3-24 黒槍と勇者
「それを使わせてはだめよ!!!」
アリスが慌てて声を出す。
その理由はクズ勇者だ。
最後の台詞の後に、魔族から買い付けたという魔物へと変えてしまう宝玉を取り出して、地面へと落とす。
「ちっ!!」
雷の魔力を脚に流し、一気に走り寄り飛び込みながら手を伸ばす。
「………あ、危ねぇ。」
俺は地面スレスレでキャッチする事に成功した。
流石にこれだけの魔力を消費して、神力もあと1回しか使えないのに、パワーアップしたクズ勇者と戦うのは正直勘弁願いたい。
ぶっちゃけ立ってるのもやっとなんだ。
「…………………。」
クズ勇者はまさか間に合うとは思わなかったようで、放心状態になってしまった。
「馬鹿な真似するんじゃねぇよ!」
俺は焦りと怒りでクズ勇者の顔をぶん殴る。
「……死にたきゃ勝手に死ねばいい。でも周りを巻き込むような恥ずかしい事するな。そんな自分本位な考えだから、独りだとか思い込むんだよ。」
「……ハハッ。まさか、ハルトに説教されるとはね。参ったなぁ。もうやれることも残ってないし、……完全にお手上げだよ。」
「それが嫌ならもっと強くなればいいだけの話だろ。つまらない手を使わなくても、勝てるくらいにな。」
「……確かにその通りかもね。」
座り込み、片方の膝を立て下を向きながら、少しだけ笑いながらクズ勇者は話す。
「ハルト………君は最強だよ。どんな魔王でも君には勝てないかもね。…………でもこれからは違うよ。」
「……どういう事だ。」
「僕がね、神殺しを成し遂げようとしていたのは、半分は僕の意思だ。だけど残りの半分は違うんだよ。ある人の命令なんだ。あのネックレスもその人の協力があって、手に入れることが出来たんだ。」
なんということでしょう。更に黒幕がいるってことなのか?
「まさか、邪神か?」
「んー、まぁこの魔装具は邪神の力といえるような力を使ってはいるね。けどその人はまだ邪神……神には至っていな……ッ!?」
突然小さな黒い影がクズ勇者と俺の間に現れた。そして、クズ勇者の顔面を鷲掴みにするとそのまま持ち上げた。
「ランく~ん???楽しくお喋りしちゃってぇ、どういうつもりぃ~???」
そこには黒い翼に黒い角を生やした笑顔の金髪少女が浮かんでいた。胸元にはクズ勇者と同じネックレスが下がっている。
「それ以上口を滑らされると、あたしが怒られるのよぉ~?貴方の憎しみは何処へ飛んでいってしまったのかしら~???」
悪戯っぽく笑うが、中に潜んだ力はとてもじゃないが、そんな可愛いもんじゃない。
クズ勇者以上に、脳内で警鐘が鳴り響いている。
「ちょっとは役に立つ新入りだと思って期待してたのにぃ~。ちょ~ガッカリなんですけどぉ。」
俺が一歩踏み出そうとすると、アリスに声をかけられる。
『だめよ。……今は動かないで。』
『あ、あぁ。……一体こいつは何なんだ?』
『説明は後で……お互い生きていたらするわ。』
「なぁ……何さっきから無視してんの?おい、ランスロット!聞いてんのか!!返事くらいしろっての!!」
ボロボロのランスロットにいきなり金髪娘はキレだして、ランスロットの顔面を鷲掴みにしたまま殴りだした。
なんだかなぁ。クズ勇者はクズだから、昨日の敵は今日の友とは言えないが、なんだか気分が悪い。
「おい。やめろ。」
俺は止められていたが我慢出来ずについ制止の声をかけてしまった。
「あ?」
「やめろっていってんだ!!」
俺はいつでも動けるように魔力を巡らす。
「ハルトく~ん?貴方がハルトくんかぁ。思っていたより大分弱そう。」
「だったらやってみるか?」
魔力をかなり持って行かれるが、神力を使う覚悟をして臨戦態勢を取る。
「はっ………人族風情がぁ……舐めるなぁっ!!!!!」
ヒステリック金髪娘はつり目を更につり上げて、怒声と友に魔力を解放する。
するとはっきりと禍々しい黒い魔力が彼女から放たれた。
覇気とも言える黒煙のような魔の圧力を受け、俺は1メートル程後退させられる。
「あら、よく耐えたわねぇ。普通なら私の気に晒されただけで死んじゃうのに~。気に入った~!!あんたこいつの代わりに私達の仲間になりなよぉ~!!」
先程までの怒りの表情が一変、ニコニコと八重歯を見せながら笑顔を見せる。
ただのヒステリック貧相金髪娘かと思ったが、情緒が安定しない扱いにくい危険な奴って感じだな。
「お前らの仲間になるメリットが何かあるのか?」
「そりゃあるに決まってるじゃないの!!この世界を手に入れることが出来るのよ?これはメリット以外の何でもないじゃな~い???」
こいつはチョロそうだな。クズ勇者が話そうとしたらぶん殴ってた癖に、自分はペラペラとお喋りを始めている。
「しかも、あんたならいいところまで行けるんじゃないかしら?あの方には私から話は通すしね~!しかも、今ならこの駄目勇者の狙ってた聖教国も付けちゃうわよ!!!」
「なるほどな。…ところでお前だけじゃなくて、他にもいるんだな?あの方ってのは誰だ?」
「もちろん私だけじゃないわ~?あの方ねぇ……それは流石に今は言えないわねぇ~。」
流石のお喋り金髪娘でもこれ以上は聞き出せそうにない。あまりしつこいと怒らせそうだしな。最後に一つだけ聞いとこう。
「わかった。ところでお前は誰なんだ?」
「……………。そうねぇ、自己紹介もしてなかったもんね~。だけどなぁ。……むー。」
しばしの逡巡のあとに不安定金髪娘は口を開いた。
「何だか調子が狂うわねぇ……まぁ、いっか。私はクロトワ。クロトワ・バルよ。で、決まったのかしら?」
「自己紹介ありがとう。だが断る。」
「は?!なんでよ!!!!自己紹介までさせといて今更断るって言うの?!」
本当に予想外だったようで、目を見開き狼狽して詰め寄ってくる。
「大事なのは会話した長さじゃ無いだろうに。」
「…あっそ。私に向かってそういうこというんだぁ~。…だったら、死ぬ?」
俺を突き飛ばすと、クロトワは固有スキルと思われる漆黒の槍を作り出す。
そして、こちらの返事を待つこと無く空気が破裂する音を置き去りに槍を突き出してきた。
「え?」
不意打ちだったのもあるが、対応出来ずに転がされ、座ったままの俺の顔に突き刺さる筈だった槍が、顔の目前で止まっていた。
「ハルト…君はいつも…油断しすぎだよ。」
「ちょっとぉ~!?何邪魔してんのよぉ~!!!」
俺の目の前へと転移したクズ勇者は、両の手で槍を握りしめていた。
その体をクロトワの黒槍に貫かれながら……。




