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『俺、トリケラトプスだから』

作者: 林檎屋

「俺、トリケラトプスだから」


 休み時間に本を読んでいたら、隣の席に座る宮本くんが突然そんなことを言ってきました。


 この自分はトリケラトプスだと言って(はばか)らないバカ、もとい宮本くんは所謂ヤンキーというやつです。

 未成年なのにタバコを吸って、校則違反なのに髪の毛を金色に染めている、まさにヤンキーのテンプレとも言うべき人物です。

 この前は他校の生徒と殴り合いの喧嘩をしてきたとも言っていました。


 そんな触れるもの全てを傷つける不良少年な宮本くんですが、何故か世間で言うところの委員長キャラである私に対してよく話しかけてきます。

 本来なら忌避する存在であろう私にどうして話しかけてくるのかは謎ですが、しかしその理由は抜きにして宮本くんの話は毎回意味不明で私を困惑させます。


「トリケラトプス、ですか?」


 私が困惑した表情でそう聞くと、宮本くんは何故かしたり顔で答えてきました。


「何だよ委員長、トリケラトプスも知らないのか?いいか、トリケラトプスっていうのは恐竜の一種なんだよ」


 勿論私はトリケラトプスとは何なのかではなく、何故自分のことを爬虫類だと断言しているのかについて疑問をもったのですが、宮本くんは私がトリケラトプスも知らない馬鹿だと勘違いしたようです。


「トリケラトプスってのは凄えんだぞ。恐竜っていうとティラノサウルスばっかりチヤホヤされてっけど、本当につええのはトリケラトプスだから」


 聞いてもいないのに、勘違いしたらしい宮本くんはそんなご高説を垂れてくれました。

 どうやら彼の中でトリケラトプスは日陰者の実力者ということになっているらしいです。

 というかトリケラトプスも恐竜の中ではチヤホヤされている方だと思うのですが、反論すると面倒臭そうなので黙っておくことにします。


 それよりも、早く宮本くんに続きを喋らせて早くこの謎の会話を終わらせてしまいましょう。


「へえ、そうなんですか。それじゃあ宮本くんは凄く強いってことなんですね」


 恐らく宮本くんは自分がトリケラトプスと同じくらい強いんだということを言いたかったのだと思います。

 しかし彼はオツムが弱いですから上手く論理構成ができず、その結果トリケラトプスは強い、自分も強い、よって自分はトリケラトプスという狂気の三段論法に陥ってしまったのでしょう。

