転生者である爬虫類の王は、お困りです
頭を空っぽにして、起承転結を考えず、お読みください。
オレの名前は■■■■。訳合って、人類以外に生き物に転生している。
どんな生物に転生したかと言うと、空高く伸びる大木だろうと全身を悠々と巻き付ける事が出来る長い身体。全身をきめ細やかな白い鱗で覆われていて、短いながらも存在する四肢は巨大な牛だろうと握り潰す程の恐るべき筋力を持っている。屈強な人間でも一気に六人は呑み込める大口。自前の毒を抽入する為の牙も生え揃っている。
そればかりか、何と口から霧として吐き出す事も可能。眼光は禍々しい金色の魔眼。極めつけに、第三の目がある。普段は隠しているけれど、これで見つめたモノを一瞬で石化させてたり、即死させたりもできるという何ともけったいな能力もある。そして、懸命な諸兄等ならお気づきだろうが、頭の上には王冠の様な鶏冠を持っている。
そう、なんとオレは――バジリスクに転生してしまったのだ!!
ひゃほぉい! わが世の春が来た!
……なんて言ってられたのは、最初だけである。
だって、一緒に転生した奴らも同じくらいチート生物に転生してるんだもん。二匹ががりで喧嘩売られたら勝てねえもん。いい歳こいて幼児っぽい言葉になるくらい理不尽なんだもん、アレ。
それにココまで成長するのにどれだけ苦労した事か。いえね、その他二人と一緒に狩猟やって御飯確保したり、棲家の周辺を探検して、広げた縄張りを防衛したり、現代知識を乱用しない範囲で細々としたモノ作ったりしてたらですね。楽しかったんだけど、困ったことが起きたんですよ。ええ、本当に。元現代社会人だけあって、すっごい抵抗があるわけですよ。
「森の守護神! 我らの守り神様! 我らに恵みを与え給もうた偉大な白蛇様!」
「ユージーン! ユージーン! ユージーン!」
「万歳! 万歳! 万歳!」
他人に持ち上げられるのってすっごいプレッシャーきついンですってば!!
事の経緯について簡単に説明させて頂こう。
弱肉強食の世界に転生してからはガチで自分を鍛えあげまくった。格下の相手を延々刈り続けるなんて行為は慢心を生むし、行動解析の為ならいざ知らず実践経験にもならないので、常に格上ばっかり狙い続ける。
身にならないなら更に上、それでもダメならもっと格上を。
そうなると自然と身体能力は強くなり、必然として強力な魔法みたいなファンタジックな能力が開花されていった。レベルとかあったら、たぶんカンストしてんじゃないかな。
どうしてそんな自殺紛いの事をしたのか?
考えても見て欲しい。
転生したら、皆いきなり強制動物化である。俺は蜥蜴、相方たちはそれぞれ鳥と猫。転生先の母親は野性味溢れる蛇女。棲家となっている場所は、人が入り込めない程の山岳地帯の深い森。言いたい事はわかって頂けるだろうか。
そう、食事の問題だ!
鳥、猫は意外と雑食なので良い。猫はガチ雑食。食おうと思えば草もいける。鳥なんて飛んで実った果実や落ちて種が食える。
けどオレは爬虫類。肉も食えるが楽に食えるメインが虫だけなのである!
前世で虫関連にトラウマがある、なよっちい現代社会人には虫を生で喰うのは無理があった!
……一回だけ腹が減り過ぎて食べたら意外と旨かった。味は海老かな。食えない事はない。でも、虫が主食になるのは御免被る!
美味しい食卓は死活問題!
これの理由を二匹に話して説得。同情込みで自分たちも肉を食いたいという願望があって、それはもう積極的に手助けして頂いた。
どれくらいかって?
棲家周辺の森一帯に住む凶暴な化け物は皆殺しにして胃袋に収めるくらい。いつの間にか自分らの縄張りになってました。獲物にしたのはオレの知る限りではモンスターって感じの凶悪生物だけ。前世で一般的な動物に似た生物も多数いた。キツネとか、ネコとかイヌみたいな動物だ。そいつらは見逃して、オオカミっぽいのは……襲ってこない限りは手加減してます。
だって、味方にそいつらが好きな奴がいるんだもん。それに弱い者いじめみたいで後味が悪い。どうしようもなくなったら食べるけど。でも可愛いからそれは最終手段だ。クマっぽいのも可愛いと感じる辺り、感覚が可笑しくなってきていた。
で、そんな事をして回って森の中を放浪していたものだから、同じ森で暮らしていた耳の長い人類種――便箋上でエルフと呼称する――の子供とか村とか、助けてしまっていた訳である。まだ転生して間もない頃は小さかったので川辺の畔でエルフの子供と一緒に、ちょっと大きい蜘蛛とか、蛇とかと森で遊んだ思い出もあるけれども、今の巨体になったオレ達が人類種の規格を超える生物という事もあって、ビビって逃げられたり、恐怖のあまり攻撃されたりしたものの、こちらは一切手出しをせず去って行った訳である。
ついでに、前世のオレみたいな人類種――便箋上でヒューマンと呼称する――がオレやエルフに襲い掛かってきたりしたので、殺しはしないが撃退したりした。子供エルフとはそういう約束を幾つかしたのだ。しっかし無事帰れてるかな、あの人達。
考えても見て欲しい。魔法みたいな存在はあっても、そこまで高度社会文明を持たない人類種に攻撃を一切行わず、彼等の脅威となる生き物だけを討伐する生き物がいたら、如何なると思う。
そんなばかな、と思うだろう? 何を子供騙しなって考えるよな?
うん、そうなっちゃったのだ。守護獣とか聖獣とかそんな感じに。どうしてこうなった。エルフどんだけ純真なの。前世が人間じゃなくても心配になるレベル。
これが困ってる事のひとつ。
うん、そうなんだ。まだ他にもあるんだ。よくよく考えて見て欲しい。何でバジリスクであるオレを賛美する声が大音量で聞こえるのか。うん、そうなのだ。今、エルフの国にいるんだ。それも王城のエントランス。眼下に広がる街並み一帯を見下ろせて、所狭しと真下にある広場でオレを喝采してくれている。
「恵みを齎す豊穣の神よ! 病を打ち払う医療の神よ! 我らに平和を齎した偉大な蛇神様よ!」
「ユージーン! ユージーン! ユージーン!」
「栄光あれ! 栄光あれ! 栄光あれ!」
やった事に後悔はしてない。でも、お前ら爬虫類褒めすぎでしょう!?
