幸福の王子と王女
原作:オスカー・ワイルド 幸福の王子
その町の中心には二つの立派な像がそびえ立っていました。
剣の柄と瞳にサファイヤ、王冠には大粒のダイヤモンドやエメラルド、そして全身を黄金で飾り立てた堂々とした王子の像。
そして瞳にヒスイ、ティアラには綺麗なルビー、全身を銀で飾り立てた優雅な王女の像です。
寄り添うように並び立つ二つの像を、裕福なものはこの町の豊かさの象徴として、貧しいものはうらやむような目で見上げます。
ある秋の日でした、夏に続いた水不足のために畑は荒れ果て、凶作に貧しい人々は飢えて今にも死にそうなうつろな表情を浮かべています。
それを眺めてとても心を痛めていた王子は、像に止まっていたツバメに話しかけました。
「やあ、ツバメさん。少し頼みたいことがあるんだけれど、手伝ってくれないか?
見ての通りぼくは一人ではなにもできないんだ。」
つばめはしばらく考え込んだ後ゆっくりとうなずきます。
「ぼくの王冠についてるダイヤモンドをこっそりとあの農夫の娘に届けてくれないか。
あの娘の父親が病気で死んでからというもの、とてもひどい生活を送っているみたいなんだ。」
「この金箔はあの足の悪い靴磨きのおやじさんに。最近はめっきりお客が減って空腹を抱えて倒れそうだ。」
「エメラルドをあの少年に。母親が体を壊してからずっとその代わりに働いているんだ。」
王子が言うたびツバメは王子の宝石や体を覆っていた金をはぎ取り、貧しい人々に届けます。
いつしか王子の体をおおっていた金は無くなり、石の下地が見えるようになりました。
王冠にも剣にも宝石は残されておらず、残ったのは片目のサファイアだけとなりました。
「さあ、ツバメさん最後のお願いだ。サファイアの目をあのかわいそうな旅人へ持って行っておくれ。」
人々を助けるために哀れな姿に成り果てた王子にツバメが言います。
「王子様、もしそれを取り外してしまったらあなたは何も見ることができなくなってしまいます。
今までに助けた人がお礼を言いに来ても、その笑顔すら見ることができない。
せめてその目だけは残しておいた方がいいのではないでしょうか。」
「いや、いいんだ。ぼくはこれまで多くの困っている人に長い間ずっと見て見ぬふりをしてきた。
自分では動けないことを言い訳にしてずっと見捨ててきたんだ。
だけど、勇気を出してきみに助けてほしいと言うことができた。
そして実際に困っている人たちへぼくができるすべての事をした。
この体のきらびやかさは無くなってしまったけれど、いまぼくはとても幸せなんだ。
どうかこの想いを最期まで遂げさせてほしい。ぜったいに後悔なんてしないから。」
ツバメは王子から最後の宝石をはがしたうしろめたさを感じながら、道中すりにあって泊まるところも見つけられず、疲れ果てて薄汚れた体を引きずる旅人にサファイアを届けました。
ボロボロの像と成り果てた王子はすでに町の豊かさの象徴ではありませんでした。
市長は王子の像だけを取り壊すことを決定します。
振りあげられた槌で台座、腕、足を叩き壊されながらも王子は助けてきた貧しい人々の喜ぶ顔を想像しとても幸福でした。
その頭に重い槌が振り下ろされてすべての意識が途切れるまで王子はずっと幸福の中にありました。
王女の像はそのままの威容で深々とため息をつくと、王子の残骸にあきれたような声で言い放ちました。
「馬鹿な王子。こんなにきらびやかに飾り立てられて、みんなからちやほやされていればずっと幸せだったのに。
まあいいわ、あの派手な馬鹿王子の像が無くなった今、私だけが脚光をあびるのだし。」
市長は王子の像が取り壊されると、すぐさま警察署長に言いました。
「この像から宝石や金を盗んだのは町のはずれに住む貧しいものたちに違いない。すぐさま捜査して逮捕してくれ。
それとツバメが王子から、宝石をはぎ取っていたのを見たらしいものもいた。
念のため見つけしだいツバメを撃ち殺せ。王女の像まではぎ取られたのではかなわんからな。」
教訓:考えの足りない慈善行為は時として大きな災厄である。
裕福な国のテレビ番組で、アフリカの貧しい地域に発電機を届けて電気に困らない文化的な暮らしをもたらしたことがあった。
しかしその機械を略奪しようとする周辺の村々のせいで村民は銃で武装する必要に追われ、争いの末多くの死傷者を出した。
さらにはその発電機が高く売れることを知った一部の村民が発電機を持ち逃げし、残ったのは発電機が来る前の電力事情と周辺の村とのいさかいの種だけだった。