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第九話 文化祭Ⅰ




 GW明けの学校、千早は大きな欠伸をしながら歩いていた。季節はもう直ぐ六月ということもありその額には汗が滲んでいる。

 服装も上着であるブレザーを脱いだ状態の夏服へとシフトしていた。


「おっはよーー!」


 その相変わらずの猫背に手厳しい掌が直撃する。椎名なりの挨拶に千早は少々苦笑いしながら「おっす」と答える。


「暑いな」


「うん、すんごい暑い」


 お互いにパタパタを自身を仰いでみるが、それでも体の熱は冷めることはない。


「が、今日は文化祭かぁ・・・」


 二人がたどり着いた楓ケ丘高校の正門にはドデカイ入場ゲートが構えてあり、如何にこの学校が文化祭という行事に力を入れているのかよく分かる。

 そのまま正門から入ると直ぐに大勢の生徒が色々と準備をしていて、一ヶ月前から全員が入念にこの日のために準備してきたのだ。

 屋台はおろか、お化け屋敷や占い、プラネタリウムだったり、科学実験コーナーなどクラスの品目に踏まえて大量にある部活動の出し物までもあるので地域からの評判は良い。


 教室に行くと二年B組の出し物である喫茶店の準備がされていた。二人も直ぐにその準備に取り掛かり始める。


「にしても、喫茶店なんて普通だな」


 千早がそう言った。それに反応した連太郎が返す。


「そうなのか?」


「ぶっちゃけ、ゲームやアニメの文化祭と言ったら大抵がこの喫茶店だ。何故だと思う?」


「さぁ?」


「それは普段制服姿の女子生徒たちがメイド服に着替えちゃうイベントが発生するからだ」


「ほう?」


「普段見慣れている服から突然メイド服に着替えるんだ。所謂、ギャップ萌というやつだ」


 そこまで言って連太郎が奥の方を頭の上に?マークを浮かべる。


「だが、千早よ。何故か知らんが、接客の女子は執事服を着ているんだが?」


「え?」


 連太郎の視線の先を追うように千早も視線を向ける。そこには先ほど彼が言ったような女子がメイド服を着ている訳ではなく、何故か執事服を着て凛々しい姿の椎名。その他女子生徒たちがいた。


