8-4 起死回生の一撃
「くっ!!!」
マズい。
まさかウルスラッシュで怯むどころか、鱗一枚さえも切ることが出来ないなんて。
あまりに予想外な出来事のせいで完全に油断していた。
迫り来る攻撃は巨大な壁のようで、とても尾の先端だなんて思えなかった。
どれだけの威力があるのだろう。防御魔法……では防げるわけがない。
転移……急いで転移しないと。
ガードや障壁を張る時間も無く、左手を前に翳して短距離転移を発動させた。
「あぁ……ううぅぐぅ。」
ギリギリ転移は成功した。
だが転移した先で腕に違和感があることに気付く。
左腕の肘から先が無くなり、血が大量に噴き出していた。
「聖なる…ぐぅ…シスルーンの紋章よ。癒しの光で…傷を塞ぎ給え。リアヒール。」
急ぎ回復魔法を腕にかけ何とか出血を止めるが、傷が完全には治らず痛みが引かない。
しかしそれを巨大な海龍の姿となったシャルナが待ってくれるわけも無く動き出す。
「痛ッ。……やってくれたわねぇ。」
腕が痛み、歯や口が痺れる。肩も外れているようだ。
片腕が全く機能しないこの状態で戦えるのかな。
むしろ私では火力が足りなすぎる。あの硬すぎる鱗を破壊出来るだけのパワーが無い。
「破壊……ディストルクシオンよ!」
幾ら覚えたてとはいえ、こんな重要なスキルことを忘れていたなんてハルトさんのこと馬鹿に出来ないな。
転移を繰り返し王都の反対へと距離を取る。シャルナもかなりの速度だがさすがに転移には勝てない。
「イメージ…イメージするのよアイナ。ディストルクシオンの破壊特性がシャルナの鱗をぶち壊す。ギッタンギッタンにぶち壊すイメージ!!!!痛っ!」
調子に乗りすぎてついつい左腕を振ってしまった…。だけどこれで活路が見えた。
でも流石に左腕が無くなった激しい痛みの直後で近接戦闘をやる勇気はまだ無いし、無謀過ぎる。
魔力も大分使っちゃったし、無駄打ちは出来ない。放出させる技や魔法では一番強いウルスラッシュでいくしかないか。
ついでに改名もしてしまえ!
「壊すのよ。鱗をディストルクシオンで破壊………ディストウルスラッシュ!!いっけぇーーっ!!!!!」
抜刀と同時に剣閃が飛び出していく。眩い白い光にキラキラと赤い光が纏わり付いていく。
「ルヴゥ?!」
狙い通りに首筋にヒットした剣閃は接触すると激しい閃光を生み爆発した。
「ルゥゥアァガァーッ!!!!」
シャルナは爆発の勢いに首が仰け反っていた。数秒間だけだが動きを止めることが出来た。
剣技が当たったところを見てみると、鱗は剥がれ血が滴り落ちていた。
「ヨッシ!!もういっちょっ!……ってあぶなっ!!!」
もう一度剣技を放とうとしたら、シャルナは仰け反った首を戻すと激しい水流を口から吐き出した。
またしても一瞬の油断が生まれてしまった。今回は何とか転移が間に合ったけど、油断が死に直結する今は気を引き締めなくては。
そして背後を取った私は魔力を一気に高める。
「ふぅ。落ち着けばやれる。私は勇者!!今度こそ!……ディストウルスラッシュ!!!」
再度同じ技を放つ。
すると今度も首筋にヒットさせることが出来た。鱗は更に広く剥がれ落ち、傷口も剔れるように深くなっていた。
「嘘………そんなのアリ?」
折角作れた傷口がどんどん塞がっていく。しかし鱗は直ぐには再生出来ないようで青い皮膚だけが見えていた。
「ルゥゥアァガァ!!!!」
シャルナは怒りの咆哮を上げ、転移で距離を取る私を凄まじいスピードで猛追してくる。
このまま転移ばかりしていては魔力が持たない。
どこかで攻めに転じなくては。
「どうせ大した攻撃は出来ないし。えーい!!………逃げてやる!!!」
一旦距離を取るために惜しげも無く魔力を消費して転移を繰り返す。
振り返り月明かりに照らされ鱗がキラキラと光るシャルナはとても美しく、まるで地球のアニメで見た空を翔る神龍のようだった。
「まさか実写版がこんなに凶悪な敵だったとは。ふぁっ……!集中しなきゃ。」
神龍……じゃなかった。シャルナがいつ高圧の水ブレスを放ってくるか分からない以上、油断は出来ない。
気付いたら胴体真っ二つなんてごめんだもんね。
「やっぱり一撃必殺狙っていかないと勝てないかぁ。よし……恐いけどいつまでもビビっていられない!!死んだらハルトさんに蘇らせてもらえることを祈ろう!!」
ようやく覚悟が決まった。
転移を繰り返したことでかなり距離も開いた。
魔力を練り上げる時間は充分にある。
「ふぅ。………必ず斬る。」
鞘に納めた刀へ魔力を流し込む。以前より魔力が鞘へ溜まっていく速度も上昇している。
シャルナとの接触までは5秒はあるだろう。
それまで何とか柄を押さえ付け鞘から魔力が漏れるのを阻止する。
まだ……刀身に圧縮させた魔力をもっと乗せないと駄目。
ガタガタと震える鞘からは光が溢れ出す。
更にディストルクシオンの破壊特性を混ぜ込んでいく。何度か使う内にディストルクシオンのスキルの感覚もつかめてきた。
やがて溢れ出す魔力の光にキラキラと赤い光が生まれてくる。破壊特性が乗ってきた証拠だ。
右腕一本で押さえるのはかなりキツい。既に腕がガクガクと震えだした。
「まだ……もう少しだけ。」
最後に最終兵器の神力を全力で流し込む。
「ルウゥゥアァガァーーーッ!!!!!!」
どんどんと迫り来るシャルナは既に目の前まできている。咆哮で鼓膜が痛む。
神力が流れ込むと鞘は更に光量が増す。神力のあまりの強さに押さえ付けていられない。
ガタガタと刀身が見え隠れし出している。
それを気合だけで無理矢理抑えるが、抑える掌から血が滴る。
初めて使う神力だけど、必ず使い熟してみせる。
あと3メートル。シャルナは私を丸呑みにしようと巨大な顎を開く。
まだよ。もう少し引き寄せるまで。
1メートル。手が……気を抜いたら吹き飛ばされてしまいそう。
まだ…限界まで。極限まで引き寄せて、最も威力がある距離で攻撃を当てなくては倒せない。
目は開けていない。だけど分かる。
今シャルナが私のテリトリーに侵入してきたことが。
「ハアァァァァーッ!!!!!!!」
目を開くと糸を引く巨大な牙が映る。
限界まで押さえ込み今か今かと飛び出そうとしていた刀身を引き抜くべく、体を捻ろうとしたその時。
ガキンッ、という甲高い音が聞こえた。




