18 サイラスの思い―サイラスside
「強引に連れて帰ると思ってたよ」
タケルは人払いがされた私の執務室に入ると言った。確かに強引に連れて帰りたかった。
「そうだな。タケル様がいなければそうしたかもしれん。女だけで旅をするのも危険なのに誰ともわからないものに狙われてるんだからな」
タケルが捕まえたものは牢に入れられた。明日から取り調べが始まる。これでカホの命を狙ってる犯人が分かればいいのだが。
「残念ながら今は俺も忙しいから付きっきりで相手はできない。俺の領地で面倒を見るか、今住んでるデルファニア国に連れて行くかだな。ウータイは敵にも知られてるから危険だろう」
「領地に住んでないのか?」
「いろいろあってな。まあ、どこに住むかはカホ様に任せるか。家出したんだから何か考えもあるだろう」
どうかなと思う。基本的にカホは何も考えてない。行動が先に出るタイプだ。
「で、犯人に心当たりはないのか?」
「正直さっぱりだ。愛妾を殺して得する人はいない」
「でも結婚するんだろう。未来の妃ならいくらでも狙われるだろう」
「確かに。だがカホを妃にすることを知ってるのはまだ数人しかいない。皆、私に忠誠を誓っているし、カホのことは異世界人だって知ってるから狙ったりしない。女神様の加護を受けてる異世界人を殺そうとするなんて無謀だろう」
女神様の加護を受けてる人間を殺すことはできる。だがそんなことをすればその地に女神様の加護はなくなり、殺した者も不幸が続くと言われてる。迷信だが上級貴族ならだれでも知ってることだ。ただカホは気づいていないみたいだが、カホが異世界人というのはあまり知れ渡ってない。
カホを引き取った当時、王子の気まぐれで引き取られた少女と思われていたのでそのままにしていたからだ。
「普通に考えて一番怪しいのはクリスティーナ侯爵令嬢だろう。彼女が王妃になると皆が思っているのだから」
タケルの発言はクリスティーナを知らなければ誰でも思うことだ。だが彼女はカホを気に入っている。あり得ないことだ。
「いやそれはない。クリスティーナ嬢はカホのことをとてもかわいがっている。あれが演技だとは思えない」
「甘いな。裏は取ってるのか? 誰が犯人かわからないんだったら一番疑わしい人物を感情だけでかばうなよ」
はっとした。確かに裏は取ってない。私は甘いのだろうか? カホの命にかかわることだ。なぜ調べなかったのだと言われても返す言葉がない。
「俺はカホ様に王妃なんて重責を負ってほしくない。付き合いが長いわけではないが、十歳でこの世界に来たカホ様は俺の知る同郷の誰よりも不憫な気がする。この世界では十歳で親から離れて暮らす子供は多い。でも俺たちの暮らしてきた世界では親に庇護されてる年齢だ。その年でお前に拾われた子供はお前に逆らえない気がする。一見お前に恋しているように見えるが、勘違いかもしれない。面倒は見るがカホ様のためだ。カホ様がここに帰りたくないと結論を出したら、協力するつもりだ」
タケルはそれだけ言うといなくなった。
カホがいなくなるなんて考えてもみなかった。異世界人は元の世界に帰れない。それを知ってたから安心していられた。城から出て新しい生活になれたら私のことなんて忘れてしまうかもしれない。
これからどうしたらいいのだろう。こんなうじうじしても何も解決しないのだ。
私は鈴を鳴らした。
タケルの意見に従うのは業腹だが私の側近からも言われていたのだ。クリスティーナ嬢を調べたほうがいいと。それをしなかった私は怠慢だった。
「何かご用でしょうか?」
「カホの件だ。クリスティーナ侯爵令嬢を調べてくれ」
一瞬目を見張ったが一礼して
「了解しました」
といった。