なんで今みたいに褒め称えられているかと言うと、もうお察しだよね。転生先は弱肉強食の世界。安定した食事って毎回狩りをしないといけないんだ。
それと医療技術も低いし、衛生関係も酷くてね。殺菌とかの概念もなかったんだよね。そんでこの森、魔力だとかの関係で珍しい鉱物とか植物が育つんだよ。
うん、そうなんだ。やっちゃったんだ。
棲家周辺を大きく開墾して四輪作で、野菜が元気に育つように土弄りも徹底的にした。寒暖の気候がどうか良くわからなかったが、野生の牛とか山羊とか豚、野菜も品種改良しまくった。野菜の種はエルフたちから貰ったので好き勝手にした。
初めての農業、面倒だったが収穫は最高だった。肉旨い。野菜シャキシャキ旨い。余裕が出来たのでエルフたちに実際に食べさせてノウハウを教えてあげました。
医療の神とか言われてるが、大した事はしてない筈だ。
手洗いとうがいを徹底させたり、肉を生焼けで喰わない様に過熱を徹底させたり、そもそも菜食主義な所があったので肉も食えと一喝したりもして、トイレも水洗式を推奨して下水道を配備させたり、水の浄化機関を開発させたり、農業の話も混ざるが肥え溜を非推奨にした。
反対の声には、肥え溜はしっかりと高温発酵とかさせて寄生虫や病原菌を殺す手間が必要な事、場合によっては栄養が枯渇して野菜自体が育たなくなり飢饉に陥る事を熱心に説き伏せて、代わりに腐葉土とその作り方を教えて実践させたら、反論は貰わなかった。忘れずに家畜の糞で作る肥料の存在も忘れずに伝えてある。
後は塵の収集である。
害虫害獣細菌の温床であるこれ等を抹消する為に塵収集をさせる。基本的にリサイクル精神に富んでいるエルフたちではあるのが、小さな微生物の存在にまでは気が行かなかったらしいので、各個人で燃やして処分をしていたらしい。
なので、ごみの分別を徹底的にさせたのである。特に硝子と金属物。これらは森だと貴重品である。再利用できるなら再利用するのがエコロジーで森に自然や精霊たちに喧嘩を売らなくて済む。
そして焼却殺菌。汚物は消毒だとは言うが、適切な温度で有害物質を出さないように注意が必要だ。余談ではあるが、焼却炉で発生する灰については、後者は現代社会だとどうしようもないので埋めて処分をしてたらしいが、此処はファンタジーの世界。
なななななんと、皆さんご存知のスライムにこれを食べさせて土に返す事が出来るのである。無論、死骸と言う形で。水浄化機関の濾過システムにもスライムは利用されている。人間の倫理が残酷だと訴えるが、再利用できない侭放置する方が未来に対して無責任な非道だと思われる。
それに、スライムに廃棄物を分解させた後は森に放逐し、魔物やその他の生態系の最下部で支えて貰っている。下手に生態系を壊すよか、バランスを取る方が大事。じゃないとオレの首がチョンパされる!
誰にかはは言えないな。
最期の平和についてだが……。
介入し過ぎとは思ったんですけどねえ~。鉱山や棲家の森をヒューマンが荒らして破壊されるのが目に見えてたので、エルフとヒューマンの戦争に乱入しました。それもオレ単騎ではない。転生者二匹に、森に棲んでいた猪人、猫人、人狼、子犬人、土人、鳥人等の亜人種に加えて、オレと同じく森を棲家にする知性を持ったモンスターであるアラクネ、ラミア、オーガ、ゴブリン、オーク、リザードマン、果てはドラゴン。
極めつけに、森の精霊や妖精たちであるトレント、ドリアード、ピクシー、ニンフやシルフ。止めとばかりに、森の中で彷徨っていたゾンビ、スケルトン、リッチ、ヴァンパイアをはじめとしたアンデッドの方々にもご協力頂いて……。
うん、そうなのです。大盤振る舞いです。怒涛の虐殺劇になりました。オレは絶対的に余裕で勝てる戦しかしないのである。不安要素は一切合財解消しておく。一戦ごとに勝ったら、たらふく旨い飯を食わせて、場合によっては宴までぶちかました。
最終的に森周辺にある国全てを敵に回したが、そこはそれ、転生者三人の持ち得る者全てを三方に分けて破壊の限りを尽くした。正直やり過ぎたと反省はしているが自重する気はこれからも微塵もない。
だって快適な異世界生活を破壊されてたまるかってんだあああ!!
で、だ。
戦争なので勝ち負けがあるわけだ。
勿論我らエルフの国が勝ったとも、戦争後のやりくりも全部徹底的に、敵を失くしていった。別段、国を崩壊させたわけじゃないよ。ただ、ちょーっと、国政に介入しただけで。戦争を引き起こした黒幕の宰相とそれに同調した貴族とか、有名な亜人差別主義者とか、私利私欲が強すぎる大商人の一派とかをだね。根こそぎ根伐りにしてやっただけで。エルフの国で旨い食い物と綺麗な宝飾品と便利道具を販売する権利を得て、
彼等が作るものすげーって国民たちに認識させて、亜人差別は彼等の能力や技術に嫉妬した差別団体の罠だったんだ的な噂も流したりしてね。
上手く行くわけないだろ普通。絶対ミスや不和が起こるんだって。うん、そうなんだ。エルフと同じで心配になる位単純だったんだよヒューマンも。
どうしたのヒューマン? お前らの子孫はあんなに悪辣非道なのに先祖のお前らどうしてそんなにピュアなの?
だがしかし、賠償金は払って貰う。
こちらが戦争で消費した物品金品。相互の死傷者遺族への慰謝料と謝罪。後は各国の特産品の献上と亜人差別の方を永久廃止。勝利したからと言って奪い過ぎては恨みを買う。反省して永遠に報復する気がなくなればいいのである。
とは言え、あれだけの恐怖を与えたので、向こう五百年は安泰だろう。なんて楽観的にならず、警戒網を敷く心算である。ヒューマンは油断するとすぐ叛乱とか国家転覆とか革命だとかお祭り騒ぎしまくるし、法の隙間を掻い潜ってきやがるので油断ならん。
あ、もちろん勝った国であるエルフの国から出陣した全員に保証はあげたとも。エルフは年貢とか免除させるよう国王に嘆願した。だって命がけで戦ったんだもの、それくらいしてあげてもいいだろうと。
といってもそれだと国が立ちいかないので、働けない高齢になったらお金が貰えるように金を納めるシステムを提案しておいた。年金である。他にも医療保険。案の定、オレや猫と鳥が提案した事とあって、漏れなく全員加入した。災害保険も提案したにはしたが、得するかわからないのでギャンブルに近いので、用心深い奴らだけ加入した。生命保険は長閑な国に殺人沙汰の種を巻きたくないので口にはしなかった。
然し、お前らほんと大丈夫か? オレが提案したからってホイホイ加入し過ぎじゃね?
結果的に納めるお金が減ったから彼等に全くメリットが無いってわけじゃない。
次、亜人達。
彼等は王国と呼べるほどの規模がなかったので、オレがエルフ達に教えた技術やらを教えた。それから、エルフの王国で暮らす市民権を持てるように手配してみた。年貢等はまだ早いので、財産と稼ぎから納める金を決定する。それはかなり低く設定しておいた。出なければ住人は増えず、働き手も減る。エルフと言う種族は魔法などの技術力は高いが、力仕事がどうしても苦手なのだ。
それに他の亜人にはエルフには無い素晴らしい技術や文化、価値観がある。いずれは活用したい。そういう目論みもあって当時はそう意見を出した。けど何故だ、今でもオレを見る度、何故拝むのだお前たち。数百年後には年貢は平均値まで引き上がるというのに何を感謝してるのだお前らーっ!
やめろ、オレの良心が痛むからやめ、やめてくれー!
