3-7 過ちと後悔
駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。
ここままじゃ俺たちは殺される。大司教様は本気だ。勇者もこの戦争で役に立たなかったら庇ってなどくれないだろう。
「ランスロット様の話では、ドラゴニュート共の住む地はここからそう遠くない距離だ。この度の聖戦で活躍した者には教皇様より褒美が授けられると大司教様も仰っていたぞ!総員、決戦に備えよく休んでおけ!」
聖教国騎士団団長が声を高々に叫ぶ。三万の兵を束ね、自信満々にドラゴニュート殲滅聖戦だと叫ぶ。
俺はその声に恐怖を思い出す。三万の兵を出兵させるほどに大司教様は本気なのだ。
その任務でミスをしてしまったのだ。
俺は氷龍姫の話を最初にされた時からずっと嫌な予感がしていた。これでも、今まで様々な危険な局面に遭遇してきた。その経験が言っている。次は無いと。だが今まで乗り越えてきたからこそ、俺たちはAランクになれた。
ランスロット様は一度戦い、打ち勝ったが逃げられたと聞いた。そもそも勇者と戦い生きてるような奴と、俺は戦えるのか?でもたまたま生きてるだけかもしれない。
俺たち光冠といえば、聖教国では知らない者は少ないだろう。
数々の功績を残し、聖教の基に正しいこととされる事をしてきた。時には聖戦という名の戦争にも身を投じて、大将首を上げたこともある。
俺たちならやれる。
俺たちには後が無い。
ドラゴニュートには悪いが、どんなに残酷で無慈悲な人間になろうとも、俺は氷龍姫を殺す。
その時、最前戦にいる奴らがざわめき出した。
そして、一人の伝令が騎士団長のところへ向かっていき、騎士団長を連れて最前列へと戻っていく。
おそらく奴らが現れたのだろう。
俺は急いでパーティーメンバーと合流し、どう動くか相談することにする。
「あいつのせいで大司教様に殺されるところだったのよ!それに私のパオちゃんが逃がされちゃったんだから!!!ぎったんぎったんよ!!!!」
ハンナは個人的な恨みもあるから、やる気満々で作戦どころじゃない。いつものことだが。
俺たちが話し合いを終え、最後方へと向かおうとしていると前方で戦の咆哮が聞こえた。鬨の声が無かったのは何故だ?
すると、小さな影が上空へと飛び出した。間違いない、奴だ。
「お前ら荒れるぞ、急いで下がれ!デカいのがくる!戦況が落ち着き次第行くぞ!」
俺たちは急いで後方へと駆け出す。
「男は後回しだ、邪魔するようなら殺せ!氷龍姫は出来れば生きて捕らえるぞ!逆らうようなら遠慮なく殺せ!!」
体制を立て直し、俺たちは奴らに狙いを定める。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ルカ。見えてきたよ。」
「凄い数……。どうしてこんなに…。」
俺たちはゼゼ達を置き去りにして、超特急で草原地帯へと辿り着いた。三万も兵が居るため、遠目でも確認出来る。
いきなり大規模魔法打ったら相当数を倒せそうだ。出来れば殺したくないので、実は話し合いをしてみようかと考えている。
もしかしたらボタンの掛け違いのようにお互いの勘違いかもしれないし、実は気の良い奴らかもしれない。かなり可能性は低いけど。
「ルカ。お父さんを必ず助けにいこう。」
「はい!ハルト様!」
ルカはいつも可愛いな。ルカのためにも失敗はしない。油断もしない。大切なものを守るための覚悟は出来た。
聖教国軍は休憩していたようだが、こちらに気付くと直ぐさま臨戦態勢をとった。
俺はスピードを落とし、着地するために空中で反転しルカを抱く。お姫様だっこというやつだ。
手が神経質になっているが、ルカのような美少女をお姫様だっこするのだから仕方が無い。背中に乗せたままではあまりにも不格好過ぎるし。
