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脚線美にご用心

作者: Nico


夕刻、いつものパブのカウンターで、ビルがひとりでビールを飲んでいた。連れはいないらしい。

そこに同じ町の同業者で、やはりグラフィック・デザイナーをしているデイルが現れた。

デイルはビルの姿を認めると、笑顔で彼の肩を叩いた。

「やあ、珍しいな、ひとりかい?」

ビルは何か考え事にふけっていたらしく一呼吸遅れて振り向いた。

「やあ、デイル・・・」

「どうした。パッとしない顔だな」

「いやなに、ちょっとね」

デイルはバーテンダーにビールを二つ注文した。

「おい、空いたグラスを前になにを考え込んでるんだい。よかったら話さないか?」

デイルは目の前に置かれたビールのグラスを二つ、両手に持って、空いているテーブルの方へビルを促した。

デイルが先に椅子に座り、待ち切れぬと言った様子で一口ごくりとビールを飲み、のどをならす。

「さあ、きみものんで、何があったのか話してみろよ」

「ああ・・・」

ビルはグラスのビールを一息にごくごくと飲み干した。

「なんだ、案外元気じゃないか。それでまた女の事かい?」

「きみとはもう2か月ほど会ってなかったな。実は2週間ほど前に、町はずれの家に引っ越したんだ」

「そういえば町はずれの屋敷に売り家の看板が出ていたな。随分と古そうな家だが、なかなかいい感じじゃないか」

「ああ、ぼくもああいう古い家を探していたところなんだ。仕事部屋に広い部屋も欲しかったしね。しかしあの屋敷じゃとてもぼくには手が出ないと思っていたんだが、思い切って業者に訊いてみると意外なほど安い値段なんだ」

「古い家だからあちこち手を入れなきゃならないんだろう」

「とにかくその値段ならということでその場で決めてしまったんだ」

「掘り出し物だよ。いいじゃないか」そういってデイルは腰を上げてカウンターに行き、ビールのお代わりとつまみを持ってきた。

ビルは体をぐいと近づけてきて小声でささやいた「出るんだよ・・・」

「ははあ、安く買ったはいいが訳アリだった。それで業者にねじ込んだってわけかい?」

「それがね・・・」

「なんだい。出るって、きみの買わされた家が幽霊の出る呪いの屋敷だったってことだろう。文句くらい言ったって当然さ」

「いや、それがその幽霊っていうのがまんざらでもないんだ」とビルは頭を振って苦笑いしてみせた。

「へえ、美人の幽霊でも出るのかい?」

「その通り!と、言いたいところだが実は美人は美人でも半分なんだ」

「なんだいその半分ていうのは?」

「その幽霊、脚だけなんだ」

デイルはちょっとむせて、ハンカチで口の周りをぬぐう

「脚だけだって?」

「ああ、脚といってもただの脚じゃない。きみも知ってるだろう『雨に唄えば』や『バンドワゴン』のシド・チャリシーと言ったところだ。正に「セクシー・ダイナマイト」だな」

「おいおい。今度は幽霊ののろけ話かい?いい加減にしろよ」

「いや、冗談じゃないんだ。その脚が余りにセクシーで、そいつが夜になると部屋の中をヒールの音を響かせて歩きまわるものだから・・・」

「心穏やかじゃないってとこか」とデイルは笑った

「ああ、といっても脚だけじゃあね・・・」とビルも苦笑した。

「じゃあ別に呪われた屋敷でも何でもないじゃないか。きみもまんざらでもないようだし」と、デイルは呆れたという表情で首をすくめる。

「しかしあんなセクシーな奴に部屋中をうろうろされてみろ、仕事は手につかないし寝ようとしてもなんだか妙な気分で眠れやしない。おかげでここのところ仕事ではヘマ続きさ」とビルが真顔になってため息をつく。

