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影の正体

 電車を降り、見慣れた街に到着した時には、既に日は沈み街頭に明かりが灯る時間となっていた。


「結構遅くなっちゃったね」


「そうですね、祐二ゆうじくん、今日は楽しかったです。また、デートしましょうね」


 彼女は満足そうな笑みを向けてきた。

 楽しかったのは俺も同じだし、これからも一緒だと約束したんだ、当然返す言葉は決まっていた。


「もちろん、また行こう」


「はい! それじゃあ今日はそろそろ帰りましょうか」


「あ、待って」


 名残惜しそうに言う彼女を見て、もう少し一緒に居たい気持ちもあったのだろう、妙案を思いついた俺は彼女を引き留める。


 突然呼び止められたしおんが振り向き、不思議そうな顔をする。


「どうしたんですか?」


「これから御柱学園みはしらがくえんに行ってみない?」


「学園へ……でも、なぜですか?」


「七不思議の七つ目、山田さんが言ってた事をまだ覚えてる?」


「はい、覚えてますけど」


「関係ないのかもしれないけど、その人物が現れたという条件が、ある程度揃ってると思うんだ」


「なるほど……確か休日の夕方以降って話だと言ってましたよね、でもそれは偶然……という事もあるのでは?」


「そうかもしれない。たとえ可能性が無かったとしても、行く価値はあると思うんだ」


「わかりました、ご一緒します。もし何もなかったら、そこで今日は解散ということで」


「うん、早速行こう」


「はい、それじゃあ、もうしばらくこうしていられますね!」


 腕を組んでくるしおん。

 彼女の長い髪が、一瞬頬をくすぐった。

 それにしても、しおんの髪っていつ見ても綺麗だよなあ。

 

「どうかしたんですか?」


 こちらの視線に気付き、首を傾げるしおん。


「いや、しおんの髪って長くて綺麗だなって思って」


「ああ、これですか、でも中等部の頃はもうちょっと短かったんですよ」


「そうなんだ?」


「はい、昔、私が困ってるところを助けてくれた人が居て、その人に髪を褒められたんです。長い方が可愛いって」


 彼女は遠くを見るような顔をした。


「それで……ですかね、髪を長くしたのは。その人はすぐどこかに去ってしまったので、それに昔の事ですからもう顔も名前も覚えてないですが」


 俺の知らない彼女の過去、しおんは懐かしむように、そして嬉しそうに話してくれた。

 俺はその誰とも分からない奴に少々嫉妬心が芽生えてしまいそうになったが、顔に出さないよう努める。


「でも、俺がもしその時しおんと出会ってたら、きっと同じ事言うだろうなあ」


「ふふ、祐二くんがそう言ってくれたらもっと嬉しいですよ?」


 組んだ腕に力が入り、更に密着する形になる。

 少し歩きづらいが、彼女のその行為が嬉しくて否定する要素がどこにもなかった俺は、そのままの状態で歩き続けた。



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 もう部活は終了したのだろう、誰も使っていないグラウンドを横切る形で体育館側から回り込んだ俺たちは、倉庫の影から空き地の方を覗いていた。


「何か見えますか?」


 しおんが小声で話しかけてくる。

 今夜は満月なのだが、今は雲に隠れてしまって周囲は暗闇だ。俺は目をこらして見るが、特に誰かがいるという感じはしない。


「いや、誰も居ないや。やっぱりあれはたまたまだったのかも」


「そうですね、でも、折角ですしもう少しだけ待ってみます?」


 俺は彼女の提案に賛成し、しばらく二人で空き地の方を監視することにした。



 三十分は経過しただろうか、屈みながら隠れるように居た俺は足の痺れを感じ、ゆっくりと立ち上がる。


「やっぱり、来る気配ありませんね……」


「そうだね、今日も収穫は無しみたいだ、そろそろ帰ろ──」


 言いかけた時、校舎裏から空き地へ向かう影が一つ、見えた気がした。


「今の見た?」


「え? 何か見えました?」


 しおんは気付いていなかったようだ。でも確かに何かが空き地に向けて歩いているのが見えた、俺は注意深く観察してみる。

 暗闇に目が慣れてきたのもあり、空き地の真ん中あたりにあきらかな人影を視認した。

 やっぱり人が居る……! そいつは空き地の真ん中で立ったまま動かないようだ。


「行こう、例の人物が現れたみたいだ」


「は、はい!」


 俺たちは倉庫を飛び出すと、急ぎ足で空き地へ足を進める。

 距離がだんだん近くなるについて、人影からはっきりと人の形を認識できるようになっていた。

 だが暗いせいでそれが誰なのかまでは分からない。

 しかし何故だろう、うっすらと見えるその後ろ姿には見覚えがあった。


「あ、あの!」


 俺はその人影に声を掛ける。


「え?」


 その影はびっくりしたようにこちらを振り返った。

 その人物から発せられた声は、俺のよく知っているものだった。

 雲に隠れていた月が顔を出し、辺りを月明かりで照らし始める。

 その光に当てられ姿を露わにしたのは──


「由美?」


 小原由美こはらゆみ──俺の幼なじみだった。


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