精霊たちには、これと言って与えられたものはない。
彼等からすれば棲家を守れる以上の褒章は存在しないからだ。とは言え、それでは王国としてもオレ個人としても収まりがつかない。
なので彼等を奉る祠のようなものを作ったのである。この森にすむ人類種は皆、往々にして森の掟を守ってきた。弱肉強食の掟に毛が生えたようなもの。それでも確かな信仰があったのだ。恵みに感謝を、驕る心に災禍と言う戒めを、常に隣り合う存在である彼らに刻んできた精霊たち。時の理不尽に憤慨する事はあれど、限りある生命の上に立つ存在である彼等を認め、尊重する。それがささやかな恩寵であるとエルフ達は判断したのだ。
さてさて、此処までは順当である。
問題はモンスターとアンデットへの褒賞だ。棲家を失うかもしれないと言う共通項があった為に協力を取り付けられたが、元々彼等は多種族と群れるという事が無い。亜人の様に居住区や市民権を得る権利を与える、と言われてもピンと来ないだろう。当人たちが理解出来なければ意味がないし、何より弱肉強食の掟が本能に刻み付けられている。今回は上位者である転生組がいたから話も言う事も聞いてくれたが、好き勝手に生きたいのが彼等だ。さしものオレもお手上げ。どうする事も出来ない。
だが、考えても見て欲しい。それなのにエルフ達に一切言及されてないんだよね、今。この口癖にいい加減飽きが来てると思うが、聞いてほしい。うん、そうなのだ。どうにかなっちゃったのである。
というのも、今回の戦争に関わったモンスター勢が一匹残らず、存在進化してしまっているのだ。
存在進化とは何ぞやと諸兄等は思うか、或いは察しがついてしまっていると思う。分かりやすく言うなら、ランクアップ。上級種族に伸し上がったのである。当然の様に知力も知性も高くなって、ちょっと小難しい話しでも通じる様になった。アラクネはアルケニー、ラミアはエキドナと言った具合に。エロ業界で大人気オークとゴブリンも、ボアオーク、ブラウニーになった。無念。
後者は帽子を上げたら存在進化してしまったので、特に複雑な心境ではあるが、いきなり市民権など与えられても生活様式が違い過ぎるので、村作りや特産品を作る手伝い、仕事を斡旋して安定した生活が送れるようにをする事で報いる事にした。特産品はアルケニーの糸で作られた絹、ボアオークによる茸等が後に生まれる。ブラウニーは……予想外に綺麗好きで手先がだったらしく、先述した下水道や焼却炉の管理や後始末、清掃員として適格。それが行き過ぎて、勝手に民家に忍び込んで掃除してしまう個体もいて大変ありがたい存在になった。しかし、お菓子をつまみ食いする。リザードマンはドラゴニアンとなった。特産品は、うん、虫である。正直精神的に死ねる。そういう背景を顧みると彼等は虫に忌避感がないので、養蜂技術を与えてみた。
後日、大量の蜂蜜が納められる事になる。ドラゴニアン、グッジョブ。と、それぞれ本来の生活様式をあまり変化させず、交易を行う事で友好を深める事に成功した。
最大の鬼門であったドラゴンさん。美味い酒を寄越せといったので知りうる限りの酒造技術を全種族に伝えて、作らせた。芳醇の香りのする米酒を始め、様々な果実で作られた品、後年に作られる発泡酒等を鱈腹送りつけてやった。満足そうに酒に飲んだくれているので、美味い酒の飲み方として人化の魔術で人型になってから飲む事を薦めておいた。
何せ普段は巨体で大口で呑むのだ。味も量も減ったくれもない。生産者への苦労を一瞬で失くされては困るので、酒がいかに技術と根気と時間がかかるものなのかを教えた上で、本人にも酒造りの知識を知る限りで振舞って置く。狙い通り、ドラゴンは酒造りの先駆者として動き回る様になった。今では酒の神様である。決して裏はない。お互い死にかけるまで眠らずの殺し合いをもう一度したくないからではない。オレは臆病者ではない。面倒くさがりな蛇なだけだ!
で、関門のアンデッドさん。
こちらは然程苦労はしなかった。エルフやモンスター達も煮え苦を呑まされた者は少なくないが、今回の戦争で対話可能である事が判明した意外性ナンバーワンの存在である。これが出来たのは、アンデッド最上位にいるヴァンパイアと奇跡的に交渉できたのが要因である。ちなみにヴァンパイアもランクアップでノーブル・ヴァンパイアになってしまっている。ヤバい。今度戦う事になったらじり貧になってドラゴンと同じ轍を踏む事になる。なんとしてもそんな未来は回避せねばなるまい。
不安を抱えつつ褒賞の話になった。意外にも住居を求められただけである。どうにも元々はどこぞのお姫様だったらしく、故国が戦争で滅んだ際にこの森に逃げ延びて、一度、死んでしまったらしい。そうして神の悪戯かなんなのか、ヴァンパイアとして新生してしまったとの事。恐らくはこの土地の魔力や霊力や土地と相性が良すぎたのと原因と思われる。
その一国の姫様の未練があると言う。もっと綺麗な所で静かに本を読んで暮らしたい、である。話を聞いたオレとエルフ国王も涙がちょちょぎれる。そういう訳なので、綺麗な湖を見繕って周辺に住む精霊に交渉をしてヴァンパイアの居住権を得て、エルフとアンデッド達の協力の許でオレの魔眼による石化能力もフルで使った。
なんということでしょう。あの物寂しいだけの湖畔の端に、温かみのあるデザインと色をした立派な湖畔の城をぶち建築されました。後、森の中に舗装した道も作っておいた。ヴァンパイアの意向もあり、内部には図書館も設置。国立図書館としての側面も持つようになりましたとさ。管理者は勇士のスケルトンさん方から文字通り有志を募って行われます。何故かって? 元々スケルトンの全員がお姫様の騎士だったりお付の小間使いだったりしたからである。彼等がエルフやモンスターを攻撃したのも、お姫様を守るためであったという。死して尚の忠義に一同感服の涙。騎士賞を送るのは確定的に明らか。
続いてゾンビやゴースト達。彼等は最近死亡したアンデッドだったらしく、現世へやり残した事があるらしい。ヴァンパイアの眷属になる事で辛うじて意識を保てたが、もう限界らしい。なので遺言を一人一人聞いてから、それぞれの宗教形式に乗っ取って弔いを行う事にした。そして遺言は全て果たした。故郷の家族へや恋人への手紙やらである。そういった相手には手紙を渡した上で、本来受け取る筈だった報奨金を全部渡した。無論、裏のある相手だった場合は手紙だけである。
そういった類に与えてやる金はない!
全部、彼らの故郷にある宗教団体に寄付してやったわ!
こういうとこも含めて交渉済みである。
それではアンデッドが関門と呼ばれた理由その2のリッチさん。
これにはどうしたものかと悩みつつ、恐る恐る話をしてみる。何せリッチである。生きる者全てに死を振りまき、聖なるものを貶める死者の王である。油断できない。聞こえた声はダンディだった。痺れるくらい朴訥で威厳のある声だったぜ。そして判明した生前の彼。
元々は、今回の戦争相手の国で裁判官をやっていた信心深い人間だった模様。生まれも育ちも貴族階級で、代々法に従い裁判を行う家系の名門らしい。つまり、死刑執行人でもあった。ギロチンを落とす人である。
彼本人も将来を見据えて裁判所に通い詰め、毎回貴族側ばかりが勝つ事に疑問を抱いたらしい。泣きを見るのはいるだって平民。その辺りを調べてみれば、出るわ出るわ、賄賂や裏取引のオンパレード。情報網が未熟な未成年の貴族にも分かるレベルの貴族社会の暗黒面。自身の両親も加担している事、学校の友人の家が冤罪で取り潰される等あって、ショックを受けて教会に駆け込んだらしい。
そこで出会った牧師に告解した。その牧師とはそれを切欠に親しくなり、信仰の教えを乞う事になる。それから彼は鉄の心と信仰心、そして良心を持って、最高裁判官議長に就任。教会の助けを得て、腐敗した貴族を悉く粛清した。
