第八話 腐女子の力
この話も個人的には好きです
「なぁ、俺たちはGW使って遊びに来たんだよな?」
椅子に腰掛けている千早が隣でジュースを飲んでいる連太郎にそう言った。
「ああ、その通りだ。しかも、女子二人と一緒にこの巨大ショッピングセンターに来て服やら、小物やら、キャッキャウフフの予定の筈だ」
直ぐに連太郎は千早の言った言葉を肯定する。
「だったら、どうしてあいつら映画見てんの!?」
遡ること、三十分前。椎名、千早、恋奈、連太郎の四人はこの休日を利用して巨大ショッピングセンターに遊びに来ていた。しかし、何故か到着すると椎名と恋奈は二人して「BL映画見てくるから」と、言って映画館のエリアに向かってしまったのだ。
しかも二時間もある。
「なんでだよ・・・」
千早は空になったパックをゴミ箱に投げ捨てる。それを確認した千早は連太郎と肩を並べてショッピングモールを練り歩く。書店とゲーム屋に寄り終わったところでこうして暇している訳だ。
「まさか、品揃えが悪すぎるなんてな。こんなのだったら近くのアニメ専門店に行った方が良かった」
千早はそう愚痴る。
「まぁまぁ、千早よ。そう言うな。こうやって歩いてたら何かいいことがあるかもしれんぞ。ほら、あれを見ろ。暇つぶしには丁度いい」
連太郎の指さした先には福引のガラガラの装置があった。
「へぇ、あんなのやってるんだ。だけど、何か買い物をしてチケットとか集めないとダメなんじゃねーの?そんなに買い物出来ねーよ」
「いやいや、そういうもんでもないぞ」
そう言って連太郎が受付に近づくと何らかの用紙を持ってきた。
「説明受けてきた。なんか、モール内の何処かにスタッフがいるらしくて、そのスタッフのクイズに答えることが出来るとスタンプが貰えるらしい」
「ああ、なるほど。クイズ式のスタンプラリーみたいなものか」
「そうなんだけど、なんかクイズにチャレンジ出来るのは一回のみらしい。それを×十個分可能になる」
「ほー、上限は最大で十回。0回っていうのもあり得る話なのか」
連太郎の話を聞いて暇潰しになるには丁度良いと千早は考えた。なので、早速二人は福引を行うための回数を得る為にモール内を移動し始める。
歩き始めて数十秒もすると直ぐに長机と椅子に座ったスタッフが見えた。他にもイベント参加者たちもチラホラと見える。
「あの、スタンプラリーのやつで」
「はい、イベント参加者の方ですね。それでは、こちらがクイズになっています」
そう言われて出されたのは以下の内容だった。
『問題①《子守熊》の読み方を書きなさい』
「「・・・・・・・・・・」」
千早と連太郎の額に汗が滲む。
(こもり、ぐま?・・・読めねぇ。子守してる熊のことか?ていうかそれってそもそもなに?単語として辞典に載ってんの?)
そんな風に千早の思考回路はおかしなものへとなっていく。それと同様に連太郎の思考回路もおかしなものへとなっていた。
「れ、連太郎・・・・」
「千早・・・・・・・」
二人は互いの顔を見てお互いに頷き合うと千早がペンを握る。そして、回答用紙へとゆっくりと記入をしていく。その千早の顔はかなり清々しく、むしろ覚悟が決まった漢の顔をしていた。
その表情にスタッフは少しだけ驚く。
「出来ました」
そう自信満々に答える千早からスタッフは紙を受け取った。
『答え:アジアに生息する子作り上手な熊。子守が超上手い。座右の銘は「為せば成る」』
「はい、不正解ですね」
スタッフは用紙にバツのスタンプを押すと手をヒラヒラとさせた。遠ざかっていく二人はニコやかに微笑む女スタッフに向かっていう。
「あのスタッフ、絶対俺たちに答えられないようにしてやがる」
「言うな。次で正解しよう」
そう言いながら二人は次のクイズへ答えるべくモール内を探索し始めた。それから二人は何人かのクイズスタッフを見つけてクイズへと挑戦していくのだがその問題はとても二人に答えられるようなものではなかった。
「いやいや、おかしくない?九回やってなんで一回も解けねーんだよ!」
千早はベンチに座ってそう嘆いていた。彼の持っている用紙にはバツのスタンプが九個溜まっていた。
「クソッ、どうなってやがる。学年三位のこの蓮太郎様の頭脳でも解けないんなんて」
そういう感じに蓮太郎の頭はガクリと下がる。
(さてさて、どうしますか。椎名たちの映画ももう直ぐ終わる。次がラストチャンスだし、タイミングにしては丁度いいか)
パンと膝叩いた千早は曲がっていた背筋をピンと伸ばすと用紙を高らかに上げる。
「蓮太郎、俺達はここで負けちゃダメだ。やれる、やれることをやろう!」
