3-14 人魔獣
脈動が終わり、空気が変わる。
大司教の体から吹き出る蒸気が視界を悪くしていく。
やがて、強大な気配を察知した。
本能的に距離を取ると、先程まで立っていたところへ巨大な爪が突き刺さる。
それは異形だった。
5メートルはある巨体で、獣特有の臨戦態勢の姿勢でそいつは現れた。
巨大な獅子のような体つきに全身白く長い体毛を纏った白き魔獣。
しかし、顔だけは白目を剥いたまま巨大化した大司教の顔だった。
慌てて鑑定を使ってみると、人魔獣タタヒモス。S-ランクと出た。
「アハハハハッ!!こりゃいいや!亜種どころかこれじゃ完全に化け物だなぁ!!!!雑魚がこんなに化けるとはね!あー、本当に面白いなぁー!!!!」
心底嬉しそうに笑うランスロットだが、俺としては最悪の前哨戦だ。
「言い忘れたけど、手を抜いたり、時間が必要以上にかかっちゃうと、退屈しのぎにドラゴニュートの里へ行ってドラゴニュート全員と戦争しちゃうかもよー?だから出来るだけ頑張ってねー!!!!」
まいったな。マイナスとはいえ、Sランクとはそもそも戦ったこと無いし、時間かけずに倒せるのか?
こんなことなら一撃必殺で、最初から全力でランスロットを倒しに行けば良かったか。まぁ、結果論だから今更考えても仕方が無い。
今やれることはこいつをとっとと葬るだけだ。
一瞬の静寂を破ったのは人魔獣の方だった。ただの爪撃で俺を切り裂きに来ただけだが、明らかに今までの魔物とは一線を画すパワーとスピードだ。
こいつとクズ勇者を相手にするとなると、あまりにも経験が少なすぎる。攻撃のバリエーションが足りていない。
本来なら、少し時間を作って色々な技を発明したり修業したりしたかったが、こんなにすぐラスボスみたいな連中が現れるとは思っていなかった。
それでも俺はやられるわけにはいかないんだ。
今まで1対1の戦いにこれ程神経を磨り減らしたことはない。勇者にも大司教にも勝たなくてはいけない。
俺の強みはマジッククリエイトだ。これで打ち勝つ。そのためにはイメージだ。柔軟でハッキリとしたイメージを持たなくてはいけない。
この獣を狩ってやる!!!
「喰らいやがれぇぇ!!!!!」
魔獣には光だ。イメージは光の槍。グングニルのように決して外すことの無い槍。
3メートル弱の眩い槍を握りしめ、大きく振りかぶる。そして、元大司教の人魔獣目掛けてステータスを活かして全力で投合する。
光の槍は弾丸のように爆進し、人魔獣を捕らえたかと思った瞬間、地面に潜り込んで隠れてしまった。
気配察知ではこっちに向かってきている。
光の槍は回避されたが急旋回して戻ってきた。標的は地面の中にいるが関係なかったようだ。
地面に突き刺さり爆音を響かせながら人魔獣ごと地面が爆散した。
大穴が空き、そこから天に昇るように光が立ち上る。
「なんだぁ!やれば出来るんじゃん!!最初からそんな感じで来てくれれば良かったのにさぁ!!!」
ランスロットが近くに転移して俺に話し掛ける。すると倒したと思っていた人魔獣がいきなり地面からボロボロの姿で飛び出してきた。
「もう用済みなんだよ!!!」
ランスロットが手にした剣を一振りすると元大司教である人魔獣は真っ二つに斬り捨てられた。
「折角ハルトと話してんだから邪魔しないでくれないかなぁまったく。……で、Sランクの魔物と戦ってみてどうだった?楽しめた?」
「クズが。」
「そんなに怒らないでよー、ただの余興だよー?もしかして疲れちゃった?」
心配してるかのような演技でランスロットは話すが、これまたウザイ。
「問題ない。」
「良かったぁ!あんな奴程度で疲れてたら、これからの戦いに期待できなくてガッカリしちゃうとこだったよ!!」
人魔獣相手にあの程度とか…どうにかなると思っていたのが浅はかだったのだろうか。
「その強さ………お前は本当に人族なのか?」
「だよねー。そう思うよね-!素朴な疑問だねー。わかるよー、ハルトは間違ってないっ!」
ニコニコ指を指してきながらランスロットは話しを続ける。
「僕はねー、人族だけど人族じゃないのかもねー。実は生まれも育ちも魔国なんだ。魔国生まれの勇者なんだから、笑っちゃうよね-。」
なんと勇者はただのクズじゃなくて魔国生まれの魔国育ちのクズだった。
「だからハルトとは価値観も全然違うんじゃないかなぁ。人族だろうが、亜人族だろうが関係なく、僕からしたらみんな獲物だからね!!!」
「魔国育ちってだけで、それだけの力が手に入るものなのか?」
「他の例を知らないから何とも言えないけど、僕は手に入ったよ。魔国はね、只でさえ厳しい環境なんだけど人族の僕にはまず生き残れない場所だったよ。ハルトは創造の種って知ってるかい?」
知ってるも何も使用した事があるからな。とりあえず黙って頷いて肯定とした。
「人族では本来耐えられ無いんだろうけどね。どういう経緯でそうなったのかは知らないけど、僕は魔族に拾われた。徐々に強くはなったけど、殺されそうになった事なんて数え切れないよ。どうにかギリギリ生きてたけど、ボロボロになって飢餓に苦しんで、逃げるように洞窟に入るとそこはダンジョンだったんだ。」
長話だな。俺のことお喋り呼ばわりしたくせに、こいつもよく喋る。
「そこで見付けたんだよ。創造の種を。普通は死ぬか魔物になっちゃうんだろうけど、お腹が減りすぎてて食べちゃったんだ!どれだけ苦しんでいたか分からないけど、意識がハッキリしたら力が漲っててさー、あの時はこれで生きていける!と思ったもんだよー!」
フォル爺の話だと、この世界の常識で人族の使用は危険だった筈なんだが、どういう理屈なんだ?