これで一安心かと思いきや、今度は教会側にも不正が頻繁しているという。彼は政治的に苦しい立場に追いやられつつも国政浄化の一歩手前まで辿り着いた所で、教会の秘匿機関の手の者に拿捕され、半死半生の状態でこの森に放り込まれて死亡したらしい。元はゾンビとして甦ったらしいが、自分の次に危険になるだろう元貴族の友人と神父に是を伝える、あるいは守る為に行動しようと、森の外へと脱出を図ったものの、迷いの森として機能しているので、闇雲に歩いても脱出できるはずもなく、偶然遭遇したヴァンパイアに尋ねてみるも道はわからず、そして残酷なまでに時が経っていた事を知って、一時的に発狂した事もあるらしい。その時には既に腐った肉は崩れ落ち、骨だけが残る身体。発狂を切欠に、国を腐らせる人間と腐った口で信仰を騙る不信心者への殺意と憎悪でリッチに成り果てたらしい。語るも涙、聞くも涙である。同席していたヴァンパイアも、改めて配下の境遇を聞いて、頬を涙で濡らしていた。
今回の褒賞として求められたのは、リッチの友人達がどうなったのかを知りたいと言う、ささやかなものだった。即座にエルフ王国は調査を開始した。彼が元いた敗戦国に突撃。彼の身元を確認してから、件の二人の所在を調べた。信用していない訳ではない。手っ取り早いのが身元から辿って行ったら確実に早いからである。
で、件の二人の結末はこうだ。
元貴族の友人は死亡している。但し、暗殺などではないで老衰だ。友人はリッチの身に何かあったと知るや否や、リッチの元で働いていた信用できる召使達にこの事を知らせて逃がし、無い金をかき集めて個人的に調査を依頼していたらしい。相手が宗教関係者だと分かり、神父を匿ったのだと言う。そしていつかこの腐敗した国教上層部の浄化を願い、虎視眈々と準備を二人でしていたという。
だが、友人の生きてる間には復讐を果たす事は出来なかったと言う。
"神は我と友を見捨てたのか"
死に際の呟きに、妻子よりも長い事一緒にいた神父はこう答えたという。
"それが国を思ってのものならば果たす事が出来たやもしれませんが、復讐心に神はお恵みを齎す事はありません。然し、それで良かったのではと私は思うのです、友よ。復讐に囚われてはいたが、貴方は手を穢れた血に濡れる事無く、清い儘で妻と子に囲まれて最期を迎えられるのだから。きっと、天に召された友人も誇りに思ってくれる、胸をお張りなさい。そして、貴方が行ってきた事は、必ずや報いられるでしょう。貴方が行ってきた事の根底には暗い感情はありましたが、人が良き所へいけるようにという意思と願いは、間違えようもなく正しいものなのだから"
それの諌言を聞き、息を引き取る直前の友人は、こう言った。
"ならば悔いなし、潔く天へ還るとしよう。いざさらば妻よ子よ、そして友よ。そして今逝く我が友よ"
オレの涙腺が崩壊するのでそういうの聞かせるは勘弁してほしい。その内、目から宝石が零れ落ちるようになりそうだ。
うん、そうなのだ。聞いたのだ、この耳で。嘆願で捜したもう一人は教会で大司祭として所属していた。辛うじて生きていた。二人が会える様に四方八方に交渉して、再会を叶えた。
"友よ、再会は喜ばしいがあまり見ないでくれ。私は途方もない国教の冒涜者だ"
リッチは歓喜と悲壮を込めて言った。
"いいや友よ、どうか胸をお張りなさい。貴方は死して尚、国を守らんとした愛国者なのだから"
かつて牧師だった大司祭は自罰的なのは変わらないな、と懐かしそうに言った。
"ならば友よ、次の再会は長くなりそうだ"
リッチは決意と惜別の思いを込めて言った。
"なぜだ友よ、無念は晴れた筈なのに"
大司祭は年に見合わぬ稚気で首を傾げた。
"今の私は森の国に席を連ねる者。あの国の末を見守りたいのだ"
リッチがそういうと、大司祭は息を引き取る直前に、こう言った。
"それはとても良い無念だ。ならば憂いなし、潔く天へ帰るとしよう。いざさらば古き友よ、そして今逝く我が友よ"
大司教だった友人は満足げに笑って天寿を全うした。
そうしてリッチはエルフの国で裁判官を――ではなく、法務大臣になった。
やっている事は整然と変わりない。法の番人として規律をまとめ、法で判別がつかない問題を徹底的に追求した上で話し合ってから判決を下す、そんな相談員の役職についた。正直、天職だろう。無理やり法に当て嵌めて捌く必要はなく、柔軟に法を捉えて、その都度にあった判決を下す。一人でそれを担うのは本来なら文字通り骨。然し、アンデッドなので疲労を感じないらしく、極限的な感情の発露でなければ精神は常に平静なのだと言う。あと、市民の視点が知れて面白いとも言う。完全にみんなのお爺ちゃんの立場を確立してしまっていた。良い事だ。たまに、酒を持ちこんだり、きゅきゅっと頭蓋骨を磨いてあげている。
「我らが調停者! 慈悲深き森の王! 誉れ高き白亜!」
「ユージーン! ユージーン! ユージーン!」
「幸あれ! 幸あれ! 幸あれ!」
――そして、最大の悩みの種がコレである。もう様式美として認識して貰えていると思う。うん、そうなんだ。最後の悩みの種がオレを苦しめているんだ。
賢明な諸兄諸姉等にならばお察し頂けている事と思われる。オレは人間ではない化け物でそんな事をしでかしてしまっているのだ。自重せず全身全霊で色々な事を興したのである。どうなるかは大体、わかるよな。
「おお、民たちよ! 我らが隣人は感嘆のあまり言葉が出てこないようだ!」
当初、オレの背に隠れていた男エルフが、国民たちの前に姿を曝す。何を隠そう、彼こそがこの国の王であり、オレの良くも悪くも友人だ。いや、此処は素直に悪友だと言うべきか。普段は嫌だと言う豪奢な王酌と王冠を携え、煌びやかな王家の服に真紅の外套を羽織っている。
顔立ちは転生前の世界でエルフお決まりの美形。口元は髭を伸ばしているが、それが威厳のある挙措に憎たらしい程マッチして似合っている。エルフの王様はオレの心境を置いてきぼりにして、言葉を続ける。
「偉大な蛇よ! 気高き蜥蜴よ! 此度の働き、これまでの数々の献身に、我らは是等に応えねば……否! 是に報いたい!」
民草の総意を高らかに口にした国王の言葉に、眼下の国民達が同調して、おお、おお、と声を挙げた。正直怖い。たぶん、今全員に襲い掛かられたらオレは死ねる。間違いなく死ぬ。勝てる気がしない。そうならないとわかっていても、突き付けられる褒賞が予想出来て、昨夜ドラゴンと飲んだ酒が口から出そう。心臓ばくばくである。人が苦手なオレはあまりの緊張で今に気絶寸前である。助けて。
「我らが持ち得る物は、皆全て、貴公から貰い受けた物ばかり成り!」
今エルフが持ってる物はほとんどがオレや転生者二匹が齎したものだ。貰った物を形は変えているとは言えそのまま返すのは格上に対しては失礼に当たるのが習わしの筈。
何処ぞでは与えた物を鍛え直して返却せよって所もあるらしいけど、理不尽すぎて褒賞になってねえ、バカじゃねえのか頭湧いてんのかと言いたくなる風習もあるらしいぞ。
そんなんされたらオレはブチ切れて粛清してやるわあああ!!!
……って脳内で現実逃避してないと、正気が保てないんだ。許してくれ。
ああ、でも何と無く察しがついてた。
元々彼等が持ってるものとなれば、この国だろう。彼等が言う所の守護獣のオレは普段からこの森に限らず、周辺一帯を探検しまくっている。つまり、常駐していないのだ。いつも旅に出ている。だからこそのヴァンパイアやらドラゴンやらと顔の繋がりが出来た訳ではあるが、目の届く場所に居てくれと言う事だろう。
たぶん、オレの神殿が作られるんじゃないかな。彫像とか飾って? 新手の虐めか!
下手しなくても新しい宗教で来てしまうのが目に見えてるんですけどっ!
法務大臣のリッチさんなんか発言プリーズ!
あ、ダメだアレ。死の王のお墨付きに違いない。なんか目が温かい。死んでるのに。そろそろ身を固めて一か所に留まれって事かな。
……時間切れかな。潔く諦めよう。
つっても、"神様"。バジリスクの番になる筈のコカトリスが森中探しても見当たらないんですけどー。
そこらへんどうなっていらっしゃるのですかね、"神様"?