「千早・・・へへ、悪い。ガラにもなく落ち込んでた。んじゃ、ラストチャンス行きますか」
そう二人は肩を組んで最後のクイズにチャレンジしに行こうとした。
最後のクイズの場所はモールの中でも少しだけ離れた位置にあった。直ぐ近くに映画館があったので、このままクイズを答えて椎名たちと合流するというナイスな場所でもあった。
『問題⑩現在上映中の《ラブラブライター》の登場人物、河野と淳司のエッチシーンはどちらが攻めでしょうか』
「「・・・・・・・・・」」
彼ら二人の目の前にいる女スタッフはこの問題に対して困惑している千早と蓮太郎の様子を見て、必死になって笑いを堪えている。
(いやいや、あんた下向いてるけど笑ってんのバレバレだからな)
ん?という疑問の籠った視線を千早は女スタッフに送ってみるのだが、スタッフはニコッと笑うだけで何にも言わない。
(この女・・・)
「千早・・・」
蓮太郎が涙目で千早を見た。
確かに千早にはある程度のBLの知識はあるだろう。だが、それはあくまで椎名から一方的に聞かされているもので、作品となれば話は別だ。
今回二人に提示されているのはBLの中でも作品になる。更にその中の登場人物の関係となってきた。
普通に考えて二人が答えられる訳がない。そうも分かっているのに千早はニヤリと笑うのであった。
その不敵な微笑みが連太郎にとっては妙に信じるに値するものでもあった。
「残念だがこのクイズ。俺の勝ちのようだ」
「ち、千早・・・それは一体どういうことだ?ゴックンコ」
根拠もないその千早の言葉に連太郎は緊張と興奮から生唾を飲み込んだ。だが、いつまで経っても千早がその根拠を言わないので少しずつ焦り始める。
「そ、それで答えは?」
連太郎が問う。
「お前の専門分野だろ?」
千早はゆっくりとペンを横にいた人物に差し出した。隣にいた人物はペンを受け取るとゆっくりと回答用紙に答えを書く。答えを書き終えると超自信満々でスタッフに紙を突き出すと千早と連太郎に言った。
「腐女子を舐めるな」
そのドヤ顔に思わずたじろぐ二人である。ていうか、イラつくレベル。まぁ、助けられた二人なのでこんな窮地を助けてくれた椎名に何も言わない。
ていうか、素直に賞賛する。
それからトレイに行ってたらしい恋奈と合流すると四人は一枚だけ○のスタンプがある用紙を片手にスタート地点へと歩いていく。
そこには大きなクジ引きBOXが置いてあった。中には多くのクジが入ってある。
「さて、では誰がクジを引こうか」
連太郎がそう言う。
それを聞いて四人は円になると話し合いをする。問題はクジ引きをするのは誰かということだ。そもそもの原因がなんなのかと思うと一回しかクジが引けないという今のこの状況にある。
それについてはクイズに正解出来なかった千早と連太郎が悪いということになってしまう。だが、そんな議論をしている場合ではない。
「俺はダメだ、最近運がない」
早速千早は自分という選択肢を削る。それに続いて連太郎も言う。
「ああ、俺もダメだ。前に拾った財布の中身がなんにも入ってなかった。一円もだぞ」
「連太郎、流石に引くわ」
「いやいや、冗談冗談」
そんな二人のやり取りを聞きながら椎名も恋奈もここ最近の自分自身の行動について考えてみる。だが、そこに答えはなく二人とも項垂れてしまう。
「ねぇ、恋奈。私って運がいいほうかな?」
「いやいや、そんなの聞いちゃうの?聞いちゃったら多分立ち直れないよ?」
「あんた私の運の何を知っているんだよ。いや、もういいけど。恋奈は最近いいことあった?」
「いいこと?って、言われても・・・ホントに些細なことなら朝ごはんに好物の鮭が出たとこぐらいかな」
「ちっさ、あんたの運とかちっさい!いやいや、そういうレベルの話をしてるんじゃなくて、なんかガチャで好きなキャラが出たとか。そういうの」
椎名のその質問に恋奈は笑いながら言う。
「ふっ、それならある訳ないかな」
「何をそんなに笑う必要がある。まぁ、そういう訳でこっちはダメみたい。せめて、千早ぐらいかな」
「何故俺なんだ」
「もしかしたらいける気が?」
「んなもんねーよ。だが、別に誰か引かないのなら俺が引いちゃうけども」
そんな感じに千早と椎名が話していると何故か連太郎と恋奈の二人は自身の不幸話における暴露大会になっていた。
「こいつらは無視して引くか」
なんの願いも込めずにまるで息をするかのように千早はBOXに手を突っ込んだ。ガサガサとその中の一つを掴むとゆっくりと引き抜いた。そのままバッと紙を広げるとそこにはなんと『特別賞』の文字が見えた。
こうして千早はただのオタクから運のあるオタクにランクアップした。
(いや、意味分からんよ)