3-10 次元の檻の主
辺りは薄暗くなり、俺は隠蔽のスキルを使い走り出す。
ルカにも魔法で隠蔽のスキルような効果のものをかける。
正面突破はせずに首都を囲う壁を乗り越えて入る。本来ならば重罪だが、俺たちには関係ない。
真っ白な塗り壁の外壁の家が立ち並ぶ中、ふと考えてしまう。
この街並みのどこかに冒険者ギルドや宿屋や酒場など、ドキドキする建物が含まれているのだろう。
本当はゆっくり観光してみたいが、草原で戦った奴等の中に聖教国の冒険者ギルド所属の者もいたので、この国で冒険者にならなくて良かったと心から思う。
人目に付かぬように路地から路地へと進む。
しかし、この街に入った瞬間から妙な違和感を感じている。試しにサーチで確認するが、特に変な所は無かった。ステータスで状態を確認しても異常はない。
気を張りすぎているからかとも思ったが、ネバネバと張り付くような何かを感じる。
「なんだか妙だな。」
「はい。壁を越えた時には既に感じていました。恐らく何者かのスキルの効果でしょうか。具体的には分かりませんが。」
そして、もう一つおかしな点がある。
さっきから人が一人もいないのだ。街の正門を確認したときには門兵や出入りの商人がいて、サーチには住人達が確かにいたのだが。
もう一度サーチを使ってみると、人々どころか生物を示す印が一つも無いのだ。
「ここに居ても埒があかない。このまま真っ直ぐ大神殿に向かおう。ルカ、傍を離れないようにね。」
「はい、ハルト様!」
最早こそこそとしていても意味は無いし、広々としたメインストリートを進む方が何かあったとき対処しやすい。
俺が走りだすと少しだけ後ろを並走してルカが付いてくる。
しかし、走れど走れど大神殿に辿り着くことは無かった。砂漠でオアシスを見せる蜃気楼のようだ。
「ルカ、一旦止まって。」
少し考えを巡らせて、何か対応策を考える。
試しに気配察知を使ってみる。しかし何も引っかからない。次は魔法を放ってみる。
なるべく遠くまで飛ばすようにイメージ。鳥だ、鳥にしよう。
マジッククリエイト。ウィンドバードだな。俺は風魔法で梟くらいの大きさの鳥を飛ばす。
バサバサと翼をはためかせて飛んでいく。
「うーん。ルカはまだ見える?」
「いえ、もう見えなくなってしまいました。」
視認できる距離を越えて、鳥は何かにぶつかる事も無く消えていってしまった。
「こんなところで足踏みしていられないぞ。」
無駄に時間がかかっている。ルカの父親が捕まっている以上、いつ何が起きてもおかしくない。
早いとこ救出しなくては、草原で聖教国軍を蹴散らしたのがバレてしまう。そうなったら余計危険な目に合う可能性が高まる。
そんなことを考えていたら段々イライラしてきた。
「サンダー!ファイアーアロー!ウォーターボール!ウィンドカッター!」
ちょっとストレス発散に魔法を放つ。まだまだこっちに来て日が浅いので、いくら魔法を使っても気分がいい。魔法は爽快感が凄い。
ふぅ。冷静になれた。そう思った時、突然気配察知が働く。
俺の挙動を確認したルカがすぐに傍に寄り臨戦態勢に入る。
すると、気配察知が働いた先の空間がひびが入るように割れていく。
「ムダムダだゾ。ゲヒョ。」
ひび割れが開き口を開ける。すると中から一人の男が這い出てきた。
青みがかった灰色の肌に青紫色の髪、目には汚れた包帯のような布を巻いている。額から短い角が生え、背中には蝙蝠のような羽が生えている。
「ハルト様気を付けて下さい!魔族です!」
魔族だと?魔王に関わりのある種族とかなのかな。まぁ詳しい話は後で聞くとして、今はこいつだな。
「お前は何者だ?」
「グヒャ。オレサマはヌーバだ。」
名前なんてどうでもいいんだが。まぁ鑑定使えば良いか。
鑑定を使うと名前はヌーバだった。嘘は付いてないが興味ない。
やはりルカの言うとおり魔族のようだが、正確には魔獣人族だった。蝙蝠の魔族だな。レベルは63とかなり高い。
「お前の目的はなんだ。」
「オレハ勇者にミトメらレタ。オレノちからハスゴい。勇者ハ、ツヨい女をクレル。だかラ協力スル。お前はコロス。そのオンナハもらウ。」
蝙蝠野郎の話を聞く限り、やはりクソ勇者は相当なクズだ。そして、こいつもクズだ。
「ルカをお前に?笑わせるな。」
お互い口上が終わり走り出す。俺は魔力温存の為に出来るだけ体術を使おうと、全力で右ストレートをお見舞いする。