今更ではあるが、転生者であるオレは、何故か"の異世界の神様と話が出来る。常にではないが気配を感じてる合間は答えてくれるのも、今回は何故か反応が無い。おかしいな。いつもなら嬉々としてウザったく饒舌に教えてくれるのに、何故だ。
オレが周辺を探索していたのは、何も遊びでそれをしていた訳じゃない。新しい動物や植物の採取と研究に、既存の知識で活かせるものがないかを探しているのだ。そして、バジリスクの雌個体であるコカトリスの捜索。
オレを含めた転生者がこの森に転生したのは、神様発っての希望だ。元来の目的が、エルフ王国の森周辺にいた各地の長が連続して謎の死迎えてしまった為に狂い始めた生態環境を立て直す事だったのだ。本来の目的は果たされた今、最期は後継者を作る事で全て終わる。ああでも、相手が鳥か。厳しい。オレ、そっち方面が臆病なのに鳥と交配させられるって、なにそれちょっと精神的拷問じゃね?
死んだのを甦らせてくれたのは助かるけど、きっついわ!
脳内で不平不満を垂らしているオレをそっちのけで、エルフ国王は言葉を続ける。
「故に、我が国から差し出せるものはただ一つ!」
ま、正直な話、オレも男で雄。持て余してる時はあるけども我慢できない程じゃない。
神殿の中で喰っちゃねして引き籠ってれば、交配させられる事ないから安心じゃね?
コカトリス探しに行く必要もなくね、若しかしたら向こうからやって来てくれるんじゃね?
なんて能天気にしてたら絶対神様に怒られるから、妥協して国民にコカトリスの捜索をお願いするってのも手だな。
よし、そうだ! そうしよう! それがいい!
「我が国一の――を与えよう!」
『……済まぬ。慣れぬ場所で気を遠くにやってしまっておった。もう一度、申すが良い』
オレの言葉が変だって?
これたぶん、神様から貰った自動翻訳機みたいな、スキルとかギフトとかそんなのが影響しててな。
それはともかく、なんだって?
「ならばもう一度告げよう! 我が国一の美貌と謳われる我が姪を与えよう!!」
……。
…………。
……………………………………。
なんだってえええええええ!!!!?
『友よ、否、エルフの王よ。正気か。勝利での歓喜のあまり狂ったか。今、目覚めさせてやろうぞ』
「いいや、蛇の王よ。我は狂気に非ず。正気からの褒賞を告げたぞ。我が民たちの声にも耳を傾けると良い。これは誠である」
「「「這いずるものの王よ! 我らが姫をどうかその手に! どうか蜷局の内に!!」」」
どうやらそれはエルフ達の総意で間違いないらしい。
オレの嗜好としては都合が良すぎる。だってエルフだぜ?
前世が彼女なしの無害な草食系男子だぜ?
スレンダー美人確定だぜ、やっほぉぉおおぅっ!!
………いやいやいやダメだろコレ。そもそも、蜥蜴とか蛇だし?
『……よもや、生贄ではあるまいな? 人間を喰う嗜好は無いと知っておろうに? ああ、なるほどな。白昼夢を見ておるのだろうか。これは早い所目を覚まさなければ、流石にこんな夢を見ていると知れたら、エルフどもに合わせる顔がない』
「…………いや、オレはマジだぞ、ユージーン?」
オレの頭突きに耐えられそうな壁を探し始める様子に、エルフの王が素で反応し始めた。
「お前、ボロボロの国営だけじゃなくて民の生活もほぼ全部助けてくれただろ? それにその、なんだよ。受け取って貰わないと、あの子が別の国の嫁に出さないとならなくなる。良くて妾、最悪は独り身の儘だ」
『それは貴様の都合だろう。己れは自らの願いと縄張りを守らんが為に与した。己れを育てたこの森を愛するが故に奔走したに一匹の蜥蜴に過ぎぬ。貴様の肉親の幸福を願うならば、それこそ同じく人類種の手と手で掴むのが最良であろう』
なんかオレが本来してる発言と誤差がある気がするけど、概ね間違っちゃいない。人間は人間を愛するべきなのだ。せめて、亜人を。人ではなくなった蜥蜴の王様のオレには、…………断腸の思いで辞退する他ねえよ。ねえよぉぉうぉうおぅッ!
己、前世ならば、前世ならばぁ……!!
悔しくて血涙出るわァ!!!
『心苦しいがその褒賞、受け入れられぬ。代案として、己れは本来の番となるコカトリスの捜索を願いたい。此処は未だ発展の途上、波打ち際の砂城に過ぎぬこの国から、暫し離れぬが故に』
「……その言葉、彼女と会ってもう一度言えるなら、聞いてやる」
エルフ王がその立場にあるまじき顎しゃくりで俺に後ろを振り返れと言う。どうやらその彼女とやらが来ているらしい。促された通り、悠々と自分の長い首を回して、件の彼女を見た。王の姪は、それはもう美しい。超絶美形って陳腐な言葉が字面以上に滑稽に見える程、美しい。平凡な才能しか持っていないのが恨めしい程、彼女は美しかった。膝元まで伸びた長い髪は木漏れ日を浴びているのに、夜に輝く白星のように輝いていた。
朝焼けの空色を見た事はあるだろうか。それはもう静かに清んだ紫闇色の、目尻の下がった憂いと母性を持った妖しい瞳。身体は王族の血筋にありながら酷く軽装。狩猟がし易いように身動きの取り易さを重視した、大胆に肌を露出した服装だ。
だからと言って品が無いという事がない。寧ろ、逆に気品に溢れすぎていて、下劣な感情が湧いてこない健全な女の魅力に溢れていた。所々が肉感的であり、鍛え上げた肢体はしなやかであり、剛柔合せた悩ましい女狩人の姿がそこにあった。
エルフ族にあって、美貌一と謳われる事に偽り無し。生きた年月によって長くなると言う耳はエルフ族の特徴である草耳の形をしている。それなのにエルフ王が彼女の見受け先の不明を告げたのは、明確な理由がある。一目見れば誰とて分かる。それは、褐色の肌を持つ事。
エルフ族は概ね、髪の色に自身と相性の良い属性が現れるのだと言う。炎の得意な者は赤く、水は青く、風は緑に土は茶に。そして、肌は処女雪の様に白い。なのに、彼女の肌は褐色。恐らくは――――この大陸では唯一の黒人種。
砂漠地帯まで足を運んだ事が無いのでわからないが、時折見かける砂漠からの旅人でも、此処まで鮮やかな肌色は見た事が無い。
オレが子供の頃に調べたエルフ王国の文献では、極僅かな可能性で生まれる事があるらしい。所謂、アルビノの様な扱いだ。忌避される等の謂れは無く、逆に吉兆の存在として囃し立てられる。エルフ族は全体的に細剣や弓、魔術と言った静かで素早い動きが出来る物を好む。体力、技術、魔力に関する才がが飛び抜けている中で、膂力の適性が極端に弱いのである。オレが散々他の種族をエルフ王国に引き込もうとした理由である。
がしかし、目の前の褐色の彼女はその膂力さえもずば抜けて高いのが分かる。全身に漲る生命の躍動感を鱗の肌にも感じられる程だ。
そんなに優れた存在である筈の彼女が、何故オレの花嫁として差し出されようとしているのか。
もうわかるね?
この大陸の人類種にとって異質な存在だからだ。
人間と言うものは滑稽な生き物なもので、自分が慣れたモノ以外を極力排する傾向にある。街角で突然声を掛けられ、振り返ったら同じ人種の相手だったら、何でしょう、と難なく返せるだろう。
だが、もし別の人種だったら如何だろうか。それも肌の色の違う別の人種族ならば如何だろうか。弱肉強食の世界で見目麗しい褐色の女がいたのならば、どうなるだろうか。物珍しいというだけで欲する生き物はいるだろう。異常だと忌避する者も現れるだろう。
では、異質なものが異質でなくなるには如何すべきか。簡単なものは異質なもの以上に異質なものを置く事だ。人間はより強く乖離した物にばかり目が行くのが性。
つまり、そういう事だろう。オレはスケープゴート。体の良い魔除けと言う訳である。失望――する訳が無く、ただ今絶賛、緊張していて意識をずらさないと正気が保てないのである!
