第十一話 打ち上げ
「と言う訳で、文化祭お疲れ様でしたー!」
メガネをかけた委員長の声とともにそれぞれがグラスに入ったジュースを互いに鳴り合わせ、今しがた終了した文化祭の労いの言葉をかけていた。
まぁ、所謂打ち上げと言う奴だ。
とある飲食店の宴会席にて今日の売り上げを少しばかり加算して打ち上げを行っていた。
「いやぁ、千早の女装は似合ってたなぁ」
そう言うのは蓮太郎の隣に座っている長身アフロの男、大島清彦である。清彦は写真部で、その手元にある一眼レフには今日の文化祭の写真がある。勿論、千早の女装写真もだ。彼が後日それを文化祭写真として千早の女装写真を掲示板に貼ったのはまた別のお話。
「そう言えば清彦、うちの女子の男装写真はあるんだろうな?」
蓮太郎がニヤニヤしながら言うと、清彦も「値は張りますぜ、旦那」と受け答えしている。そんなやり取りに苦笑いしながら千早は出された料理を一つ口に入れて、その場を楽しんだ。
一時間ぐらい経つと千早の隣に椎名と恋奈がやってきた。
「「「おつかれー」」」
と、三人でグラスを鳴らす。
「ん?連太郎君は何やってるの?」
「知らない方がいい」
「そ、そう。いやぁ、それにしても今日はかなり疲れたねぇ」
「まー・・・そうだな。精神的になんかな」
「それに、千早は椎名ちゃんのヒーローだからね」
と、恋奈がそう言った。それに反応して千早は少しだけ顔色を悪くする。自分より威圧的な相手に歯向かうことが後に引きずるような行為であったからだ。あの時のことを思い出して千早は気分を悪くする。
しかし、それに反対して椎名としては嫌だったという印象よりも、千早の姿を見て高揚した。つまり、とても嬉しかったというものが上回った。
他校の生徒に少々乱暴にされたのは辛い記憶だが、千早の姿はそれすらも凌駕したということになる。
そんな非対称的な反応を見て恋奈は「まだまだ子供だね」とそう呟いた。
それを聞いていた二人は「「お前に言われたくない」」とそう言った。
「にしてもだな。最後の生徒会長のアレは絶対にないでしょ」
千早がそう言うと連太郎が「それな」と同意してきた。
「いやぁ、けどそれは地雷踏んだ二人が悪いな。流石にゴリラはないでしょ」
「待て、俺たちは一言もゴリラとは言ってないぞ」
「じゃぁ、何言ったの?」
「何って・・・対エロ魔神兵器とか、火力馬鹿とか?」
そのセリフを聞いて椎名も恋奈も呆れる。
「ん、んー、千早君。それはゴリラと言ってなくても十分に殴られるレベルかな」
「うぇっ!いやいや、本人が私のことをどう思っている。そう言われたから、本音で言ったら・・・あの人、人間やめちゃったよ」
とかんとかやっていると千早の隣にいる椎名の様子が少しおかしいことに気がついた。顔色が少し優れないというか、赤く見えるのだ。そして、なんとなくだが目が虚ろで表情もボケーとしている。
その様子に疑問を感じた千早は恋奈と顔を見合わせて椎名に声をかける。
「おーい、どうした椎名?」
千早が椎名の目の前で手をヒラヒラさせると、椎名はゆっくりと首を動かして千早の方を見た。
「おい・・・」
椎名にしては酷く野太い声に千早はビビってしまう。
「は、はいっ!」
「お前さぁ・・・生徒会長と最近仲いいんだよな」
「へ?あ・・・ん?どういう「黙らっしゃいっ!」は、はい!」
「こっちはよぉそんな話ばっかり友達から聞いてよぉ。イライラしてんだよぉ!」
とか言いながら叫んでくる椎名を見て千早は思った。
(あ・・・こいつ、酔ってるわ)
「おい、誰だこいつに酒飲ませた奴!」
そのままギャーギャーと椎名の怒声を聞きながら何故か正座してしまう千早であった。ひとしき声を出してすっきりしたのは椎名はショボーンと静かになったと思ったら、急に泣き始めたりして大変であった。その後は千早と恋奈がどうにかこうにかして椎名を大人しくさせ、挙句の果てには寝てしまうという事態に落ちてしまった。
「ごめんねぇ、千早君。椎名ちゃんとは家が反対方向だから」
「いいよ、別に。大した距離じゃないし」
宴も終わり、帰る時間となった。B組はそれぞれ帰ろうとした時、ぐーぐーと寝てしまっている椎名をどうしようかとなった。そこで、同じ方向に家がある千早に白羽の矢がたったのだ。
「ふぅ・・・・」
千早は自分と椎名の鞄を手に取り、彼女を背中にのけておんぶという形で俺は自分の家へと歩いていた。
夜の七時過ぎということもあってか、千早たち以外に通行人はいなかった。
(暑い・・てか、重い・・・)
とか思いながら千早が椎名を背負いながら暗闇の道を歩いていると、彼は不意に上を見上げた。
そこにはいつもは見れないほどの綺麗な星空が広がっていた。この星がこれからもっと綺麗に見えてくるのだと思うとなんとなくであるが嬉しい気持ちになる。
「ん・・・・ん・・・・ん?千早?」
「よう、やっと起きたか。泥酔野郎」
「泥酔って・・・あ・・・んあ・・・なんか微妙に思い出してきた」
椎名は片手で頭を抑えながらそんなことを呟くと一気に顔を赤くした。だが、それは千早には見えない。
だけど、その熱は確かに彼に伝わった。
「ん?風邪でも引いたか?」
「な、なんでもない・・・」
「はいはい、変にお酒なんて飲むからそんなことになるんだよ」
「べ、別に好きで飲んだ訳じゃないんだからね」
「ツンデレ?悪いが、リアルのツンデレはやめとけ。受けが悪い」
「ち、違うから!」
「まぁ、それは良しとして。そろそろ降りてくんない?」
千早がそう言うと椎名は少しだけ考えてその背中に再び自分の身体を預ける。「あっ、降りてくれないのね」と呟くが、そこが彼の優しさなのだろうか。そのまま椎名を背負って歩き続けた。
如月家を前にしてやっと椎名を降ろす。
「ったく、少しはダイエットしろよ」
「千早、デリカシーがない男はモテないよ」
「別にモテる必要ないよ」
「まぁ、取り敢えずここまでありがとう。明日は久しぶりにダラダラしようかな」
「いっつもお前はダラダラしてるだろーが」
そこまで言って二人共ププと笑い出す。
「まぁ、じゃぁな」
「うん、お疲れ・・・・・」
互いに手を振って別れを告げる。何か物足りなさを感じた椎名であるが、振り返ったその彼の後姿にはこちらを振り向く素振りもない。
その態度に少なからずの寂しさを感じるも、これが千早と割り切った。
だから、言葉にした。
「千早」
ノロリと振り向く千早に椎名は最上級の笑顔と感謝を込めて。
「今日はありがとう!」
そう言った。
直後、彼の口角は微妙につり上がった。