「何故」


「えっ、この喫茶店の名前知らないの?逆転接客喫茶店なんだけど?」


「連太郎知ってたか?」


「NO!」


 千早は他の男子に視線を向けるのだが他の男子も首を横に振っている。


「やられた・・・」


 そう呟く彼らなのだが、後ろにメイド服を持って迫ってきている女子たちにあっと言う間に捕まり、屈辱の女装という道を歩まされた。

 しかしながら制服の数にも制限がある。その為、男子はジャンケンして誰がメイド服を着て接客するのか決定した。

 その生贄となってしまったのが千早と連太郎の二人であった。


「何故だ・・・」


「あそこでグーを出していれば。いや、田中の顔面にパンチを・・・」


 メイド服を着せられ、軽くメイクまでもさせられ、カツラまでも付けられてしまった二人はイスに座りながら項垂れていた。


「ほーら、二人ともそんなに落ち込んでないで。もうすぐ始まるよ?」


 そう二人に声をかけるのは執事服を着た椎名である。


「くっ、男装はそんなに気にならないからいいんだ。だが、女装はキモがられる」


 そう涙ぐみながら言う千早を見て椎名は少しだけ頬を染めて顔を背ける。


「えっ・・・いや、そんなことないと思うけどな。案外、似合ってるし」


 明らかにいいリアクションなのだが、今の状況の彼ら二人に彼女の言葉は通じることはなく、「慰めてありがとう」と虚ろな目で言うのであった。


 そうこうしているうちに楓ケ丘高校文化祭が開始された。


 ノリと勢いによって開始された文化祭はその序盤から盛り上げを見せていた。特に逆転接客喫茶の二年B組は予想外の反響であった。


「三番テーブル、ケーキセット」「四番テーブルお家計です」「直ぐに片付けてお客さんさばいて!」


 恋奈の作っているハニートーストが意外にも高評価だったというのと、妙に可愛い千早と連太郎のメイドによって良い集客に繋がっていた。


 そんな二人はなんでやねんとツッコミを挟みつつ、真面目に働くのであった。


「え、あんな可愛い子ウチの学校にいた?」「いや、知らんけど可愛いな」「おいおい、B組の切り札かよ」


 と、千早を見てヒソヒソと喋る童貞臭い男子生徒の集団が入ってきて喋っているのが千早の耳に届く。他のクラスの生徒たちである。


「おい、連太郎。俺を今すぐ殺してくれ」


 裏に戻った千早がいきなりそんなことを言う。


「いや、俺もやってられねぇよ。これほどまでに男子の舐めまわすような視線が気持ち悪いとは・・・」


 そこまで言うと椎名が入ってきて言う。


「どう?普段自分たちがしている行為がこんなにも他人に不快な思いをさせてるか分かった?」


「「うへぇ・・・・」」


 その言葉に共に項垂れる二人であった。


 午前中の文化祭も少しばかり落ち着き始めた。千早も連太郎も流石に疲れた様子があったので、休憩ということで奥でジュースを飲んでいた。

 その分、他の生徒たちが交代で接客をしていた。


 すると、椎名に絡んでくる二人の他校の男子生徒がいた。


「君可愛いね?執事服似合ってていいね」


「うん、すごくいいね。どう?この後一緒に回らない?」


 まだイケメンだと思われる二人であるのだが、椎名の趣味ではない。むしろこういうナンパのような類の連中は苦手である。そのため「この後予定あるんで」とその場をやり過ごそうとした。


「えー?いいじゃん」


 と言って椎名の腕を強引に掴んだ。その力の強さに少し表情を歪める。他の生徒も止めようとするのだが、もう一人の威圧に怖気ついてしまった。


「ちょっ、止めてください!」


「いいね、そういうの。逆に萌えるわ」


 裏方にいた恋奈がそれに気づく。


「あっ、野郎どもが・・・これは、本気を見せるしかないようだね。って・・・千早君?ケーキセットの注文は出てないよ?」


 椎名を助けようとして恋奈が腕まくりをして向かおうとしたのだが、その横をケーキと熱々の紅茶を持ったメイド。千早が通り過ぎた。

 注文にはケーキセットはない。


 千早はニコニコしながら回りに威圧している男子生徒の隣に立つ。


「お客様、こちらチョコレートケーキになります」


「おいおい、ケーキなんて頼んで「ケーキパーーーーーンチ!」!!」


 男子生徒が反応した瞬間、男子生徒の顔面に向かって千早の強烈なケーキパンチが放たれ、見事クリーンヒットした。


「ぐべらっ!」


 男子生徒はそんな情けない声を出しながら床に倒れる。


「て、てめぇ!何やってんだ!」


 椎名の腕を掴んでいた男子生徒が怒って立ち上がり千早に掴みかかろうしたのだが、彼が片手に持っていたあっつ熱の紅茶を正面からかけられてその場に悶えた。

 直ぐに千早はその男子生徒の制服のネクタイを掴んで顔を寄せる。


「お客さん、あんまりおイタが過ぎると・・・どうなっても知りませんよ?」


 そう千早は満面の笑みで言う。その瞳は笑っておらず、ゴミクズを見るようなそんな冷たい目であった。

 その瞳が十分に効力があったのか、男子生徒二人は「「すみません」」と小さな声で呟くと逃げるようにその場から立ち去った。


 千早はその背中が消えるまで視線を向ける。彼らがいなくなることで、やっとその場の空気がいつものように戻り始める。


「椎名、大丈夫か?」


 千早の怒った?姿に椎名は思わず腰が抜けて床にペタンと座っている椎名に千早は手を差し伸べた。


「へ?あ・・・うん。大丈夫。ありがとう」


「どういたしまして。ああいうことになったら誰か助けを呼べよ。ああいうのは悲鳴上げるだけでどっか行くもんだ」


「うん、分かった・・・」


「なんだよ。しおらしくなって」


 何か静かな椎名の様子をおかしくと思った千早はそう声をかけながら椎名を立ち上がらせる。


「まぁ、いいか。んじゃ、俺と連太郎は午前での接客だから自由に遊んで来るからな」


 千早がそう言うと連太郎とともに女装を解除するために恋奈とともに裏方に消えていった。

 先ほどのイザコザすら何もなかったかのように陽気に振るう千早の背中を椎名は数秒間だけポケーと見たままだ。


 堂々したその千早の姿にクラスメイトたちは「おおぉ」と歓声を上げる。のだが、教室を出た瞬間、千早はその場に蹲る。

 どうかしたのか連太郎がかけよる。そこで連太郎は初めて千早が小刻みに震えているのに気づいた。


「千早・・・・」


「直ぐに治まると思うから」


 彼は両手で自身の体を摩る。まるで、自分の存在を確かめるかのように。

千早は怖かったのだ。大切な友人が誰かによって傷つけられてしまう。そんな状況に自らが勇気を持って立ち向かうというのはとてもではないが簡単に出来るものではない。

 それをなんの覚悟も、決心を付ける時間もなしに行った千早は、精神的な疲労とダメージというものは大きなものだった。


 それをみんなの前でしなかった、やらなかったというのは彼が男の子だからであった。


「っし・・・ごめん、時間を取らせた。行こうか」






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