3-6 解呪
〈呪い〉その状態異常にかかると徐々に衰弱していき、脳を犯され狂ってしまったり、体が腐っていき死に至ることもある。強力な呪術師が時間をかけて行う黒魔法だ。
呪いを解くには、呪いをかけた呪術師本人を殺すか、高額な金額を払って神官に解いて貰うしか無い。しかし、呪術師の力が強すぎると生半可な神官では呪いを解くことは出来ない。
「駄目みたいね。ハルト君、気にしないでちょうだいね。ありがとう。」
「うーん。……マナシラ様は病気ではないみたいなのですが。」
「ハルト様、どういうことですか?」
「ルカ、マナシラ様は病気じゃなくて、呪いを受けているみたいなんだ。マナシラ様は心当たりありますか?」
「分からないわ。だけど…呪いだと厄介ねぇ。教会でお金を払って呪いを解いて貰うにしても近くでは王都か聖教国の大きな教会にしか呪いを解けるような高位の神官はいないし。だけど、今は街になんていけないものね。」
確かに。今街に行ったら勇者にすぐ見つかりそうだ。だが、ここにはマジッククリエイトがある。
以前よりレベルアップしたからか、慣れてきたからか、マジッククリエイト連発であまり怠くならなくなってきた気がするし。やるからには呪いを解くまでひたすら魔法を創ってやる。
イメージはエクソシストの悪魔払い。呪いをピンポイントで光の属性で包み込んで、蒸発させる感じだな。
よし、マジッククリエイト!解呪!
するとマナシラ様の周囲にキラキラと輝く細かい光の粒子が生まれる。ふわふわ漂っていたが、突然マナシラ様の胸に吸い込まれていった。
マナシラ様は少しだけ苦しそうに顔をしかめたが、胸から光の塊が飛び出すと力が抜けてベッドに倒れてしまった。
よーく見てみると光の塊は細かい光の粒子が何かを包んでグルグルと回っている様子だ。
光の塊は1分程空中で留まっていたが、最後に明滅を繰り返すと天に帰るように消えていった。
上手く良ったっぽいので早速鑑定してみると、呪いの二文字は完璧に消えていた。よし、成功だ!
「ルカ!上手くいったよ!」
俺は治せたことが嬉しくて、ついルカの手を取ろうとしたがルカの手は俺の手を避けて背中へ回された。
「ハルト様!うぅ……ぐすっ。」
ルカが号泣して抱き付いてきた。ルカの頭をポンポンして落ち着かせているとマナシラ様が目を覚ました。
「あらあらルカったら。ハルト君、体が羽のように軽いわ。なんだかポカポカ体が温まっていく感じもするし。……これは治ったのかしら?」
「はい。なんとか治すことが出来ました。」
「ありがとう。ハルト君には救われてばかりね。お礼を沢山しなくちゃ。」
これはお返しのつもりなので気にしないでと伝えていると、ルカがようやく落ち着き、顔をあげてお礼を言ってきた。ルカも喜んでくれて良かった。
マナシラ様はすぐに自分の足で歩けるようになり、その姿を龍人達に見せに行くと言い残し、飛び出すように出て行った。
マナシラ様は龍人族を集めてルカから聞いた話をした。グナシアのことで騒ぎになるかと思いきや龍人族は体だけで無く気持ちも強いようでまずは回復を祝おうと言い出した。
グナシアを心配はするものの、死んだなんて思う者は一人もいないみたいだった。よっぽど族長としてグナシアは信頼されているらしい。
その夜はお祭り騒ぎだった。夜も更けルカの家に泊めてもらう事とった。もちろん客間で独りでだ。
朝になり起きると、朝食の用意が出来たとルカが迎えに来た。支度をして、部屋を出るとまだルカは待っていてくれた。健気な子だ。
ルカと一緒に朝食の並んだ大きな部屋へと入り、ルカの対面に座る。広い部屋で大きなテーブルでの食事はなんだか落ち着かないな。
