、ちょ待って、ほんとに」

「ダメだ! 許さん! お前は牢獄行きだ!」


 一番元気、というか活発そうな赤髪の女の子が言う。

 だんだん状況がつかめてきた。つまり俺が四つん這いになりながらくんかくんかしてた物体は、ケバブ肉でもなんでもなくて、女の子の身体だったということだ。

 そして、俺が良い匂いのするスポットだと思って舐めまわしていたのは、エロエロちゃんの脇だったということ。変態じゃん!


「いや! あのとき俺は異臭の刺激で思考も視界もやられていたんだ! だから、良い匂いがするところに向かっていっただけで……」

「え、良い匂い? ……あっ」


 二人のメイドは、エロエロちゃんのことをチラッと見る。どういうことかは分からないが、何かしら思うところはあったようだ。


「……そもそも、君のいう異臭なんてしないんだが」


 金髪はそう言った。確かに、最初は細菌テロが起きた瞬間の世界に飛ばされたとも思ったが、その場にいる誰も臭いには反応していなかった。これはパンフレットにあった備考通り、地球人の俺の身体にだけ起こった現象なのだろう。


「あー……、実は俺、出身が……、あー……田舎のほうなんだよね。だから、この世界の人とは感じる臭いが違うのかもしれなくて」


 異世界から転送で来た。と言えたら楽なのだが、2022年に制定されている異世界転送基準法のなかで、異世界転送先において、自らを異世界出身者であるという事実の秘匿が義務付けられているため、俺は適当にごまかすことしかできなかった。


「……それにしても、良い匂いだったなぁ」

「……ま、まあ、変態行為の言い訳が絶対に嘘とまでは言えないけど、許しがたい行為をしたことを見逃すわけにもいかないわ」


 エロエロちゃんは、わずかに顔を赤らめる。


「とにかく、ご主人様のお帰りを待ちましょう」


 金髪の一言で、この場は収まった。

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