「そのままどんどん魔物を倒して、ダンジョンを踏破したんだ!そしたらまた創造の種を見付けちゃってさ-!!もう興奮したよね!!!」
クズ勇者は二つの種を使用していたのか。どうりで強すぎるわけだ。鑑定使ったり、炎の魔法が強力すぎるし、バンバン転移してくるし。
「それで、強くなったからそのまま俺を拾ってくれた魔族を皆殺しにしたんだよ!!!数は多いしまぁまぁ強かったけどね!僕は何処に行っても生き残るんだ。世界中の強い奴等を殺してね。ハルトは最高の踏み台だよ!」
クズ勇者も苦労してるようだ。だが同情する気は微塵も無い。
「創造の種を二つ…なるほどな。でも、お前の踏み台になるつもりは無い。」
「それは違うよ。今は4つだ!!…いくぞハルトォオオォォォ!!!!!」
ランスロットは雄叫びを上げるように声を発し、転移を使い急接近する。
それを辛うじて躱して距離を取る。
気配察知と高ステータスでもギリギリその姿を確認出来る程度だ。それでもランスロットが火魔法を放とうとしているのが分かった。
「フレイムキャステル。」
魔法の発動が早過ぎる。これはルカの氷魔法の比では無いな。
ランスロットが唱えた瞬間に周囲の温度がグングン上がっていく。
そして炎の柱が幾つも立ち上ると、炎の壁が生まれていく。やがて、炎で出来た結界のようになる。
「閉じ込められたか。」
「ハルトは逃げ足速いからねー。」
俺も即座にマジッククリエイトを使う。前の炎の塊に氷は砕かれた。今度は水の魔法だ。こいつに対して必殺技は無いけど、幾らでも食らい付いていってやる。
この炎の結界から出るか、ランスロットを狙うか。よし、逃げるのはやめだ。
「オラァァー!!!」
ランスロットが接近した所を狙い、限界まで圧縮し放水する。触れれば千切れる高圧洗浄機でランスロットの業を洗ってやる!
「チッ!!」
珍しく舌打ちしながら、ランスロットは転移して距離を取る。本来なら距離が離れるほど圧が下がる為、攻撃手段としては成立しないがこれは魔法だ。
どんどん転移した先を狙い放水銃を打ち出していく。
「フレイムキャステルは閉じ込めるだけの結界じゃないよ。」
ランスロットが何することも無く、壁から炎が吹き出して水を防いでいく。ついでと言わんばかりに俺の左右からも炎の玉が飛び出してきた。
急いで炎をシールドで防ぎ、お返しの魔法を放つ。前みたいに雷を落としてやる!極太でいくぞ!!
「くらえーーーっ!!!!」
「攻撃が単調だね。」
轟音が響くが気配察知がすぐ働き、真後ろにランスロットが居るのが分かった。慌てて横っ飛びをする。
「視線は上へ向くし、魔力もそれと共に上へ流れていく。しかも二度目の魔法だ。それじゃ僕には当たらないよー。」
「うるせぇ!!」
今度は……次は隕石だ!!!
マジッククリエイトでFFで出て来たメテオンのイメージだ。
イメージを発動させると、炎の天井付近から約1メートルの隕石が20発程落ちる。
「焦りすぎだねー。魔力が無駄になって威力が全然なくなってるよー。」
ちくしょう。そんなこと分かってる。だが、少しパニクってるせいで集中出来ない。魔法をイメージしてる時間がないんだ。
ランスロットは転移を繰り返しながら、隕石が地面に激突する1番離れた所へ飛び、その余波さえも受けていない。
「焦って広範囲魔法に頼るなんて。しかも威力も出ていないし。ハルトは臆病なんだなぁ。少しガッカリだなー。」
駄目だ。経験が明らかに足らない。冷静になれない。どんなにイメージしても、その全てをクソ勇者に破られるイメージしか湧かない。
どうしたらいい。どうしたら倒せる。
「異常な程に高いステータスやスキルが在るから期待していたのに、全く活かせてないんだから宝の持ち腐れだよー。」
ランスロットは話していたが、途中で転移して気付くと目の前で回し蹴りをしてきていた。
「ぐっ!!!!」
吹き飛ばされながら、気配察知さえ怠っていたことに気付くが既に気付くのが遅すぎた。
「弱すぎる。苛々するなぁ。」
転移したランスロットに背後から受け止められた気がしたが違かった。
何故なら腹からランスロットの剣が生えていたからだ。
「ストレス解消に次は龍人の里に行くことにするよー。…じゃあね、弱い弱いハルトくん。」
ランスロットが剣を引き抜くと血が多量に噴き出る。そして今度は倒れ込んだ俺の胸目掛けて剣を突き立てた。
目の前がぼやけていく。
「……ゴフッ……ル…カ……。」
魔力が練れない。回復魔法が使えない。焦るな、落ちつけと自分に言い聞かせているうちに、どんどん出血も増えていく。
血の気が引き眩暈がする。
死ぬのかな。今度こそ。
「ハルト……。」
どこかで聞いたような声が聞こえた気がした。そして、とうとう動く事が出来なくなり、俺は意識を手放した。