6-9 黒き天災
「…遍く生ける吹雪の精よ、凍土を統べし氷精よ、仇なす魔の源を絶つ力を与えよ。白氷武装。」
「ウニャニャ!すんごい魔力ニャ-!!!」
「手は抜かないと言いましたから。白氷刀。」
私が白氷刀を生み出すと、途端に猫人族は後ろへと跳びあがり距離を取り直した。
「流石にその剣はやばそうニャ~。打ち合ったら爪どころか頭が無くなるニャ。」
「来ないならこちらから行きますよ。」
白氷武装の魔力を掌に集める。すると先端が鋭く尖った氷柱が生み出され、猫人族に迫る。
「ニャニャ!?いきなり遠距離攻撃はズルいニャ-!!」
文句を言いながらも素早く動き、氷柱を華麗に回避していく。
「戦いですよ?」
手を振り翳し、再度氷柱を発射させる。
「ウニャン!!?耳に当たったニャ-!!」
耳をスリスリしながら猫人族は涙目になっている。
「……分かったニャ!テイマーはテイマーらしくやらせてもらうニャ。……アニマールド。」
猫人族が唱えると、手元に鳥籠の様な物が現れた。
「ウチは戦うのが本当に苦手ニャ。だから代わりに戦って貰うニャ。……卑怯では無いニャ?」
意外と真面目な性格なのか、卑怯にやたらと反応してくる。
「もちろんです。何体来ようと構いません。」
「……テイマーは弱いニャ。だから自分よりも強い魔物をテイムするんだニャ。」
確かにテイマーとはそういうものだ。だが猫人族でも充分な強さはあった。
これ以上に強い魔物とはどんな魔物なのか。
それでも私は気持ちで負けるわけにはいかない。
「どんな魔物にも負けません!!」
気合いを入れて声を張る。猫人族はそれを聞くと意味深な笑みを浮かべた。
「氷龍姫は確かに強いニャ。だから数出しても無駄遣いニャのは分かる。でもどんな魔物にも勝つのは無理な話だニャ-。……氷龍姫には龍ってことで、私のじゃないから嫌いだけどこいつにするニャ。いでよ……ヴァルデバラン。」
猫人族はニヤリと笑みを零すと鳥籠の扉を開いた。その時扉についていた装飾の一つが鈍く光る。
「邪神の欠片…。」
「ニャんのことかニャ-?それよりも準備しないとすぐに死ぬニャ-。」
嵐帝龍ヴァルデバラン。黒き天災の二つ名を持つほどの悪龍。
二つ名の通り全身黒く、鎧のように分厚い龍鱗をもち、四本の尖った角。
巨大な体に生える尻尾は、一振りで触れた全てを薙ぎ払う。
飛龍種の中でもずば抜けた体躯の持ち主だが、もう一つ脅威なのは風雨を自在に操り容易く災害を起こすことが出来る程の能力だ。
人族の街は勿論のこと種族を問わず襲いかかり、目に付く全てを食らい尽くす。
そして腹が満たされれば今度はその飯場を滅ぼしてから立ち去る。
二つ名は紛れもなく天災級の被害を生み出す為につけられたものだ。
運悪くヴァルデバランが街に現れたら、全てを諦めろ。万が一にも生きてはいられないのだから。
それは言い伝えとして、殆どの者が聞かされる。勇者でも無い限り対応出来る者はいない為だ。
亜人族含む人族の遭遇は、確率で言えば殆どが人生で一度も遭遇しないだろう。
記録で言えば十数年前に一度人族の街が滅ぼされている。
そんな確率でさえも人族で知らない者はいない程の有名な魔物だ。
紛れもないSランクだ。ガンマダの使役していたアグナゴルもSランクだが、ヴァルデバランはそれとは比べものにならないだろう。
「古龍を……テイム?そんなことが…。」
そんなこと聞いたことが無い。これ程までの強力な魔物をテイムするなど有り得ない事。
「不可能ニャ。普通なら。」
やはり邪神の欠片の力は生半可では無いようだ。
「ならばその邪神の欠片の力でテイムした魔物を討伐するまでです!!」
「やれるものニャならね。暴れてきニャさい、ヴァルデバラン!!」
「グブォオオオォォォォーーーー!!!!」
こんな強烈な咆哮聞いたことが無い。ヴァルデバランが叫んだだけで衝撃波が襲いかかってきた。
「……龍飛剣・紅一式。」
透明だった刀が赤く染まる。それを二度振り抜くと、二本の大きな赤い氷の刃が生まれヴァルデバランへと迫る。
