4-1 ムッツリー王子
俺たちはリスキアと別れた後、龍人の里スカイガーデンへと向かった。
道中、多少魔物は現れたが特筆すべき事もなく、スカイガーデンへと辿り着いた。
龍人族のみんなは心配で居たたまれなかったようで、里の外まで来ていた。
マナシラ様やグナシアも笑顔で出迎えてくれた。
「ハルトならやってくれると信じていたよ!!不甲斐なくてすまなかったね。君は龍人族の英雄だ!!!ありがとう!!!!」
「ハルト君、約束通りに全て守ってくれたのね。グナシアやルカのこともそうだけど、ハルト君もちゃんと無事に帰ってくれて本当に嬉しいわ。ありがとう。」
そう言うとグナシアは、マナシラ様とルカを抱きしめ、そして俺も何故か巻き込まれて4人で抱き合うという、不思議な光景となった。
それからというもの、飲めや歌えやの大騒ぎとなり、ルカ曰く、宴会は3日程続くらしい。
2日目の夜にグナシアから話があると呼び出された。
グナシアの部屋に行きノックをすると、グナシアから入ってくれと声がかかる。
「すみません。お待たせして。」
「いいんだよ、ハルト君はこの里の英雄だ。そんなに畏まること無いよ。」
「ありがとうございます。ところで、話しとは何ですか?」
「ハルト君。……君はどうして旅に出るんだい?」
うーん…当初の予定では冒険者になる為だったんだが、今は女神様からの頼み事……とは言えないよなぁ。
こんなことなら、リスキアに他言無用なのかどうか確認しておくんだった。
「今は言うことが出来ません。でも、グナシア様の気持ちを裏切るような事では一切無いと断言します。」
「いいんだ、興味本位な質問だ。失礼したね。ハルト君の事は信頼している。だから、君の気の向くままに好きにやればいいんだよ。」
グナシアと会話していると、信頼されるのが分かる気がする。偉い立場なのに、偉ぶることもなく、出会ってから今まで一度も負の感情を持ったことがない。
「……………ルカシリアに聞いたよ。ハルト君と共に旅立ちたいってね。」
いかん。俺から言わなくてはと思ってはいたが、酒盛りで忙しくて中々言う機会が無かった。
「はい。報告が遅れ申し訳ありません。ルカの力をお借りしても宜しいでしょうか。」
「……………。ルカシリアも一緒に行く……それでも目的は言えないんだね?」
「申し訳ありません。」
「分かった。」
グナシアは突然椅子から立ち上がるとこちらに向かって歩いてくる。
怒ってらっしゃるのかしら。まぁ、気持ちは分からないでもない。
グナシアは俺の前に立つと足を止めた。
「ハルト君、君の目を見ていればそれが遊びなんかではないと分かるよ。ルカシリアもそうだ。ハルト君と一緒にいたい気持ちはあるようだが、それ以上に何か覚悟を決めたような顔付きをしていたよ。」
大事な大事な一人娘を連れ回すんだから殴られる覚悟をしていたが、グナシアは突然俺の手を取る。
「迷惑をかけるかも知れないが……ルカシリアの事を頼む。」
グナシアはいつもの柔らかな表情では無く、真面目な顔で俺の目を見詰めると、頭を下げた。
俺は呆気に取られ、少し返事が遅れてしまった。
「…頭を上げてください。ありがとうございます。お願いするのは俺の方なのに。ルカの事は命に変えても必ず守ります。」
「ははっ、命に変えては駄目だよ。……必ず2人とも無事に戻ってきてくれ。」
「分かりました。必ず。」
その後少し雑談をして、俺はグナシアの元を後にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
三日目の宴が終わり、俺は客間で休んでいた。
「明日には出発か……。」
この三日間ずっと笑っていた。みんな気さくに話し掛けてくれて、一緒になって騒いで、楽しくて仕方が無かった。
みんなに揉みくちゃにされながら、ひたすら笑って呑んで、子供たちと遊んだり、壊れた家屋を直したり、武勇伝を聞かされたり聞かせたり。
中々ルカと話す時間も取れない位に楽しく過ごせた。
こっちの世界に来てから、あまり心から落ち着いていられる時間が無かったので、里を離れるのがとても名残惜しく感じる。
一人感傷に浸っていると、突然ドアをノックする音がした。
「あの…ハルト様……少し宜しいですか?」
訪れたのはルカだった。俺がどうぞと声をかけると、失礼しますと言いながらルカが入ってきた。
「いらっしゃいルカ、どうかした?」
「あっ…その……。」
ルカは下を向き恥ずかしそうにしながら、声を詰まらせていた。
「そうだ!今から少し散歩しない?」
「は、はい。」
何か用事がありそうだったが、連れ出して大丈夫だったかな?