だって"その子"、子供の頃に遊んでたエルフじゃん。
ものごっつい美人に成長してんだけど、残念おっぱいがダイナマイトになってんだけど、どゆこと。
『アーシェラ、なのか?』
「……嬉しい。覚えててくれたのね、ジーン」
こうして、オレは花嫁をゲットした。
とは、問屋が下りないのである!!
よおく思い出してみて欲しい。
オレは"当初"と言ってる筈だ。
これで終わればオレだって嬉しい!
うん、そうなんだ。終わらせてくれないのである。
この後、ちょっと待った―! とコールが入ったのだ。どうにも幼い頃に褐色エルフと一緒に遊んでいた蜘蛛と蛇が今回の戦争参加でアルケニーとエキドナにランクアップして乱入したのだ。どういう事なの。お前ら、雌だったのか。なんて言ったら殺される。社会的に殺される。二匹、いや、二人とも子供の頃からオレに気が合ったのだそうだ。
エキドナは分かるとして、おいアルケニー。お前蜘蛛だろ。オレに食われる種族だろ。食わなかったけど。何やってんだお前は。事情聴取すると川に落ちて溺れた所を助けて貰った上に、美味しそうな色をしてると褒められたのが切欠とな。だから食べられたいって、オレは蜘蛛食わねえつってんだろっ!
虫がアウトなんじゃなくて、蜘蛛は益を運んでくれるありがたい存在だから食えねえっつてんだよ!
だからなんでそこで赤面するかなっ。人間部分が恥じらいでもだもだするのは普通に可愛いとして、その足までそわそわとしてるのが堪らん。
で、エキドナは何故といった所で、綺麗な目をしてるよなと褒められて、あんなに激しく絡み付きながら一緒に崖から落ちた時に……。いや、それ、絡み付きながら落ちたんじゃなくて、お前が落ちていくから庇おうとして絡み付いたわけで。守ろうとしてくれたんだって照れながらいうんじゃねえよっ、ちょっとぐっと来るだろうが。なんだその尻尾の素直さ具合は、どんだけ嬉しくてガラガラ音鳴らしてるんだよ。二人して、人間種が一番美味しそうって言ったから頑張ってランクアップしてきたの発言をされました。
えー、褐色エルフさん、目が座っておいでですが他意はないんです。オレは普通に助けようとしただけなのです。マジで信じて。お願い。あの時一番気になってたのは貴女の存在なんですからね。だって、大蜘蛛と大蛇と大蜥蜴の組み合わせだぞ。美味しそうな人間と遊んでる途中で、二人が何時トチ狂って襲い掛からないか心配でハラハラしていたんだからな?
だからどうしてそこで照れるんですかねっ!?
何か誤解を与えるような翻訳してないよね神様!!
『何にせよ、己れの番は無理からぬ事。契れなければ子は、血筋は、望めない』
「いいえ、嘘はなりません、蛇の王。地に伏すものの王よ」
子供出来ないから無理って話しで通そうとしたら、何故かヴァンパイアがいらしていた。どこから現れたのか。影か。オレの影に潜んでいたのか。ねえ、オレのプライバシーはどこに。蛇になって余計に表情筋がお亡くなりになったせいで読みにくいに違いないオレの顔を見て、吸血鬼のお姫様が悪戯に笑う。なんのことだろうか、オレの発言に嘘はなかった筈だ。
「わたくし、知っておりましてよ。貴方が人化の術をお持ちだと言う事を」
『はて、斯様な冗談を戯れられるとは、己れは驚きを禁じ得ぬ』
「素知らぬ振りをしようと、手遅れです。裁判長」
「――此処に」
「是より、被告バジリスクの法廷を開廷する――」
カン、カン、カン、と木製の槌を叩く音が無常に王宮のエントランスで鳴り響く。
……。
…………。
…………………。
はーい、長かったですね。現実時間におかえりオレ。
ここまでの長い永い後日談の様な回想に付き合ってくれてありがとな諸兄諸姉等。
これが、オレの、ラストの悩み!
さっきが最期って言ったじゃないかって?
忘れてくれ。これが本当に最後だ。
どうやらオレは昨夜深夜遅くに、何かをやらかしたらしい。ドラゴンと酒を飲んでる時に一体何を仕出かしたと言うのだろうか。オレには皆目見当がつかないのである。それも当然。酒飲んで笑い下戸になったが眠たくなったからドラゴンの寝床に許可貰って寝転がって朝まで眠った事までしか覚えてねえよ!
助けて。オレ、マジで犯罪やってねえのです!
冤罪だ! 無罪だー! 朝から酒で体調悪かったのに、これ酷くね―!
褒賞の話から一転して罪人扱いってヤダー!
「被告バジリスク、貴殿には能力詐称の疑いが掛っておる」
大臣、あんた裁判長から一線を引いたんじゃなかったっけ!?
それに罪状が全然犯罪じゃないんですけどーっ!
弁護士、弁護士を呼んでくれ。はよ、はよ!
「原告ノーブル・ヴァンパイア、前に」
「はい、裁判長」
「原告ノーブル・ヴァンパイアは、被告バジリスクの能力詐称を告発する事を唱える者成りや?」
「はい、間違いございませんわ、裁判長」
オレの思惑と離れた所へと進みつつある。落ち着けアルケニー、エキドナ。オレは別に害されねえから平気だっつの。雰囲気に押されてんじゃない。オレはクールだ。無罪主張一点張りである。
でもエルフ姫様、何故に睨むんですかね。再会したのにオレは悲しいよ。とほほ。
「被告バジリスク、貴殿に弁護はあるか?」
『皆目無い』
短く言う。下手な事言いたくないというのもあるが、マジでいう事が無いのである。諸兄諸姉等、口数が少ないからって相手を疑うのは良くないので気を付けような!
「裁判長、発言の許可を」
「原告の発言を許可する」
「被告がお認めになられないのが残念です。何故なら、証人がいます。裁判長、証人の召喚の許可を」
「原告の証人召喚を許可する」
証人ってマジで誰。オレが使えない人化の術を使った証人がいるだと、そんなばかなっ!
ありえないと唱える裁判場と化したエントランスに現れたのは大いなる翼を羽ばたかせながら下降するドラゴンだ。ドラゴンが座れるスペースが無いので城の屋根の上に腰を降ろして発言していく。
「証人ドラゴン、貴殿の発言を許可する」
『で、あるならば、発言して差し上げようて』
深緑色の鱗に覆われたドラゴンが口を開く。オレと同じモンスターなものだから言語翻訳特有の淀みの様なものを感じさせながら、念話を始める。
『昨夜の事ぞ。妾がそこにおるバジリスクと酒宴を開いておったのだ。妾達は当日、祝祭の祭事の中心におったせいで満足に酒が飲めなかったのでなぁ。その夜は羽目を外して呑んでおったのよ。我ながら、良くもまあ強烈な酒精をあれだけ口にしたものよと、呆れる程にのぉ。……不覚にも、酒気にやられて寝床に転がったのじゃ。バジリスクめは妾より先に参っておったので、互いの身体の大きさでは眠れぬとそっと人化の術を使って小さくなってから眠りについたのだ』
そうそう寝床を借りたのは覚えてるが、それは悪い事をした。確かに酔いが回り過ぎて蜷局を巻く余裕もなく寝入ってしまったような気がする。今度は寝床に丁度良い藁かふかふかの寝台を贈りつけよう。最高の寝心地をプレゼントするので下手は発言はお控え頂きたい!
オレの首か眼が潰されるからー!!!
