真月
「ねぇ、月が綺麗だねぇ〜」
そう、君が言うから思わず空を見上げた。
闇に包まれることの無い都会の空は本当の黒を知らないとでも言うように濃紺に広がっている。
ぼんやりと街を照らす街灯に混じって上に向けて弓矢を放つ薄黄色をした月が見える。
別にいつも通りじゃないか、そう言いたげに仄かな光を湛えていた。
別に。普通の月だよ。
そう、君の方に向き直った時に気がついた。
君はもう月は見えない事に。月どころか、僕の顔さえ見えない。
だって、君の目はもうなにも見えなくなってしまったから。
あの日、君は僕の命と引き換えに目を失った。
君を傷つけるぐらいなら命を差し出した方が良かったと何度も思った。
でも、君は許してくれなかった、だから今君の目の変わりは責めてもの罪滅ぼしであり、唯一の一緒に居る言い訳だ。
「覚えてなぁい?昔もよくこうやって月を見たでしょう?
あの時は私は夜空を描いてていつだってケッチブックを抱えながら君の隣を歩いたよね〜?」
そうだね。君は絵を描くのが好きでいつだって美術部がとか、あの景色描きたかったとかワガママばっかりだった。
そのワガママがどれだけ愛おしかったか、どれだけ楽しみにしていたかなんて君は知らないんだろうな。
16歳の女の子にしては子供っぽい高めの位置で結ったツインテールが揺れる様子も大きな作品を描くからって毎日持ち帰っていた画板を抱えて走る姿もまざまざと思い出せる。もう、そんなすがたも見れないけど。
「ねぇ、もうそろそろ夜が明けちゃうね。」
まだまだだよ夜はこれから。
まだ、月は登り始めたばっかりだよ。
背の高いビルの影に見え隠れしてるよ?
ほら、まだ、空は帷を下ろしたばかりだ。
「嘘はダメ。もう、1年もそう言ってる。私はもうそろそろ行かなきゃ。」
どこに行くって言うんだよ。
僕の隣以外どこに君の居場所が有るんだ。
君のいない世界なんて要らないし、そんな世界行きたくない。
「明けない夜は無いんだよ。そろそろおはようの時間だ。」
いやだ、まだ起きたくない。
君がいるなら夢でも、死後の世界でもなんでもいい。
君のいない世界なんて考えられない、そんな世界こっちから願い下げだ。
「君はさ、絵は下手くそだけど練習すれば上手くなるよ。だから、目が覚めたら私の絵いっぱい描いてよ。捨てても捨てきれないぐらい。そしたらまた、出会えるよ。」
わかった。
約束する。目が覚めたらいくらでも君の絵を描くよ。
最初は下手くそだろうけど、練習して上手くかけるようになるよ。そしたらまた、君と出会おう。
「うん、またね。」
あぁ、また会おう。何故だか分からないけれど頬に涙が伝った。
その瞬間、眩しい程の朝日が僕を照らした。
動くことを諦めたからか、ギシギシと軋む身体、食事を取っていないせいでやせ細った手足、カラカラに乾いた喉からはひゅーひゅーと弱々しい呼吸音しか聞こえない。
君のいない世界
僕の生きるべき世界に帰ってきた。
でも、不思議と不安は無い。
だって、君に歩むべき道への道標を貰ったから。