ヴァルデバランは避けもせずに太い尻尾を振り赤い氷を弾き落とした。
避けず余裕を見せたが、その尻尾には一筋の血が垂れていた。
「ニャハハハ!そんな攻撃じゃヴァルデバランに利くわけ無いニャ-!!!」
「まさか、あれで終わりだとでも思ってるのですか?」
私がもう一度魔力を流すと白氷刀は赤く染まる。
「…砕かれし赤き氷の刃よ、今一度集い紅に染まれ。龍飛剣・紅二式。」
赤く染まった剣を地面に突き立てると、剣の赤さが徐々に抜けていき地面へと流れていく。
やがて魔力が行き渡ると砕けた紅一式の氷の欠片がヴァルデバラン目掛けて動き出す。
「千切れなさい。」
赤い氷は流した血を求めて突き進む。ヴァルデバランも強力なブレスを放つが赤い氷を止めることは出来なかった。
「グブォオォォーー!!!!!」
傷付いた尻尾の根元に赤い氷はどんどん突き刺さり、最後にはヴァルデバランの太い尻尾の中程を千切ったのだった。
「ニャ-!!!!有り得ないニャ!!!!!」
「見えていないのですか?」
血を噴き出しながら、今まで一度も味わったことの無い痛みにヴァルデバランは激しく暴れ咆哮を上げる。
ブレスを吐き散らし、周辺の氷の木々や丘などが消え去っていく。
こちらが追撃しようとすると、龍種特有の治癒力で血が止まり目付きが変わった。
本気になったようだ。
「グブォオオオォォォォッ!!!!!!!」
「ハァァァッ!!!」
ヴァルデバランの風のブレスを切り裂き力尽くで進んでいく。お互いに力比べをしながら、どんどんと強まるブレスを剣技を飛ばして突き進む。
「ッ!!!」
強力なブレスに集中し過ぎていて猫人族を忘れていた。何も1対1だとは決めていない。
突如生まれた気配に気付いた時には遅く、肩には巨大なナメクジのような魔物が貼り付いていた。
それはヤルと呼ばれる猛毒を持つヒルの魔物だった。
「吸っちゃってニャ-?」
「転移…。くっ。」
まさか猫人族が転移を使えるなんて…。
今剣技を止めるわけにもいかないので、無理やり片腕で剣技を放ちもう片方の腕でヤルを掴み潰す。
「一本…取られましたね。」
力比べもあと少しで勝利出来そうだったが、一旦横に反れて距離を取る。
「一気にカタを付けます。エチカちゃん、早速ですが力を借りますね。」
毒に犯された。もう時間はかけられない。
「氷土に遍く住まう氷精よ、女王リリノエチカの名の下にここに集い、悪龍を断ち切る蒼き氷剣となり悪龍を断ち切れ。」
「ニャ、ニャんだそれ……聞いてニャい………。」
眩いほどに蒼く輝く一振りの剣が生まれた。一度使えば消えてしまうその蒼剣を手に取る。
「グブォオオオォォォォーーーーーッ!!!!!!!」
ヴァルデバランは嵐帝龍の所以となっている嵐を巻き起こす。
普通の人族ならば立っているどころか、直ぐさま空へと投げ出され喰われるだろう。
激しい暴風と雨を氷の結界で辛うじて防ぐ。その時、嵐の中を泳ぐ雷が目の前に落ちた。
それを見た私はこんな状況の中、たった一つだけの事を想う。
「ただの雷を見ただけなのに、それだけで気持ちが暖かくなるだなんて。ふふっ、おかしいですね。ハルト様…強くなりますから、待っていて下さいね。」
「何を笑っているニャ-!!早く殺すニャ、ヴァルデバラン!!」
「グブォオオオォォォォッ!!!!!!!」
体を起こした悪龍は深く息を吸い込む。まるでこの嵐を呑み込むように。
これは恐らく、嵐帝龍の名が広く知れ渡った一撃であろう。昔の王都を一撃のもとに滅ぼしたヴァルデバラン全力の真空波のブレス。
ヴァルデバランが息を吸い込み終わるのと同時に今の私の最大の剣技も完成した。
「参ります……零・華龍。」
全力で蒼剣を振り抜こうとしたその時、何故か私の傍で猫人族の声がした。
「ニャハハハ。空へと放てヴァルデバラン。」
一体……何が起きたのか。
答えは出ぬままの私が見たのは、何故か空へと向かって真空波ブレスを放つ嵐帝龍ヴァルデバランと、空を舞う私の折れた蒼剣の刀身だっだ。