9-2 神力の剣技と古代魔法
『ハルト様……行って下さい。私はもう負けませんから。』
俺がアイナに緊急時に使えと渡した魔道具が使われた。ということはやはりミルヴリアンとやらが言ってるのは事実なのだろう。
『ルカ……。』
悩んでる時間は無い。いつも迷惑かけてごめん。
『頼んだよ。シロにも無理しないように伝えて。すぐに戻るから。』
『はい。ハルト様……御武運を。』
念話を終えてルカに見送られ、以前使った魔力感知型長距離転移で俺はすぐにアイナの元へと転移した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「おいっ!!ちっ……ハルト・キリュウに長距離の転移が出来るなんて情報は無かったんだがな。……まぁ黒槍が相手じゃ行ったところで無駄だ。おい、そこの女。仕方ないからおまーーークッ!!」
「無礼者……。先程から聞いていればふざけたことを。ハルト様のいない今、何一つ遠慮などしません。ハルト様に対して軽率だった自らを恨むと良いでしょう。」
「テメェ……。」
私が放った軽い氷の槍を即座にミルヴリアンは障壁を張り防いだ。
かなりの魔法発動速度を持っている。恐らくは魔法特化型なのだろう。
「シロちゃん。この者は私が相手しても宜しいですか?」
「うん!ルカちゃん頑張ってねー!!!」
シロちゃんはあの巨大な者に夢中となっているようでこちらも見ずに即答してくれた。
早く戦いたくてウズウズしているようで、相手が決まったと同時に我慢出来ずに飛び出していってしまった。
「なめてんなお前……後悔するのはテメェだ。」
「ハルト様の強さが分からない程度なのですから、馬鹿にされるのも当然のことです。」
シロちゃんとの戦闘が始まるようで巨人は動き出した。そしてミルヴリアンは巨人の肩から浮かび上がると急上昇を始める。空を飛びながら強力な魔力を練っているのを感じた。
「死ね馬鹿女……っ!?」
「遅すぎます。」
距離が稼げたとミルヴリアンは構えたが、その頃には私は追い越していた。
構えるミルヴリアンに背後から魔力を練りながら声を掛けると驚いた表情で振り返った。
「アイスジェイル。」
「はっ。揃って脳筋なんだな。ヘル・ファイア!!」
上級の氷魔法を発動させようとした瞬間。目の前にいたミルヴリアンが消え背後に現れた。
転移。そして魔法発動の早さからして、当然無詠唱も使えて当たり前のこと。
けれど、想定の範囲内。
ミルヴリアンは掌をこちらに向け、火属性の最上位となるヘル・ファイアを放つ。
巨大な炎が周囲を包み込み炎が徐々に押し迫り逃げ場が無くなっていく。
「アイスグレイズ。」
力任せに大気を凍てつかせ炎を消し去ると、既にミルヴリアンは距離を取っていた。
あくまでも接近戦はしたくないようだ。
「ちょっとは楽しめそうだな。だが小手調べは終わりだ。」
「やはり転移は厄介ですね。」
転移がある以上、無理矢理接近戦に持ち込むことも出来ない。ミルヴリアンの本気がどの程度かは分からないが、向こうの得意としている戦い方に付き合う他無さそうだった。
フードを脱ぎニヤリと笑う顔は幼かった。青年というよりは少年。子供のような顔つきに青い髪。体格も村の子供と変わらない、むしろそれよりも華奢な印象だ。
表情さえ変えれば、王都にいても何の疑いも持たないだろう。魔法学校の学生にしか見えないのだから。
「そういえばお前……名前は?」
「……あなたに教える名などありません。」
「はっ。強気な女は嫌いじゃないが、死んでもらうぞ。」
「私はあなたが嫌いです。…………白氷武装。白氷刀。」
ミルヴリアンは私の白氷武装の魔力を感じ取ると転移でさらに距離を取る。
ハルト様を追わなかったところを見るとミルヴリアンの転移は短距離転移のみなのであろう。
魔法を発動させる準備が整ったミルヴリアンは直ぐさま後方へと転移した。
「俺はいつでもお前の死角から魔法が放てる。そしてお前の攻撃
を受けることもない。要するにお前は死ぬって事だ。」
「飛龍剣・一閃。」
振り向きざまに剣技を飛ばすと、ミルヴリアンは余裕の表情で転移して避ける。