『それで寝入っておったのだがな。肌に這う妾の物ではない何かに身体を弄られておったのだ。よくよく見れば、見た事のない人間種が私の上に乗っているではないか。微睡から目覚めた妾が見たのは、金色の瞳と、雲の様に白い髪、それから白い肌を持った男の姿だ。それも劣情を露わにした雄だ。人化の術は感情と同期する仕組みがあるでな。人化中の化生の心が乱れておると、眼球が黒く染まる。故に間違いなく、アレは化生。そして髪と瞳は元の姿と酷似した色を持つのが特徴なのじゃ。状況的に間違いなく、お主しかおらぬのだ、バジリスク。素直に白状すれば、条件次第で許してやらぬ事もないえ?』
『己れは何もしていない』
『なんとけったいな。よもや、人化した妾の肌に熱く濡れた舌を這わせて、妾の穢れない角と尾にも汚らわしい唇を伏し付け、挙句耳元で、貴様の身体は心地よい、その咽喉に喰らい付きたい程だ、と言って噛み跡を残した事も知らないと恍ける心算かや?』
涙で滲む目元を翼爪で拭いながらしおらしい声で己れの凶行を切々と訴える。あの国民様方、冷たい目で見ないでくれ。ホントにしてないんだってば。
さっきまでの守護神コール何処行ったよ!?
『埒が明かぬ。……裁判長、己れから提案がある』
「…………被告バジリスク、提案を述べよ」
心成しかリッチの声も心成しか冷たい。
オイ、マジでさっきまでの蛇様コールどこいったーっ!!
『真実の魔石の使用許可を寄越せ』
「……宜しいのか?」
『己れの潔白を晴らすにはそれが合理的だ。それに、これ以上、己れが不当に貶められるのは――――我慢ならぬ』
苛立ちは隠さす、ドラゴンに向けて撒き散らす。褒賞の話から一転してオレは最低野郎扱いだ。流石に温厚を信条にしてるオレでも許し難い。
『妾の柔肌を辱めた責任を取って貰えれば、許してやると情けをかけておるに』
『ハッ、抜かせ。貴様は羽の無い己れを嘲るばかりではないか。戯言も程々にしておけ』
その切なそうに睨むの止めて貰えませんかね。
強気な雌の涙目って牡には効くんだよッ!!
それでは肝心の真実の魔石の説明だ。
この魔石は希少なもので、日に三回程度しか使えない代物。効果は、魔石に触れている者の真偽が即座にわかると言う物。現代社会における超高性能な嘘発見器である。こちらの世界では意外とポピュラーな魔導具で、現時点の裁判で良く使われる。
何故かって?
エルフ王国が輸出したからである。この間の戦勝会議でも是を使わせて貰って、虚言が吐けない様に縛った。こういう所はファンタジーが勝ってたんだな。
やっぱり精神は神秘に溢れてるから計測できねえよなあ。
てなわけで、人間の頭大の意思が目の前に運ばれてきたので、前脚を両手代わりに使って、丁寧に、なんとか、よいしょっと、持ち上げてっと。
『告げる。是より己れが告白せし事は全て真実なり』
使い方は簡単で、魔石に触れたまま宣誓する。
すると魔石に刻まれた魔導刻印が起動して、勝手に機能を起動させる。
『一つ、己れは決して人化の術を使う事は出来ない。何故なら、人化の術は己れがギガントエルダーバジリスクキングと同等以上、或いは其れに類する存在に進化せねば獲得できないからである』
魔石が機能を発動させてから嘘をついたら真っ黒に染まる。発言してから放つ魔力光はずっと白である以上、オレの発言は真実だ。が、当然の様に抜け道があって……。
『~~ッ!! 貸せい!?』
徐に、ドラゴンが翼の爪でオレが持つ魔石を巻き上げて。
『告げる! 是より己れが告白せし事は全て真実なり! 妾を組み敷いた痴れ者は人化の術を使ったそのにいるバジリスクに間違いないのじゃあ!! 出なければ妾は見ず知らず蛇に組み敷かれると言う屈辱と味わった上に痴態を曝した事になってしまうわぁ!!?』
ドラゴンが切羽詰まった様子で相手に白状してはいけない事も迄白状してしまっている。今までの傲岸不遜な態度はポーズだったのか。ちょろい。チョロすぎる。然し、困った事になった。ドラゴンの発言に魔石が白い光を放っている。真実だ。周りの目とかプレッシャーが色々合わさって、吐きそう。気持ち悪い。頭がぐるぐるとしてきた。待て、落ち着け。まだ倒れる時間じゃない。痛む頭を尻尾で抑えつつ、オレの無実を証明しなくては。
『裁判長、己れとドラゴンの発言に偽りがない以上、原告とも平行線になるのが察せられよう。故、被告から証人へ、幾つか確認を行いたいが良いかね』
「許可する。被告バジリスク、証人ドラゴンへ質疑を行われたし」
リッチもオレと同意見らしくスパっと話を薦めさせてくれる。そもそも、民衆の前でオレをハメようなどと
さあ、頭の悪いオレでも簡単に出来る冤罪証明をはじめよう。
『ドラゴン、まず確認をさせよ』
『なんじゃ、妾の言葉に偽りがないのは確認済みであろうて!』
『噛み跡を見せろ』
『そんな事か。ならばほぅれ、その節穴で』
『戯け。人化した状態で見せろ』
『んな。衆愚の前に妾の痴態をさらせ等と鬼畜な!?』
ほう、オレの前では良く人化していたが、どんな理屈なのか。心成しか女性陣の目が痛い。モンスター娘二匹も何故睨む。お前らは上半身ほぼまっぱじゃねえか。
『戯け。己れはその噛み跡が貴様の歯型と一致するかしないか確認したいだけだ。今までは愛嬌として見逃していたが、我慢ならん。貴様は眠っている時の噛み癖があるからな。己れが何度噛まれた事か。この尾を見よ。今朝とて、何度貴様に咬まれた事か。……故、その歯型が貴様と合致する事、そして貴様自身が咬める場所であるのなら是を否定できまい。原告以外の牝に確認させて参れ。早々に。己れは、先程から気分が優れんのだ』
今更になって二日酔いが酷くなって来たのか。気分が、眠気も半端ない。女性陣に確認させて来た結果、オレの推測通り、全部同じだった。ドラゴン涙目待ったなし。都合よく流れが来てるので、畳みかけるとしようか。証人、貴様に慈悲は無い。俺の尊厳を貶めてくれた落とし前をつけて貰おうか。
『噛み跡の件は是で解決したが、まだ問う事がある』
『……なんじゃ、これ以上、辱める心算なのかえ?』
涙目。たまらん。ドラゴンであろうと女と分かっているので余計に溜まりませぬなあ。
じゅるり。待て待て待て待て、発情期なのか、オレよ落ち着け。
『大事な事だ。とても重要な事だ。問おう。貴様は己れの番になりたいのか?』
落ち着こうと水を飲んだドラゴンが、痛恨の噴出し。
直撃を受けたエルフ近衛兵は許してやってくれ。
『もっと踏み込むのならば、それを望んでいるのか?』
一般的な男がしたら自意識過剰で気持ち悪がられる究極発言。だとしても背に腹は代えられない。
どうせならダメ出ししておこう。
『己れの子を孕みたいのか?』
あ。ドラゴンが逆鱗まで真っ赤になって、脚をぷるぷるさせ始めた。女性陣が呆気にとられている。おいエルフ王、お前がドン引きするな。
モンスター娘二匹がぶんがぶんがとすごい勢いで縦に頷いている。流石弱肉強食の住人、正直でよろしい。
『で、あるとするならば、貴様の願望が夢としても仕方なかろう。懸想した相手が毎度毎度、傍で眠るのだ。良く理性を保っていたものだ、感心する』
「はっ!? さ、裁判官、被告の発言は著しく――」
『貴様にも問いを投掛け様、ヴァンパイア。何故、このような場で此度の事を強行した。己れは悲しいぞ。貴様ならば、権力や立場等の柵が無く、自由な個として語り合える対等な存在であってくれると期待していた。だのにこの仕打ちは何事だ。貴様もまた、己れの血を欲したのか? そうだとし、これはあまりにも非道ではないか』
「……っ」
『己れには、ささやかな願望がある。が、何よりも優先しなければならない使命がある。この森を中心とした世界を守り紡いでいく使命だ。己れが天に召すその時までに我が継嗣を設け、教導し育てあげなくてはならん。天はソレを急かしておられる。もう時が無い。己れは我が番を探さねばならぬ』
形の無いモノは壊れてしまっては、元に戻すのは困難。ああ、気分が悪い。吐きそうだ。どれだけ望んだものがあったとしても手に入らない。前世では友人がいなかったからと、高望みをしてしまったのがいけなかったのだろうか。ヤバい、しんみりし過ぎて泣きそうだわ。
静まり返る場。原因はオレにもあるんだろうが、熱烈なお祭りムードも台無しだ。なら、さっさと終わらせて、直ぐ様立ち去りたい。だというのに……。
『――その必要はない、蛇』
……もう堪忍してつかぁさい。
これ以上の厄ネタはオレのちっぽけな自尊心を粉砕しちまうよ。
『愚弟、もう全てを明かしてはどうだい』
このタイミングで介入してくるのは奴等しかいない。
影を纏った輪郭が朧な黒豹カズエル、大きな翼を持った炎の鳥ハルファス。
一緒に転生して来たオレの姉妹である。満を持して感が半端ないので間違いなく狙ってやって来たに違いない。
「おおっ!? 山猫様と不死鳥様が!!」
「ありがたや、ありがたや!」
「カズエル様ー!」
「ハルファス様ー!」
葬式ムードだった王城周辺のエルフ達から歓声があがる。
二匹の登場で陰鬱な空気が払拭されて助かった。あのまんまじゃ後味が悪くなる所だった。
けれども、オレはそれより姉妹の物言いが気にかかる。
『一体何を申すのだ。森を守る後継を遺さねばならぬのに、その必要は無いなぞと世迷い事を。姉上も、己れに何を明かせと言うのだ』
『君が誰を番にしたいのか』
一体全体唐突に何を言い出すのかこのクソ姉えええっ!!?
