【番外編】女神様もそんなに意地悪じゃない
小鳥のさえずりに目が覚めた。
横をむけば黒い頭が見える。カホだ。
そういえばカホがこの地に来てしばらくは一緒に寝てたことを思い出した。カホは覚えているだろうか?
「う、う〜ん。サイラス様、起きたのですか?」
「ああ。起こしてしまったか?」
「まだ早いですね」
「あまり早く起きるとうるさいからな」
侍女のマリーとメリーは予定がずれるのを嫌うから起こしに来るまではベッドから出ない方が良いだろう。
「今朝は気分が悪くないか?」
「はい。悪阻も終わったようです」
カホの悪阻を初めて見たときは驚いた。妊娠してる事に気付いていなかったから何か悪い病気にかかったのではないかと気が気でなかった。
妊娠だとわかって安堵したが悪阻というものがこれほど大変なものだと知り自分が変わりたいと何度思ったことか。
誰もがしばらく一緒に寝ないほうが良いと言ってきたが、カホが大変な時に一人だけ呑気に違うベッド寝れるはずもなく、カホに何か言われるまではと
ずっと一緒のベッドで寝ている。
悪阻が終わったのならもう誰からも文句を言わせない。
「夢を見てた。カホがここに来た頃の事だ。カホはどの位覚えてる?」
私が尋ねるとカホは「う〜ん」と目を瞑る。
「そうですね。すごく不安だったこと。家に連れて帰ってもらえると思ってたら、全く違う所で、知らない人ばかりで戸惑ってた事を覚えてる。あなたの服を握ってることしかできなかった。大きい人ばかりで、髪の色が違う人ばかりで不安だった。でも、細かい事は覚えてないです」
カホはあの時10歳だったから無理もない。私でさえ何故一緒のベッドで寝てたのか思い出せないのだから。
「しばらくの間、一緒に寝てたのは覚えてるか?」
「えっ! 私とサイラス様がですか?」
「覚えてないのか?」
「え〜と、う〜ん、あ〜覚えてないかもです」
全く覚えていないようだ。泣いて縋り付いて寝てたように思うが、ショックな事ばかりで封印された記憶もあるのだろう。
カホは今は前の世界に戻りたいとは思ってないようだが、私は時々不安に思うこともある。カホが消えたら、来た時と同じように今度は向こうの世界に戻ってしまわないと確信が持てないからだ。
今まで戻れた人はいないとタケルも断言したが、戻れた人はこの世界にいなくなってるわけで何も言えないのだから本当にいないと言えるのか。特に姿を消す能力である「かくれんぼ」をカホは持っている。たまらなく不安になる。だから仕事がある昼間は無理でもせめて夜だけは離れたくない。カホの隣で眠りたい。カホを腕に抱いて眠りたい。
ギュっと抱きしめると
「どうかしましたか?」
とカホの不安そうな声。
「いや、まだ早いからもう少し寝よう」
「そうですね。私もサイラス様と同じ夢が見たいです。若かりし頃のサイラス様を」
「何を言ってる。私は今でも若いぞ」
「ふふふ、そうですね」
しばらく腕の中で笑っていたがコトンと眠った。妊娠してから眠ることが多くなったと聞く。身体が眠りを欲しているのだろう。
大丈夫。子供まで出来たのだ。女神様もそんなに意地悪じゃない。