「はっ。ハルト・キリュウは仲間まで脳筋なんだな。力を手にした研究者の本気を見せてやるよ……ラステル。」
「ラステル……?」
聞いたことがある。古代魔法ラステル……原初の最高位の魔法だったのだが強力過ぎるが故に封印されたと言われている。現在ではただの伝説として扱われている魔法。
しかしミルヴリアンは確かにラステルを口にした。
火、水、土、光、闇等の既存の属性に属していない魔力を感じた。これは本当に古代魔法なのだろう。
ミルヴリアンは両手を前に突き出し、30センチ程の小さな魔力の塊を浮かべていた。
歪な球体は生き物が閉じ込められているかのように蠢いている。禍々しい黒紫色の塊はその大きさに見合わない魔力を感じる。異常なまでに魔力を凝縮しているのだろうか。
「これはな……邪神の欠片の力のおかげで辛うじて制御出来てる魔法だ。失敗すれば魔力が暴走して俺が死ぬからまだ試したこともない。お前のような強者に通用するかどうか……最高の研究材料だな。さすがに二発は打てねぇからこれで死んでもらうぞ。」
「良く喋る口ですね。飛龍剣・一閃。」
「分かんねぇかなぁ。無駄だって事が。」
ミルヴリアン目掛けて飛んでいった剣技は突然黒紫色の魔力の塊へと進路を変えた。
すると剣技がぶつかる瞬間、まるで生き物のように口を開きバクリと剣技を食べてしまった。
ミルヴリアンが魔法を操作しているのか、それとも魔力に反応して吸収したのか。理屈や原理は分からないが、どちらにしても厄介なのには変わりない。
「こいつはもう止められねぇ。情けをかけようにもかけられねぇからな。いくぞ、ラステル・ガナス!!」
ミルヴリアンが魔法名を唱えると黒紫色の魔力から数多の蛇のような形をした魔力が飛び出す。そして次々と私へと向かって飛び出してきた。
「ハァッ!!!!」
飛び出してきたものを順に切り裂いて行こうと白氷刀を振り抜く。だが、一本目にしてガキンッという硬い音を鳴らして剣は止まった。
「くっ!」
そのまま複数の蛇のような魔力に手足が捕まると全身が巻き取られ、すぐに顔以外が埋め尽くされてしまった。
「ハハハッ!!ざまぁねぇな!!さぁ爆発するぞ!!」
「…………奥の手があるのは貴方だけではありません!!氷神武装……!!!!」
「なんだその光は!…ガナスが!!馬鹿な!!!!」
白氷武装へ神力を流し込む。すると体中に巻き付き締め付けていた黒紫の蛇達は、蒸発するように消えていく。
魔力から解放されると、氷で作られた半透明の蒼いドレスは、眩く白金に輝いていた。
「ちぃ!!だが、これは防げないはずだ!!!!ラステル・バーナス!!!!」
ミルヴリアンは更に魔力を練り込むと、宙に浮いた紫色の歪な魔力の塊であるラステルへ送り出す。
するとミルヴリアンの魔力に呼応するようにラステルがボコボコと膨れだした。
先程までは30センチ程だった筈が、2メートル近くまで膨れあがっていた。
「はぁっはぁっ…帝都ごと……消えて無くなれぇッ!!!!!」
ミルヴリアンの掛け声と共にラステルは動き出す。禍々しさが増し、途轍もない魔力が破滅を連れて飛び出してきた。
勇者ランスロットとの戦いから迷宮まで。私はハルト様に救われ続けてきた。このままではハルト様と並んで立つことなど出来ない。
だから私はハルト様に誓いました。もう…負けないと。
氷神武装から作り上げた魔法剣、氷神刀へ極限まで急速に魔力を送り込む。
そこに2回目の神力を混ぜ込んでいく。そうして今の私の最大の剣技を放った。
「神龍剣・氷天牙龍!!!!!!!」
氷神刀を離れた魔力は、白金色に輝く巨大な飛龍となり咆哮を上げる。
帝都の上空で強大な魔力がぶつかり合った。
ガチガチと音を鳴らして互いに攻め立て合うこと数秒。
ラステルを食い破った飛龍はそのままミルヴリアンを吞みこみ、天高く昇っていった。
そして雲を越えて見えなくなっていった二つの魔力は、天を照らし爆音を轟かせて消えて無くなった。
ハルト様。
苦戦は強いられましたが、私は誓いを守りました。
全てはハルト様のために。




