【番外編】 初めての悪阻
愛する人の子供を授かることがこんない苦しいことだったなんて知らなかった。体重が落ちたのは嬉しいけれど食べ物を見るのも匂うのも苦痛しか感じないなんて最悪だ。
こんな調子で毎日が過ぎていく。誰もがつわりの間は仕方ないですよって言うけどいつになったら元どおりになるのか教えて欲しい。
「君がこんなに辛い思いをするなんて知らなかったよ。今朝ははつわりの時でも食べられるマルコーニャを作ってもらったからね」
陛下は優しい。でもマルコーニャは食べたくない。確かに匂いもないから吐き気はおこらないけどマルコーニャはもう食べたくない。朝食、昼食、夕食と全てマルコーニャで飽き飽きだ。かと言って他の食事は吐き気で食べられないのだから仕方ないかもしれないけど……。
「わたしだけマルコーニャで、陛下はずるい。陛下は違うもの食べてるんでしょ」
悪阻がひどくなってからサイラス様と食事をとることがなくなった。それは私が匂いに敏感になったからで苦しむのは私だと言うのは分かってるけど一緒に食べれないのが辛い。だからついついワガママなことを言ってしまう。
「私はいつだって一緒に食べたいんだよ。今日の夕飯は一緒に食べよう。私もマルコーニャにするから、それならカホも食べるだろ?」
陛下はいつも優しい言葉をかけてくれる。でも最近は優しくされるのも辛くてすぐに涙が出てしまう。こんな泣き虫な自分が嫌いなのにいつも陛下を困らせてしまう。
陛下が執務に出かけると仕方なく起きてマルコーニャを食べる。赤ちゃんのためだと諭されると残せない。とにかく何か食べないと赤ちゃんに良くないらしい。
「あーあ。日本の果物とかなら食べれそうな気がするんだけど……。ナナミさんに相談してみようかしら。このまま毎日マルコーニャだけだなんて嫌すぎるもの」
侍女のマリーに頼んでナナミさんにお手紙を書いた。普通なら届くのにすごく日にちがかかるけどタケル様経由で送るからすぐに届くはず。明日にはきっと日本の果物が食べれるわ。
「ナナミは何でも屋じゃないぞ。百均だからそんなにたいそうな果物はないそうだ。100円コンビニにあるのはバナナとりんごくらいだって言ってるよ。どうする?」
手紙を出して三十分もたった頃、突然タケル様が現れた。今回は一応扉の前に転移したらしくノックをして入ってきた。
「そうなの? いちごとか梨とかないの?」
「季節からいって無理だろう。いちごはもう少し後だな。果物が入ったゼリーとかヨーグルトにしたらどうだ? 一応預かってきてるぞ」
そういってタケル様が取り出したのは懐かしい日本のゼリーやヨーグルトだった。これだと思った。そう日本の果物が食べたかったのは本当だけど、別に果物が特に食べたかったわけじゃなくて日本の物を欲してたんだ。
私はタケル様が持ってきてくれたゼリーやヨーグルトを食べた。久しぶりのマルコーニャ以外の食べ物は美味しい。吐き気もしないし最高だ。
「他に食べたいものはないのか? 妊娠してる時って変なものが食べたくなるってナナミが言ってたぞ」
「最近は食べ物のことを考えないようにしてたからなぁ」
食べ物のことを考えると吐き気がするから出来るだけ考えないようにしていた。でも日本のもの限定ならずっと頭に浮かんでるものがある。でもきっと無理だよね。でももしかしたらあるかも…。
「その顔は何かあるんだろう? 言うだけ言ってみろよ」
「あのね、ミニ白あんぱんが食べたいの」
「黒はダメなのか?」
「うん。ミニ白あんぱんと牛乳って合うのよね〜」
私が目を輝かせてそう言うと
「あんぱんと牛乳は確かに合うけど……何で……まあいいか。ナナミに聞いてあったら持ってくるよ」
とタケル様は答えてくれた。無理だとも諦めろとも言わない。あったら持ってくると言ってくれた。それがなんとなく嬉しい。
「あ! 牛乳のストロー付きもお願いね。日本の牛乳が飲みたいの」
「分かったよ。あと追加でゼリーとヨーグルトも沢山持ってくるよ」
それだけ言うとタケル様は消えた。突然現れて突然消える。タケルにしかできない転移魔法。
今日の夕飯に間に合うといいな。きっとサイラス様は驚くだろうけどマルコーニャだけを食べるよりずっと身体に良いから反対はしないだろう。ミニ白あんぱんあるといいなぁ〜。




