第十七話 硝子の心
楓町で行われる花火大会は毎年その地域では大きなものでビックイベントの一つとして扱われている。
地方から集まってくる見物客も存外珍しいものではない。
「にしても、何故俺らはこんなことしてんだよ」
「仕方ないだろ、別に。集合時刻までって話なんだから辛抱しろ。バイト代もでるんだから」
行き交う人々を眺めながらボヤくのは千早と連太郎であった。彼らの両手にはフライ返しが握られていた。ジューと良い音と匂いとともに鉄板で焼かれているのは夏祭りの定番である焼きそばであった。
連太郎の親戚のおじさんに頼まれて二人はバイトしているらしく、椎名と恋奈のことを話したらその二人が来るまででいいよと言われた。
「そろそろ時間か?」
千早が時計を見ながら呟くと連太郎が「ああ、そうだな」と答えた。
二人はおじさんに説明して集合場所へと向かった。
好きな人と一緒に夏祭り。のような少し甘いシュチュレーションに対して千早は妙にウキウキしていた。
そんな顔を見た連太郎は「ったく」と呟きながらその隣を歩く。
そうこうしていると既に待っている椎名と恋奈が見えてきた。
「おつかれー」
「あ、伊藤君。おつかれー」
と、四人が合流した時に割って入ってきたのは宮野とその友人である沢村であった。
突然の謎イケメンに対して二人は驚く。
「え、誰?」
「えっと、隣のクラスにいた宮野君と沢村君だって」
恋奈が二人を紹介すると、宮野と沢村は挨拶する。
「ども、宮野です。えっと、二人とも椎名さんと恋奈さんの友人なんだって?今日は一緒に回ることになったからよろしく」
「え、あ、はい」
サッと出された手を千早は思わず握り締めるが、直ぐにその手を離す。
「沢村だ」
その隣にいた沢村はメガネをかけたクールなイケメンであす。自分の自己紹介を簡素に言ってあとは知らんぷりである。
「それじゃぁ、行こっか」
何故かその場を仕切り始めた宮野は自然に椎名を自分の隣に歩かせると屋台がある通りを歩き始めた。
「何か食べたいものある?奢るよ?」
「えっ、ほんとですか!?じゃぁ、ちっちゃいりんご飴食べたいです」
「全然いいよ。りんご飴好きなの?」
「私は好きですよ。りんご好きなんで」
「あ、そうなんだ。俺もりんご好きだよ。他のフルーツはみかんとか好きかな?」
「みかんは冷凍みかんとか美味しいですよね。冬になったらよくするんですよ」
「凄いそれは分かるな。こう、感触がいいんだよね」
と、そんな感じの仲睦まじい会話が彼の前で繰り広げられていた。
「・・・は?」
つい、感じてしまった感情が簡素に千早の口から溢れる。それを聞いた恋奈は凄く申し訳なさそうに千早の方を向いた。
「千早君、ホントにごめん」
恋奈がこの状況になることを止められなかったことを謝るのだが千早の心に変化をもたらすことはない。
「・・・別に、いいよ」
「・・・・・・・・」
連太郎は沢村とちょいちょいと話をしている。二人の会話から聞こえてくるアニメやゲームのキャラ名は意外にも沢村がオタク?だと匂わせている。
「ほんとは四人で行くつもりだったんだけど、宮野君が誘ってきて、つい椎名ちゃんが反応しちゃって」
「ああ・・・まぁ、大体のことは察して来た。お前が謝ることじゃない・・・ただ」
「ただ?」
首をかしげてくる恋奈に反応して千早は答える。
「目の前でこんなことされたらさ・・・ため息の一つや二つじゃ足りない」
「・・・ほんとにごめん」
「だから、お前が謝ることないから・・・俺が・・・俺が、変に感じただけだから」
「・・・・うん」
好きと、きっと自分で自覚した千早は目の前にある光景を見たくなかった。嫉妬という言葉が彼の中を巡り、汗に変わっていく。
自然に拳に力が込められるが、何故か抜けていく。
「四ノ宮、悪いけど俺屋台の手伝いあるから戻るわ」
「え・・・戻るって」
「見れば分かるだろ・・・これ以上は無理だわ」
千早はそう苦笑いすると恋奈が再び声をかける前にそこから来た道を戻り始めた。その儚げな一人の男の背中を恋奈は追いかけられないで無言で見続けた。
数秒して連太郎が「やっぱりか・・・はぁ、なんでかなぁ」と愚痴るようにそう溢した。
「・・・・ごめん、私も行く。あの二人が必要以上にくっつかないように見張ってて。沢村君と伊藤君・・・お願い!」
握り拳を作った恋奈は立ち去る千早の背中をロックオンするが、直ぐに人混みの中に消えてしまった。
「おいおい、何するんだよ」
「何って・・・あのクソチキン童貞野郎に一発喝入れてくる」
その強気な言葉を聞いた連太郎はニヤッと笑う。
「はは、俺じゃぁ無理だったけど・・・任せるよ」
「任されました」
慣れない下駄を履きながら恋奈は一人千早が消えた人混みに向かって走り出した。