ルカの屋敷を出て、夜のスカイガーデンを歩く。昼とはまた違った雰囲気で、幻想的な雰囲気が更に増している。
「ハルト様……あの…本当にありがとうございました。」
ルカはいつも通り恥ずかしそうに下を向いてしまっている。ルカはシャイだからな。
「ハルト様がいてくれなかったら、私も両親も…そしてこの里も滅んでいました。心から感謝しています。これからはハルト様の為に尽力します。」
「お互いがお互いの為に頑張ろう。それに、俺だってルカには感謝してるんだから。突然この世界に来て、正直不安でたまらなかったんだ。だけど、今は里の皆によくして貰えて、グナシア様やマナシラ様にも優しくしてもらえる。何よりルカと出会えたしね!おかげさまでひとりぼっちじゃなくなったよ。ありがとう、ルカ。」
するとルカはボロボロと泣き始めてしまった。
「グスッ…私…ハルト様に…怪我させたり…巻き込んだり…何も出来て無くて。それがどうしても嫌で……。ごめんなさい。」
「謝らないでよ。俺が自分で選んだことだし、大変だったけど今は本当に幸せな気持ちでいるよ。だから、顔を上げて。」
中々泣き止まないルカを慰めていると、いつの間にかスカイガーデンの中央にある公園へと辿り着いていた。
「座ろうか?」
「はい。」
公園には大きな池があり、その真ん中には噴水がある。きらきらとその周りをなにかが漂っていて、ファンタジーな雰囲気がすごい。
「綺麗な噴水だね。あれはどういう原理で光らせてるの?」
「精霊です。ハルト様には見えるのですね。」
あれ?普通は見えないのかな。
「皆には見えてないの?」
「精霊使いにか見えません。私は普通の魔法も使えますが、小さい頃からあの子達に手伝って貰った方が上手く魔法が使えました。何故か小さい頃から水や氷の精霊達が見えました。」
なるほど。俺も精霊さん見えるから、精霊使いになれる素質があるのかな。
「きっと、ハルト様の暖かい魔力に喜んで集まってるのでしょう。気持ちよさそうに踊ってます。」
そういえば、フォル爺も精霊のようなもんだとか言っていたな。俺以外には見えてなかったりして。
「案外余所者が来て慌ててるのかもよ?ルカを守れー!って。」
「ふふふっ。そんなことありませんよ。私もハルト様の魔法に包まれた時、なんて暖かくて気持ち良いんだろうって思ってましたから。」
ルカはこっちを見て微笑む。キラキラと光る精霊達に照らされるルカは、本当に美しかった。
余りの美しさに見とれるが、俺なんかがルカを好きになるなんて身の程知らずにも程がある。
……だけど。ルカの吸い込まれるような瞳を見ていたら、自分の気持ちがルカへと向いてしまっている事を思い知らされる。
「ルカ。」
気付けばルカの手に自分の手を上から添えていた。
「……ハルト様。」
見詰め合う瞳を先にルカが閉じる。
俺はルカの唇に……キスをした。
少し動いただけでも離れてしまいそうな程に、触れ合う程度のキスを。
時が止まったように、この瞬間が長くそして儚く感じられる。本当に止まってしまえばいいのにと思う。
恥ずかしながらファーストキスだった。
そう思ったら突如恥ずかしさの余り理性が無駄に出しゃばってきた。
「ご、ごめん!!!」
俺は唇を離すとすぐに謝った。あぁ、一生続けば良かったのに…
だが嫌われるのはもっと嫌だ。百戦錬磨の恋愛経験が欲しいぜ。
するとルカは俺の胸に頭を寄せてきた。
そして……。
「ハルト様…嬉しいです。」
ズキューーーン!!!!
完全に何かが胸を射貫いていった。駄目だ。身分不相応とは思いつつも、もう自分の気持ちを誤魔化すことは出来そうにない。
「ルカ!!!俺っ……ルカの事が好「ハルト坊~!!!こんなとこにいやがったか、探したんだぞぅ?ひっく…。明日ここを出てくそうじゃねぇか!!そうなら早く言え!寂しいじゃねぇか!!さぁ吞み直しするぞ!!!」……。」
人生初の一大決心の告白が……なんてタイミングで来るんだオッサン共め。
「あれ?ルカシリアちゃんも一緒だったか。ははーん、なるほどねぇ。こりゃ邪魔しちまったか!!ハッハッハッ!!!!」
龍人族の中でもドラゴン寄りの気の良いオッサン連中は笑いながら去って行った。変な所で気が利くじゃねーか。後で上等な酒でもたらふく呑ませてやろう。
「ハルト様。至らない所ばかりですが、これからも宜しくお願いしますね!私も頑張りますから!」
素敵すぎる笑顔で、ルカは俺に向かって微笑む。やはりこの世で一番綺麗なのはルカだな。
何となく消化不良な感じはあるが、今はルカの笑顔を見れているだけで幸せだ。
俺は幸せいっぱいに包まれて、ルカを屋敷へと送っていった。
しかし、その後オッサン連中に酒を持っていくと、ひたすらルカとの事を追求された後、ムッツリ王子というあだ名が付けられたのだった。