俺は地に降り立つとルカの手を取り歩き出す。あくまでも咄嗟の時にルカを守れるようするためだ。下心はない。
「俺の名はハルト!これより先は龍人の住処となる!これ以上行軍することは容認できない!」
俺は叫ぶが、それぞれの武器は向けてくるものの誰一人返事をするものがいない。
「武装を解け!話がしたい!」
「……しばし待たれよ。」
すると騎士団の一人が指示を出すと、それを受けた者が馬に乗り後方へと走って行った。
…。気まずいな。ルカは凜としてて格好いい。里の時のプライベートっぽいゆるふわな格好もいいけど、戦闘服の若干ゴスロリっぽい服も似合っていて非常に気になる。美人は三日で飽きると言うが、あれはルカには当てはまらないな。
「ルカ。出来れば話し合いで終わらせたい。気分悪いよな、ごめん。」
「いいえ。私はハルト様の優しさに救われました。ハルト様の決断に全て従います。」
ズキュンときた。まずいな。ルカに惚れてしまいそうだ。だが、今は油断しない。気持ちを入れ替えて、このシリアスに身を投じよう。
「待たせたな!私はノルマスタ・リデリ。聖教国騎士団団長だ。話し合いをしたいとのことだな!」
「そうだ!こちらは戦いを望んではいない!兵を引いてはもらえないだろうか!」
「……その娘は氷龍姫か?」
「そうだ。こうして姫君自らこの地へ参った。聖教国教皇様の寛容さで、その気持ちを汲んでは貰えぬだろうか!」
「分かった。だが、私の一存で決めるわけにはいかないのだ。もうしばらく待っていて貰おう。」
そう言うと近くの兵に声をかけ、騎士団団長は後方へと下がっていく。
上手くいくといいんだが、そしてルカの父親も返してくれれば最高だ。
出来れば誰も傷付けたくないし、人を殺すのもちょっと考えられないし。不殺で三万は流石に苦労しそうだしな。このまま引いてくれると助かる。
まだかまだかと待ち侘びていると、ふと魔力の動きを感じ咄嗟に二人分の結界を作る。
「交渉決裂か……さぁどうしたものか。ル…ルカ?」
最前列の後方から準備万端の高火力の魔法が放たれた。その魔法の属性は氷龍姫を狙った殺意ある火の魔法だけだった。
「……。」
これから、戦いが始まるというのに。
ルカは泣いていた。
俺はなんてことを……。
何を考えていたんだ。
ラドゥカやルカやマナシラ様に命の恩人と呼ばれて図に乗っていたのだろう。
気付けば自分に酔いしれ、大切な者を守るなどと考えながらも自分しか見えていなかった。
何故ルカの為といい、結果しか見なかったのか。
たった一人の少女に何万人もの殺意が向かう。それも父親を殺したかもしれない連中から。
完全に軽んじていた。ルカの肩が震えているのに、気付くのが遅すぎた。
胸が熱くなり、怒りなのか悲しみなのか最早分からない。ただ一つ言えるのはルカの心の平穏は守ってやれなかった。
間違っていた。甘ささえも美学のように考えているなど、一体どれほど身勝手なんだ。何が大切なものを守る覚悟は出来た、だ。
当事者ではないような意識を持つ無責任な俺に付き合ってくれたルカ。家族もろとも数万人に裏切られる気持ちを察することもしなかった自分。
体が震える。俺は何も変わっていなかった。
親を殺されたかもしれないのに話し合いだなんて綺麗事だ。
最初から殺し合いだったのだから。
最初からルカを殺すつもりでいるのだから。
そして……最初からルカはもう限界だったんだ。
結界で砂埃一つ入らず、爆炎に包まれても温度差すらない。だが、体が熱い。悔しい。
ルカの為だと言うのなら、最初から最速で父親を助けに行くべきだった。
俺は覚悟も無く戦争に参加したのだ。
戸惑いがあるくらいなら、関わらなければいいのにも関わらず。
ルカ……ごめん。すぐにお父さんを探しに行こうな。
「大地の怒り」