しかし思ったよりも素早く、クビをグリンと気持ち悪い動かし方をして回避された。この素早さは蝙蝠野郎なだけあるな。
「ムダムダだゾ。オマえの攻撃はワカル。」
避けられたのを確認出来たのですぐに距離をとったが、蝙蝠野郎は飛行するかのように地面を走り近寄ってきた。
俺は試しに空飛ぶ黒豹の時に使った魔法を使う。
「覇王の威圧…ハァッ!!!」
俺の放った魔力が奴に向かい飛んでいく。すると、蝙蝠野郎はすぐに地面を蹴り上空に飛び上がった。
「気分ノ悪イ魔力ヲ使うヤツダ。だけド、ムダムダダゾ。………マナイーター。」
ブツブツと唱えた後、魔力の動きを感じた。
すると奴の腕から8本の紫の触手の様な物がウネウネと這い出してきた。マナイーターは触手であり、まな板ではなかったようだ。
「こレデ魔法効かなイゾ。オマえの魔力もスイとっテヤる。」
蝙蝠野郎が作った紫色の触手は俺の放った魔力の残渣を吸収していく。ミミズみたいで生理的に無理だ。
その言葉や様子を見た限りでは、どうやらドレイン系の固有魔法のようで、魔力を吸収する性質らしい。
ならばと俺はスピードの速い魔法を使ってみる。魔力を蝙蝠野郎の頭上に放ち雷を落とす。
雷鳴と共に落雷が零距離で落ちる。
「アバァ!」
蝙蝠野郎が気持ち悪い声を上げて一瞬感電したが、すぐに触手が奴の周りの魔力に誘われて食らい付きだす。
「ロックハンド。」
蝙蝠野郎の両足を石の手が掴む。しかし、すぐに触手が手に纏わり付くとボロボロと崩れ落ちてしまった。
「ダから、ムダムダダゾって言っテルだろ!!」
蝙蝠野郎は羽を広げ一気にこちらへ加速して、8本の触手で俺を全方向から捕食するように襲いかかってくる。
俺は触手をかいくぐろうかと考えたが、ここは触手の生えている腕を狙う作戦に切り替える。
瞬時にマジッククリエイトで魔法を創造する。俺がイメージしたのは昔アニメでやっていたドラゴンボウズのクリソツというキャラクターが使っていた技だ。
そう、パクリだ。
「気丸斬!!!」
片手を上に向け、魔法を発動させると、掌の上にドーナツを平べったく伸ばしたような光の輪が生まれる。
光属性の魔力で出来た魔法なので、魔族にはもってこいの魔法の筈だ。
蝙蝠野郎は触手で囲んでいる状況に余裕こいて油断している。自分が捕食する側だと確信した様子だ。
俺の放った気丸斬はフリスビーのように触手の間を飛んでいき、蝙蝠野郎の両腕を根本から切り離した。
「ギャラウラウーァーッ!!!!!」
調子に乗ってるからだ。このままとっとと倒してしまおう。
俺は蝙蝠野郎が苦手っぽい光属性の魔力を纏い、殴ろうと近付いていく。
「マ、まっテクれ!!オレヲ殺したラここカラ出られナいゾ!!!!」
むむ。それは困るぞ。時間が無いんだ。
「どういうことだ。」
「オレが死んデモ、スキルは解除サレなイ!!」
蝙蝠野郎の長くて下手くそな説明をまとめると、永続的なスキルで殺しても出られないそうだ。鑑定には次元の檻というスキルが確認出来た。どうやら嘘では無いらしい。
このスキルは罠のように使うもので、様々な方法で発動させることが出来る。今回は壁を乗り越えて不法侵入した者をここへと閉じ込めるようにしたらしい。
見た目にそぐわずかなりヤバいスキル持ちだ。次元魔法や特殊な武器や魔道具でも無い限り出られないだろう。
そして、こいつの親分はクズ人外勇者ランスロット。俺を殺してルカを連れてくれば、用が済んだ時にルカをくれると言われたらしい。
おまけに聖教国の影で美味しい思いを沢山させてくれると約束したので、手伝うことにしたとのことだ。
「オレヲ見逃しテくれルなら出しテやるシ、勇者ヲ倒す手伝いヲしてやル!イイダロ?」
「駄目だな。さっきのお前の発言を許す気は無い。」
俺は魔力を纏ったまま近付こうとすると、突如蝙蝠野郎の背後にひびが入り始めた。逃げる気か。
「逃がすか!」
急いでマジッククリエイトで魔法を創造した。
掌を蝙蝠野郎に向け、光属性を持たせた雷を急速で溜めていく。
「くらえ!雷光砲!!」
準備が整うと一気に発射させる。
すると掌から真っ白に輝く雷が、ギザギザと波打つように光速で突き進んでいく。
今までは蝙蝠だけに音波を感じ取り避けていたのだろうが、光速には対応出来まい。
魔法を放つと同時にひび割れがガパッと割れたが、蝙蝠野郎は間に合わなかったようだ。
光の雷に飲まれた蝙蝠野郎は蒸発するように跡形も無く消えていった。