昨晩のように作法を気にしないでいい空間の方が性に合う為、そわそわしていると、それに気付いたルカが気を遣ってくれて隣に座る。こちらを見てニコッと笑うルカにドキッとして余計に落ち着かなくなってしまった。可愛すぎるだろ。
朝食を運んできたマナシラ様があらあらと微笑んでこちらを見ていた。どうやら朝食はマナシラ様の手作りのようで、嘘のように体が軽いと喜んでいた。治ってくれて本当に良かった。
朝食を食べ終わった俺は、マナシラ様とルカに話があると声をかける。
「マナシラ様、俺はルカの手助けをすると決めてここに来ました。なのでグナシア様を助けたいのです。ルカと共に助けに行く許可を貰えませんか?」
「……。」
ぐっ。沈黙が重い。マナシラ様怒らせると怖そうだし。しかし、ここは食い下がるしかない。
「ルカの悲しい顔は見たくないんです。ルカは命に代えて守りますので、どうかお願いします。」
「はぁ、…ハルト君はルカの王子様ね。」
「おおお、お母様!!」
「ルカ、里のことは私に任せなさい。ハルト君、何から何までありがとう。……夫を、ルカをお願いね。」
「はい!」
その後、ルカはまた泣いてしまった。泣き虫だ。だが、これであとはやるだけだ。まってろクズ勇者め。
―――― その時だった。
階段を駆け上がる音のあとに、ドアを勢いよく叩く音が広間に響く。
「マナシラ様!至急お伝えしたいことが!!!入室、宜しいでしょうか!!!」
ドアを開けるとゼゼが息を切らし立っていた。
「どうしたの?」
「周囲を警戒に当たっていた飛行部隊より伝令があり、南西に10キロの草原に人族の大軍が里に向かって真っ直ぐ進軍中!数はおよそ三万とのです!鎧から聖教国と思われます!」
「こんなに早く攻めて来るだなんて……まるで進軍の準備が始めから整っていたみたいね。しかもどうやってここの場所を知ることが出来たのかしら。」
さすがにマナシラ様も焦りの様子を見せている。ルカも沈黙して何かを考えているようだ。
「里から逃げようにも、そんなところまで来られていたら、山を迂回しても逃げ切れない。里には子供や妊婦もいるし。困ったものね。」
「マナシラ様。俺が先行してきます。」
「闘う以外選択の余地がないものね。ルカよりも強いと聞いたわ。だけど、いくら貴方が強くても相手は三万以上よ?しかも、間違いなく手練の者もいるでしょう。」
「既に策はあります。負ける気はありません。」
「勇者が来ても?」
「はい。里には一切手出しさせません。」
「分かったわ。ルカ、ハルト君のお手伝いできる?」
「もちろんです!」
「それとゼゼ、貴方も飛行部隊4名連れて出陣しなさい!」
「はい、この男の力など借りずとも、里は守り抜いて見せます。」
ゼゼはまだ俺のこと嫌いなのよね。まぁ別にいいんだけどね。ルカは心配だけど、残れって言っても聞かなそうだしな。
「じゃあマナシラ様、早速行ってきます。ルカ、また背中に乗ってもらってもいい?出来たら一緒に行きたいんだけど。」
「ももも、勿論です!ハルト様が嫌じゃなければ、ご一緒させて下さい!」
俺はルカと部屋を出ていこうとすると、ゼゼも慌てて走って行った。慌ただしい男だ。
それにしても、三万の軍どころか人間ではクソ勇者としか戦ってないからちょっとビビるな。さすがに勇者より強い奴はいないだろうが、三万の兵士相手と戦うとなると、かなりの覚悟が必要そうだな。
でも、自重するのは止めると決めたんだし、何より今は守りたい人達がいる。
絶対にこの手で守ってみせる。そう決心を固めて、拳を強く握りしめた。
その固く結んだ俺の手を、両の手でルカが包み込み微笑んでくれた。
もう、あいつには負けない。