 そのことを日頃の宮本くんとの会話経験から汲み取った私は、そんな形で彼の破綻した論理にフォローを加えました。


 しかしそれで宮本くんから返ってきた答えは、


「おうよ!俺最近草ばっか食ってっから!」


 というものでした。


 まいったな、全く意味がわかりません。

 普段から宮本くんとの会話は成立しないことが多いですが、今日は一段と話が嚙み合いません。

 まるで別の世界の住人と会話しているかのようです。

 もしやこれが噂に聞く異世界召喚というやつでしょうか。


「え、ええっと、草を食べると強くなるんですか?」


「当たり前だろ?トリケラトプスだって草しか食ってねえのにあんなにつええんだぜ?だから俺もこの頃サラダとか食うようにしてんだよ」


 野菜のことを草と呼んでいることがまず常軌を逸していますが、彼は自分の体の構造がトリケラトプスと同じだとでも思っているのでしょうか。

 トリケラトプスがどうなのかは知りませんが、人間が野菜を食べても健康になるだけで、宮本くんが言ってるような強さは手に入らないでしょう。

 もしそれで強くなったら、多分宮本くんはポパイか何かです。


「それでよ、何の草食ったらトリケラトプスになれんのかと思って、一番凄え草を考えてみたんだよ」


 宮本くんはどれだけ頑張ってもトリケラトプスにはなれないと思いますが、何だかもう疲れてきたので私は何も言わずにうんうんと頷きました。

 しかし、宮本くんは私のそんな反応だけでは物足りなかったようで、


「一番凄え草って、何だと思う?」


 私に意味不明な問題を吹っかけてきました。

 一番凄い草って、語彙力が乏しいにもほどがあります。

 マンドラゴラか何かでしょうか。

 しかし、ここでそのように適当な返事をすると決まって宮本くんは不機嫌になるので、ここはしっかり考えることにします。


 まず、一番凄いというのは恐らく一番栄養価の高い野菜ということでしょう。

 そして、宮本くんがさっきから言っている『強い』という単語は恐らく単純な力、筋力の強さのことを指しています。

 となると筋肉を作るたんぱく質が豊富で、『畑のお肉』とも呼ばれる大豆が一番凄い野菜、宮本くん風に言うなら一番凄え草になるのではないでしょうか。


「一番凄い野菜ですか……そうですね、大」


 豆ですか? と、言いかけるすんでのところで私は口を(つぐ)みました。


 危ない危ない、このままでは普通に考えてしまうところでした。

 普通ならそのまま大豆と答えてもいいでしょうが、相手はあの宮本くんです。

 そんなたんぱく質とか栄養価の種類なんて考慮しているわけがありません。

 きっとネットで『一番栄養価の高い野菜』とか検索して、その結果に出てきた野菜のことを言っているのでしょう。


 少し考えた後、私は一つの答えを出しました。


「ブロッコリーですか?」


 何故だかあまり栄養がないように思われがちなブロッコリーですが、実はブロッコリーはビタミンやミネラル、食物繊維が豊富で、野菜の中でも非常に栄養価が高い部類に入ります。

