6-5 密林と砂漠と氷の大地
ボス部屋の二十階を終えた俺達は階段を下りていた。
すると突然霧が立ち込める。
「二人とも足元に気を付けて。」
「…。」
「…。」
何故か返事が無い。30センチ先さえ見えない濃霧で視認することが出来ない。
「ルカ?シロ?」
気配察知へ意識を向けるが、何一つ反応がない。
「何が起きた…。霧のせいか?」
全てが無反応の為、言葉は独り言となる。手を伸ばし周囲を確認するが、いくらやっても壁しか触れない。
嫌な予感がする。
俺は立ち止まっても仕方ないので、歩を進める。もしかしたら、霧の先で二人が待っているかもしれない。
足元さえ見えぬいつもより長い階段を下りていく。すると突然霧が晴れ、階段の出口へと出た。
出た先はジャングルのように木々が鬱蒼と生い茂り、またしても先が見通せなくなっている階層だった。
振り返ると、濃い靄がかかっている階段がある。もしかしたら俺が一番で、これから下りてくるかもしれない。
そう思い、しばし待つことにした。
「…。」
五分は経過しただろうか。それでも二人の気配は無い。
「おーい!ルカー!!シロー!!」
声をかけるが俺の声が木霊するだけで、返事は無かった。
もし二人が先に下りていたら、俺を待たずにルカが先に進むなど有り得ない。そして、シロなら鼻が利くから待っている事だろう。
「分断…されたか。」
どうやら仲良く最強パーティーで楽々踏破はさせてくれないようだ。
「うーん…ルカもシロも強いから容易くやられたりしない筈だけどなぁ。まぁどこで合流出来るか分からないが今は先に進むしかないな。」
予想外の出来事だったが、俺は気を取り直して進むことを決断した。
「しかし困ったぞ。シロを頼りにここまで来たから、全く階段の位置が分からん。広そうなフィールドだし、階段があってもスルーしそうな程に視界が悪い。」
魔力が勿体ないが背に腹はかえられぬ。
「マジック・クリエイト。」
俺はダンジョン専用のサーチをイメージする。上手くいくといいんだが。
「よし、出来た。ダンジョンサーチだな。」
試しに使うとこの階層の情報が浮かび上がる。
「この階にシロとルカはいないのか?それにしても広いな。」
多めの魔力を注ぎ五キロ四方にサーチを広げる。しかし、ルカとシロどころか階段すら見つからなかった。
「とりあえず………走るか。」
俺は足に雷の魔力を纏い勢い良く走り出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「んー?ここどこー?また暑い-?」
さっきまで階段にいたのに、今は砂漠にいるみたい。
「ご主人様-?ルカちゃーん?」
名前を呼んでも誰も返事をくれない。
「ご主人様の匂いしない。あっちかな。」
突然一人ぼっちになってしまったので何だか寂しくなってきた。
居たたまれずに走ることにした。
「ご主人様-、ていっ!ルカちゃーん、ちゅりゃ!」
二人の匂いがするまで走り続ける事にして走っていると、砂漠の砂の中からどんどん魔物が現れる。
「ちぇーい!とう、とう、とーう!!!」
足の沢山生えた鎧のような甲殻を持つ茶色い虫や、屍肉を漁るのが好きな鳥や砂に擬態する亀。
足の短い丸い黒い蜘蛛など、様々な魔物を一撃必殺で走り抜ける。
「うわーん!ご主人様の匂いしないー!!」
いつも傍に居たせいで、すごく不安になってくる。ご主人様の匂いがしないだけなのに涙が出て来た。そのせいで気付けば歩みは止まっていた。
長い時間膝を抱えてシクシクしてるときも、魔物達はやってきた。
八つ当たりのように排除してはシクシクし直す。
しかし、泣いてるだけじゃご主人様やルカちゃんに会えないから、立ち上がって砂を払う。
「ぐすっ。……………………。シロ負けないもん。」
早くご主人様に抱きついて、頑張ったのを誉めて貰いたい。
「ご主人様-、ルカちゃーん!待っててねー!!!」
そして二人の元へと向かい、走り出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
霧に包まれると突然足元に魔方陣が浮かんだ。急いで回避しようとしたが間に合わなかった。
そして気付いたときには景色は一変しており、氷の極地のような氷だらけのフィールドにいた。
恐らくあの魔方陣は転移装置で、私は二人と分断されたようだ。
「ハルト様とシロちゃんは大丈夫でしょうか。」
私なんかよりもずっと頼りになる二人なので、私が心配するのも烏滸がましいのですが。
それでも勇者との戦いが僅かに脳裏をよぎる。
「きっと二人なら大丈夫ですね。さて、私はこれからどうしましょうか。」
二人の気配などが全く感じられない為、別の階層かまたは全く別の所へ飛ばされたか。
ダンジョンに関連したものならば、ダンジョン内へと転移させる装置だったはず。
ここで待っていたとしてもハルト様なら間違いなく私を探しに来てくれる。しかし今の私は自らに課された試練の最中だ。その選択肢はない。
「きっと二人はすぐに私よりずっと先に進んでしまうでしょうね。ハルト様、シロちゃん待っていて下さいね。私も頑張りますから。」
私はハルト様の隣に自信を持って立てるようになりたい。そんな思いを抱き私は歩き出した。
しばらく歩いていると巨大な白いウサギが群れをなして跳ねているのが見えた。
その群れの真ん中には氷で出来た蛇の魔物がいる。そしてその蛇が咥えていたのは、ウサギの魔物の子供だった。
「…弱肉強食。ですが見てしまったら見過ごせませんね。」
ヘタをすれば子供を攻撃したと群れに勘違いされるかもしれないが、見て見ぬふりをするよりはいい。
「アイスギーヌ!」
蛇の頭上に魔力が集まり氷の刃が浮かび上がると、すぐに落ちていった。
ギロチンのように首元へと落ちた刃は容易く蛇の頭と胴体を分断する。
すると、咥えられていた子ウサギが顎から飛び出して、ぴょんぴょんと跳ねて群れへと帰っていくのが見えた。
「無事でよかったです。」
子ウサギと合流した群れは、氷の地面を掘りだした。
「ハルト様なら間違いなくこうしたのでしょうね。私もこれで少しは魔物に好かれるようになるのでしょうか。」
呟きながらウサギの魔物の群れを見ていると、どんどんと掘り進みすぐに氷の地面へと消えていった。