オイ、エルフ達、急にざわめき出すなよ。ドラゴン達も目が怖いってマジでっ。
『蛇、明言した方が良い。それが懸想する者達も諦めがつく』
鬼畜妹も何を言い出すかと思えばッ!!
この民衆の前で告白しろと?
恥ずいってレベルじゃない。公開処刑じゃねえかよ?
『可能不可能は余所に、告解したまえよ』
『そうだよ、愚弟。こういう事は素直に言葉にした方が良い』
『だから――』
『そう、だからね』
『『さっさと言え』』
……………………。
言わないと今この場で噛み殺すって目で命令する転生獣二匹。
無理っす。勝てねえっす。ああもう白状するよちくしょおおおおっ!!
『アーシェ、アーシェラ・ネイビス』
転生したばかりのミニマムリトルバジリスクだった頃のオレ。
死に掛けつつ生きる事に執念を燃やし続けた幼少期。
その最中、偶然出会った幼いエルフにオレは一目惚れした。
『未熟な頃から河の畔で共に過ごしてきた馴染の黒い肌のエルフ、己れは彼女に出会った時から懸想していた』
出会って、なんやかんやあって一緒に遊ぶ間柄になった。
大人になってからも、ずっと互い傍らで過ごした。
生きる苦労も、逢瀬とも言えない共有した時間だけが、オレの癒しだった。
恋をした。
『故、人化の術を求めてギガントエルダーバジリスクキングを目指した』
オレは蜥蜴、彼女はエルフ。
生き物として結ばれない。だから長い間この恋心を秘めていた。だからこそ、術を見つけた時は必死になった。恐らく前世の時も含めて、これ程本気で打ち込んだ事はなかっただろう。
結局は二人の姉妹共々、数百年経って尚ついぞ会得出来なかった。
『人の姿を得られた時に、この胸の高鳴りを伝えようと心していた――それが己れのささやかな願い』
本当なら、何の柵も無い場所で想いを伝える筈がとんだ茶番になってしまった。
想いを伝えるだけ伝えて、どうなるのだろうか。伝えてどうなりたかったのか。
擦違う事無く心通わせられれば、余人はそれで幸せだと言う者もいるだろう。
でも、オレはそうではない。どんなに持ちあげられようと、低俗だ。
好きな女がいる。だから自分の物にしたい。
手を繋ぎ、肩を寄せ合い、瞳を見つめ合い、髪を撫で、頬を撫で、寄り添いあって。
もちろん、それだけで満足できない。心も体も繋がり重なりあって、子供を作って家庭を持ちたい。
『なら、問題ないとも蛇よ』
願いは叶わないと言うのに、何が問題ないのか。
『わからない? それとも気が付いてないのかな。朝から体に変調を起きてたでしょう?』
ああ、そういえば、さっきから二日酔いととんでも裁判で頭がぐわんぐわんする。
『我ら、ランクアップするとの事だ』
なん、だと。そう言う前に、身体が燃え立つ。
内側から膨れ上がり、体から発する熱のあまり、体表から湯気が立ち上る。
咽喉が詰って息苦しい。視界が明滅する。苦悶の声が三つ重なる。
咆哮する三匹の獣。
結果、三匹の魔獣は存在進化を遂げる。
ブラックレイスハイロードジャガー。
ハイロードアジュアフェニックス。
ギガントエルダーハイロードバジリスク。
キングに比類するハイロードへと三兄弟は進化した。
ああ、つまり、人化の術使える存在へと――――アレ、これ、ヤバくね。
この状況でソレがバレたら、マズい気が……。
「ユージーン」
『如何した、アーシェ』
進化直後の気怠い感覚を忘れて、呼び声に向けて振り返る。
そこには、恋しい彼女の姿があるのだけれども……。
「貴様達、まるで飢えた狼の瞳で何故己れを見る」
「これってつまり、子作りの障害が無くなったわけよね」
「お間違いないはずなの。異種族でも問題ないの」
「幻想種がお相手なら、わたくしもややこを……?」
『そうであろうな。想念さえあれば生死の別無く誕生させられようて』
人外娘達が何かオレの意思を余所にヒートアップしていく。
行き遅れ間際の執念らしき業がオーラとなって見えるよう、いや見えちまってる。
それを察してるアーシェが、カタカタと壊れかけの人形みたいに体を震わせて言う。
ユージーン、逃げて。すぐ逃げて。
声を聴いた瞬間、オレは全力脱蛇。
逃げた、と女たちの声。それは逃げるわいっ!
ハーレムは男のロマン。でも夢で済ませてるから良いんだよアレって!?
オレはいやだぞ、修羅場な家庭なんて御免被る!!?
オイ、そこの神、結局そうなるよなとか笑ってんじゃねえええ!!!
誰か、誰か助けてえええ!!!
『おやおや、爬虫類の王は此度もお困りのようだ』
『ダメ男はダメ男なりに頑張るしかないね』
オレは地を這うものどもの王。
亜人と魔物が棲む太古の森の主。
行き過ぎた行為で神の眷属に召し上げられた生物。
はちゃめちゃなイベント勢ぞろいで見目麗しい女性のフラグをブチ立ててしまった甲斐性無し。
「「「『乙女の純情を弄んだ罪を抗いなさーい!!』」」」
オレの名前は■■■■。訳合って、人類以外に生き物に転生している。
地に這うものどもの王。亜人や魔物が棲む太古の森を縄張りにする化け物の一角。
良い子の皆、オレが言っても説得力ねえけど、恋しい相手は一人にするんだぞ。
男の甲斐性ってのは大抵一人で自分と相手とその子供までしか抱えられねえんだから。
夢を追い求めるのも程々にしておけよ!
終われ。