2-2 盗賊の頭 ラドゥカ
「ふわぁー。今日も晴れていい朝だなぁ。今日中にはどうにか町に入って、異世界の町並みを見てみたいなぁ。」
朝になり土魔法で作ったテントを土に戻し結界を解く。川に顔を洗いに行くと、丸い石に手足が生え、濃いおっさん顔の魔物に出会った。こちらに気付くと川にドボンと音を立てて消えていった。
いいなぁあいつ。風呂も入ってないから入りたいなぁ。早く町に行きたい。
「そういや昨日の盗賊はなんなんだ。まったく、地上げ屋みたいな奴等だな。」
結界に入れないと知ると諦めて、あれから来ることは無かった。あの程度の結界も破れないんだから、相手にしてもつまらん。
さっぱりして、森を出てテントのあった場所へ戻ると昨日の盗賊達が居た。
「よう。小僧また会ったな。」
こっちを全員でニヤニヤしながら声をかけてくる。正直ウザイ。多勢に無勢の状態で余裕こいてる顔してやがる。フルボッコにしてもいいんだけどな。
「おはようございます。何か用ですか?」
「なぁにがおはようございますだ!ビビってるくせに余裕こいてんじゃねぇ!」
威嚇してもしょうが無いから、落ち着いた大人の対応してやってんのに、なんなんだこいつ。
「だから、何か用があるんですかって聞いてるんです。」
「てめぇ…舐めてんじゃねぇぞ!!」
「まぁ落ち着け。……お前おもしれぇ奴だな。昨日の変な魔道具みてぇなテントも今はねぇんだ。怪我したくねぇだろ?ちょっとついてこい。」
どうやら結界を張ったテントを魔道具と勘違いしてるようだ。恥ずかしいやつだ。
まぁ、着いていったからといって殺される訳が無いので、冒険者になるのも一分一秒を急ぐわけでもないので、勉強時間と思って着いて行ってみるか。これも経験だ。
「はぁ、分かりました。でもほんとに金なら持ってないですから。俺が欲しいくらいなんだから。」
「いい心掛けだ。よし、野郎共戻るぞぉ!」
俺が持っていた武器をよこせとか言ってくるかと思ったが、ただの鉄の剣だからか、特に何も言われなかった。
こんな武器を持ってる腕の奴ならいつでも奪えるし、襲ってこられても無傷な自信があるのだろう。
まぁ、レベル30だからな。弱いけど。
「小僧は冒険者か?」
「いえ、これから冒険者になろうかと思っているところです。」
「俺は元冒険者だからこそ言わせてもらうが、冒険者なんてもんはやるもんじゃねぇぞ。あんなもんは、ただの使い捨ての駒だ。」
むむっ。聞き捨てならないぞ。
「それはどういうことですか?」
「ふん。お前に話すようなことじゃねぇ。」
だったら最初から言うなよ。気になるじゃねぇか!まぁ、いいや。冒険者で使い捨てにされたからって、盗賊に落ちるなんて程度がしれてるってもんよ。どうせなら村人に戻って守れるもんを守ればいいのに。
まぁ詳しくは分からないが、こいつにも人生があると感じてしまった。やりにくくなるから聞きたくなかったかもな。
森沿いに歩くこと20分程。小高い岩山に洞窟が見えてきた。
「あれが俺らの根城だ。そして、これからお前が暮らしていくところだ。」
は?今なんて言ったこいつ。
「お前にはなんか感じるもんがある。冒険者なんてやめておけ。俺の下についてりゃなんの心配もさせねぇ。俺はラドゥカという。俺の右腕になれ。」
「ラドゥカさん!こんな奴仲間にする気ですか?!せめて雑用がいいとこですぜ!」
「うるせぇ!俺が決めた事だ!誰にも何も言わせねぇぞ!」
はぁ。冒険者になりたい奴がどうしたら盗賊にスカウトされて分かりましたなんていうかね。
ちなみにラドゥカの見た目は長い赤毛にバンダナを額に巻き、筋骨隆々で、190センチはあろう大男だ。左目の横に立てに傷があるが、中々ワイルド系なイケメンだ。鑑定によると確か歳は38だ。
「お断りします。俺は冒険者になるんで。」
誰がこんな奴の下につくか。いい加減暴れるぞ。
「だから止めておけっていってんだろ。」
そう言うとラドゥカは俺を洞窟の中の奥の個室に連れて行き、静かに話し出した。
冒険者として全うに生きてきて、どうにかこうにかCランクに上がった。娘と妻を余裕持って養えるようになったのがその辺りで、毎日幸せだった。
ある日、町に進路を向けて、砂埃を巻き上げ巨体をうねらせて魔物がやってきた。Aランクの魔物のギムナルだ。
ギムナルは20メートル程の巨大な土蛇で、普段は山から降りてこない。しかし数十年に一度、餌場を変える為に山を移動する。
そして運悪くギムナルが行く先にラドゥカの住む町があった。
町とはいえ森の傍にある辺境の町では冒険者等たかが知れていた。そもそも最高でCランクまでしかいなかったのだ。
その為、本来はBランク以上の冒険者パーティー数組で戦う魔物の筈が、Cランク以上の冒険者は強制依頼だと言いギムナルへと向かわされた。
ラドゥカは言った。Aランクの魔物など自分達では勝てないと。町を捨てて避難をしよう、そして家族の傍にいたいと。
だが、その願いは聞き入られること無く、玉砕覚悟で数組の冒険者パーティーと共にギムナルの元へと向かわされた。
しかし、1キロ程町から離れたところでぶつかるはずのギムナルと戦う事は無かった。
進路を変えて別の方角へ行ったのだろうと、町へ引き返すと、町の入り口に土蛇の出て来た巨大な穴があった。
ギムナルは土蛇だ。土魔法を使い地面を泳ぐ。まだCランクになりたてのラドゥカは知らなかったのだ。そして、他の冒険者達も同様だった。
ギムナルは腹を空かしていたようで、家屋を倒し、人も家畜も呑み込んだ。
ラドゥカは見た。幸せの詰まった買ったばかりの小さな家を、ギムナルがまるで何事も無いかのように這いずり回り潰し壊していく姿を。
急いで瓦礫を退かし救助に向かうが、小さな娘を抱いたままの姿で妻は見付かった。
ラドゥカの中で全てが壊れた瞬間の話だった。
「………。」
「なぁに、別にしんみりするこたぁねぇ。もうかれこれ六年も前の話だ。同情して貰いてぇとも思わねぇ。だがな、ここに居る奴等は残されたその被害者達だ。町は消えた。だが傷は消えねぇ。もうあんな思いはしたくねぇ。だから、俺は俺の手の中にあるもんだけを守るって決めたんだ。」
ちくしょう。しんみりするなとか無茶言うんじゃねぇ。冒険者ギルドも苦肉の策だったのかも知れないが、悲しすぎる。
「冒険者なんて止めておけ。俺が全て守ってみせる。だから俺についてこい。」
ラドゥカは過去の話をしたばかりだからか、少し小っ恥ずかしそうに、しかし視線を逸らすことなく真っ直ぐ俺を見てそう言った。