 まあ、正直私のこの知識もテレビの受け売りではありますが、それなりの自信を持って私は答えました。

 しかし宮本くんが考えていた答えとは違っていたようで、


「何言ってんだ、ブロッコリーなんて凄くもなんともねえだろ!」


 そんな風に馬鹿にされてしまいました。

 少なくとも宮本くんよりはブロッコリーの方が凄いと思うのですが、どうやら宮本くんはブロッコリーの栄養については知らなかったようです。


「それじゃあ、何が凄い野菜なんですか?」


 それなりに頑張って考えた答えを否定されて、しかも宮本くんに否定されて、流石に腹が立った私はぶっきらぼうに正解発表を求めました。


「まあまあそう怒るなよ。それじゃあ答えを言うからな。いいか、一番凄え野菜ってのはな、ピーマンなんだよ」


 やたらともったいづけて喋るので一体どんな素っ頓狂な答えなのかと思ったら、出てきたのは意外と普通の答えでした。

 確かにピーマンもブロッコリーと同じくとても栄養価の高い野菜です。

 しかし、ブロッコリーは駄目でピーマンがよいという根拠はどこにあるのでしょうか。


「ピーマンはどのあたりが凄いんですか?」


 疑問に思った私がそう聞くと、宮本くんはふふんと鼻を鳴らして自慢げに答えました。


「驚くなよ?ピーマンってのはな、俺が唯一食えない野菜なんだよ」


「……」


 前言を撤回します。

 やはり宮本くんは素っ頓狂でした。

 まさか完全なる主観、それも好みによるものだとは思いもしませんでした。

 そんな問題当てられるわけがありません。


 私が呆れて言葉を失っていると、宮本くんはさらに言葉を続けました。


「俺ってパクチーだろうがゴーヤだろうが基本何でも食べられるんだけどよ、何故かピーマンだけ食べられねえんだよ。俺とトリケラトプスの違いって多分これだろ」


 宮本くんとトリケラトプスの違いはもっと根本的なところ、というかトリケラトプスもピーマンは食べていないはずです。

 しかし、実際宮本くんがピーマンを食べられないというのは少し意外でした。

 野菜どころか平気で虫も食べそうな顔をしているのにピーマンが苦手とは、まるで小学生のようです。


「それで頼みがあるんだけどよ、俺がどうやったらピーマン食べられるようになるか、考えてくれねえか?」


 偉そうに椅子にふんぞり返っている姿はどう見ても頼んでいるようには見えませんが、しかし宮本くんの声は本当に困っているように聞こえます。


「別に構いませんが、どうして私なんですか?」


 宮本くんは私に限らず、基本的にどんな人にも頼み事をすることはありません。

 それに頼むとしても、そういった知識ならそれこそ私よりもネットで調べた方がいいような気もします。

 不思議に思った私がそう言うと、宮本くんはちょいちょいと私の机の横を指差しました。

 そこには私のお弁当箱が入った袋がかかっています。


「お前って、弁当自分で作ってるんだろ?だったら飯作ってるお前に聞くのが一番いいと思ってよ」


 その言葉を聞いて、私は宮本くんがどうして今回私に話しかけてきたのかがようやく理解できました。


 要は、宮本くんはトリケラトプスのように強いけれど、あと一歩トリケラトプスに届いていない。

 それはどうしてかを考えたところ、自分がピーマンを食べれないからという結論に至った。

 そして、どうしたらピーマンを食べられるようになるかについて、お弁当を自分で作っている私にアイデアを求めたかった、ということでしょう。


 簡潔に言ってしまえば、私にピーマン料理のアイデアを出してもらいたがっているという、ただそれだけです。

 それだけの言葉を引き出すためだけに、私はこんなにも疲れる会話をしたのでした。


「ふふっ」


 そう考えると何だか呆れを通り越して、思わず笑いが零れてしまいました。


「おい、何笑ってんだよ。俺は真剣に考えてんだぞ」


 私が笑っているのを見て、馬鹿にされていると思って気分を害したのか、宮本くんは少しむっとしました。

 私は笑いを堪えながら、手を横に振って宮本くんに謝ります。


「いえ、ごめんなさい。ちょっと宮本くんらしくないなと思って」


「そうだろ?ピーマン食べらないとか、強い俺に似合わねえだろ?それで、何かいい方法はねえかな」


 宮本くんの言葉を受けて、私は少し首を捻って考えました。

 宮本くんは期待してくれていますが、私も別段料理が得意というわけではないので、なかなかよいアイデアというのは浮かびません。

 暫く考えてようやく出てきたアイデアは、誰でも思いつくようなごくごく平凡なものでした。


「食べてもピーマンだとわからないくらいに細かくして、他の料理に混ぜるのはどうですか?」


 これはよく母親が自分の子供に苦手な野菜を食べさせるときに使われる手法です。

 しかし宮本くんはあまり納得できなかったのか、首を傾げました。


「ピーマンだって気づかないなんてありえなくね?食ったら絶対わかるだろ」


 流石は宮本くんです。

 食べたこともないくせに、あたかも試したことがあるかのように話します。

 このまま話していては埒が明かないと思った私は、一つの提案をしてみました。


「それじゃあ、明日私がピーマンを混ぜたハンバーグを作ってきますから、それで試してみますか?」


 その提案を聞くと、宮本くんは意外そうな顔をしました。


「ホントに作ってくれんのか?」


 宮本くんからの問いかけに私がこくこくと頷くと、今度は彼の表情が満面の笑みに変わりました。


「マジか!ホントに作ってくれんのかよ!?そんじゃあ楽しみにしてっから、マジよろしくな!」


 それだけ言うと、どうやら彼の中で私との会話は終了したのか、宮本くんはそそくさと席を立って何処かへ行ってしまいました。

 自分から意味不明な会話を持ちかけておきながら、この唐突な会話の切り方には唖然としてしまいます。

 まあそれも今に始まったことではないので、私は別にそのことに対して腹を立てたりはしません。


 私は教室を出ていく宮本くんの背中を見送ると、再び読んでいた本に目を落としました。

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[一言] 逆なんですね。 まともな話からおかしな状況に発展していかずに、最初の大ジャンプからきれいに着地を決めていく、言い方が変ですけど、小説的です。大ジャンプとその理由の説明とで、一粒で二度おいし…
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