デイルは少しビルに同情した。

「それならしばらくぼくのところに来ればいい。その代り・・・」とデイルは悪戯っぽくグラスを目の高さに持ち上げ、片目を閉じてみせた。

「その代り、なんだい?」

「ぼくにきみの部屋を使わせてくれないか。きみを悩殺するその脚線美とやらをいちどみてみたいんだ」

「それは構わないが、幽霊っていうのは誰にでもみえるものなのかな。よくあるじゃないか。とり憑いた本人にしか見えないって」

「それならそれでいい。ともかく2、3日ねばってみるよ」


その夜早速ビルとデイルは部屋を交換した。ふたりとも独身だったので数日分の着替えを持って行けばよかった。

ふたりは鍵を交換し、明日の夕方に同じパブで会おうと約束して、それぞれの家へ向かった。


翌日、昨日のパブで二人は落ち合った。

「やあビル」と、デイルは先に来ていたビルに声をかけた。

「やあ、デイル・・・で、どうだった?」

デイルはふふふと含み笑いをすると、「うん。出たよ」

「そうかい、で、ご感想は?」とビルが尋ねる

「確かに見事な脚だね。正にシド・チャリシーかリタ・ヘイワースと言ったところだ」と、デイルが宙を仰いでうっとりした顔をして見せる。

「そうか。やっぱりお前もとり憑かれたか・・・」

「どうだろうビル。しばらくこのまま部屋を交換して暮らさないか?」デイルが身を乗り出す。「知っての通りぼくは独身主義だ。別に女嫌いというわけじゃないが、どちらかというと独りでいるのが好きでね。どうもぼくはちょっと変わっているせいか、女性と長く話をしてるとだんだん相手とズレてくる。だからぼくはペットとして犬と猫を飼ってるんだが、語らざる美女っていうのも悪くないと思ってね」


そしてふたりは当分住まいを交換して暮らすことになった。


数日後の夜、ビルがデイルを訪ねて来た。

「どうだい、調子は?」

「ああ、特別変わったこともないよ」ビルは古い椅子に腰かけ、その上に美しい脚が乗っかっていた。

「おやおや、随分お熱い事になってるね」とビルが呆れる。

デイルは自分の脚の上に乗っている美女の脚をまるで猫でもなでるように撫でながら、「ああ、「彼女」は全くいい相棒だよ。ペット扱いは失礼だが、こうやって抱いていると柔らかくて気持ちがいいし、いい香りがするし、それに「彼女」は無口だしね・・・」

「しかし、そんな風にしていて変な気分にならないかい?」とビルが尋ねる。

「いや、こうやって「彼女」を撫でているだけでぼくの気持ちは充たされるんだ。夜、彼女に膝まくらをしてもらって好きな本を読んだり夢想に耽る。彼女は疲れたともいわないし、話しかけても来ない。誰にも邪魔をされない至福のひと時だ。実際今ではぼくは「彼女」を愛していると言っていいかもしれない。「彼女」はぼくにとっては言葉を持たない伴侶のような存在だよ。ビル」

「そんなもんかね。まあきみがここで問題なく暮らしているんで安心したよ、ぼくだったら今頃ノイローゼになってるところだ」

ふたりは快活に笑った。その晩は旧友ふたり大いにワインを飲み、ご馳走を食べた。


ある朝、デイルがいつものように寝室の鏡の前に立っていた。それはこの屋敷に古くから伝わる鏡で、幅の広い木製の枠には、いわくありげな模様が彫り込まれている。ここに移ってきてからも、おしゃれなデイルは毎朝その鏡に上半身を映し、ネクタイやシャツを選び、身嗜みを整え、鏡に向かって微笑んでから出かけるという習慣を続けていた。

彼が鏡に向かって微笑むと、ふと鏡の中に見知らぬ美女の姿が現れた。驚いて後ろを振り向くとそこには誰もいない。再び正面を向き鏡を見ると、美しい女性が妖しく微笑んで、彼に向かって手招きをしている。


鏡の中の妖艶な美女は言う。「わたしは毎日、ここからあなたの姿を見ていて、すっかりあなたに恋をしてしまったの。あなたもわたしを気に入ってくださっているようだし・・・」鏡の中の美女には当然ながら下半身がなかった。ちょうど古くて立派な額縁に入れられた貴婦人の肖像画のように。

「すると、あの脚はきみの・・・」

後ずさるデイルの上半身を女の両手が強く抱きしめ、デイルの唇を熱い口づけで塞いだ。

そしてそのままデイルの腰から上は、ズルズルと鏡の奥に引きずり込まれていった・・・




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