6-30 忍び寄る殺意
「えぇ、そうなの。まさか目を覚ますだなんて。しかも意識までハッキリしてるのよ。」
お母さんは電話で誰かに私が目を覚ました報告をしていた。
さっきは足なんていいじゃないのだなんて酷すぎると思っていたけど、生きていたことが嬉しかったからついつい言ってしまったのかな。
私はお母さんの事を酷い人だと思ったことを反省した。
反省したのだ。
「あのまま死んでくれてたらたっぷりお金が下りたのに。そうすれば煩わしいのも居なくなって拓実さんと二人きりになれたのに。私ってば呪われてるのかしら。まぁ薬が手に入ったのが目を覚ました日で誰にも知られてないのはラッキーね。どの道あの子は目覚めたことを誰にも知られずに死ぬことになるのだから。ええ、もちろんバレないように上手くやるわよ。この後すぐにね。……直ぐに行くから待っててね。拓実さん。」
……………………お母さん。
「うぅっ……うぅぁ………。」
―――――――あんまりだ。
五年以上も異世界で生活していたはずなのに。
あんなに頑張って生きてきたのに。
命辛々魔物達から逃れて王都へ辿り着き、死ぬ思いで力を付けた。
力が付いてきたら怖い魔物を倒して更に強くなって、見ず知らずの私を受け入れてくれた王都の下町の皆の為にもっともっと頑張った。
それなのに……目が覚めたらベッドの上。
下半身不随。
そして女手一つで優しく一生懸命育ててくれた母の豹変。
お願い。
誰か嘘だと言って。
これが夢なんだとそう言って。
異世界の全てが消えただなんて信じる事が出来ない。
現実がこんなだなんて冗談だと言って。
大好きになった皆に逢いたい。
誰か私を連れ出して。
あの輝いていた日々へ。
これ以上、これ以上の変化なんて……耐えられないから。
お願い。
「…………助けて。」
私が絶望感に包まれ心から願った時……それは転がってきた。
「ハルト……さん?」
ハルトさんが試練の直前に投げ渡してくれた綺麗な石がベッドの上から転がってきたのだ。
石はそのまま転がっていき、病室の扉にコツコツと当たって外へ出ようとしていた。
「異世界は夢じゃ無かった……の?」
そうなるとここはどこ?
異世界はあるけど地球に戻ってきたってこと?
「何にしても石ころちゃんが行く先にきっと答えがあるはず…。」
私は扉をあけて病室から這い出た。
石ころもコロコロと進んでいくので、それに腕の力だけでどうにか付いていく。
「一体どういう事なの…。」
部屋を出たのはいいが、通路にもナースステーションにも他の病室にさえも人の気配が全くない。
看護師や他の患者を一人も見かけないのだ。
しかし悩んでいても何も変わらないので、石ころの後をひたすら付いていった。
通路を奥まで進みどうにか階段を下りる。
私が遅れると石ころは待ってくれていた。
私の病室は三階にあったようで、這っていくには階段が長かった。
だけど何とか一階まで下りてくることが出来た。
「あそこが出口…。」
石ころも出口の自動ドアへと向かっていくので、痛む体へ鞭を打って進む。
その時………エレベーターが開いた音がした。
「あら、藍那じゃない!どうやってここまできたのよ!!」
エレベーターから降りてきたのはお母さんだった。ニコニコと笑顔なのだが、目だけは全く笑っていない。
「わ、私……外に行きたいの。」
「何馬鹿なこと言ってるのよ。さぁ、病室に戻るわよ!」
「いやっ…離してっ!!」
私の腕を掴んだ手を振りほどく。
すると今まで見たことの無い表情でお母さんは怒鳴りだした。
「いい加減にしなさい!!……あんたはほんと駄目な子ね!!!!生まれてから今までずーーーっと私に迷惑ばかりかけて!!!母親に苦労させといてあんたは何も思わないわけ?あんたも親孝行する時が来たのよ!さぁ!!!!!!病室に戻るわよ!!!!!」
私の髪の毛を掴み母親は引き摺り出した。
「痛い!!!離してっ!!!!」
髪の毛を引っ張られる痛みでつい両手が頭に向かってしまう。
手が自由に動かせず下半身も動かないせいで何も出来ぬまま通路をズルズルと引き摺られていく。
そして…エレベーターが見えてきた。
部屋に戻ってしまったら、取り返しのつかない事になる気がする。
「いやっ!!お願い……助けてお母さん!!」
「………。」
先程まで怒鳴り散らしていたお母さんは、目を見開いて前を向き返事をしなかった。
恐怖からか力が入らない。喋るのにさえ恐怖を覚えた。
そしてとうとうエレベーターの前まで来てしまった。
「お、お母さん!!怖いよ!止めてよ!!」
「……まだ分からないの?あんたは邪魔なのよ。そして誰もあんたなんかを必要としてないの。それが分からない?本当に分からないの?ほんと頭の悪い子。だから病気になんかなるのよ。」
酷すぎる。涙が止まらない。
何も出来ないまま私はエレベーターへと押し込まれた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「うー。うーうー。むーーーー。」
「唸ってても、二人は戻ってこないぞ。」
「だって心配なんだもーん。ご主人様~。ご主人様は心配じゃないのー?」
シロは二人が中々戻ってこず、居ても立ってもいられないようだった。
ふらふらと歩き回ったかと思えば、ゴロゴロと寝転がって呻き声を上げていた。
「もちろん心配な気持ちはあるよ。だけど二人の試練だから、俺達は信じて待つしか無いからな。」
「むー。ご主人様は大人っぽいなー。渋いー。シロも渋さを醸し出すー!!!」
俺の創った椅子にシロは腰掛けると、両手を広げ足を組み踏ん反り返る。
「ご主人様~、シロ渋い~?」
ワイン片手にバスローブで決めたぜって感じだが、それがシロのイメージした渋さなのか。
「あぁ、余裕は感じるな。」
「余裕あるー。大人っぽいなーシロはー。」
シロ……可愛い。
そんなくだらない遣り取りをしていると、突如扉が光り出した。
「シロ、どっちかが戻ってくるかもしれないぞ。」
「ひゃほーい!!ルカちゃんかな?アイナかな?ぷにぷにかも?」
え?ぷにぷに?
ぷにぷには無いだろ。
シロの謎の予想はさておき、ゆっくりと扉が開いていった。




