秋一文字
宮殿の応接間。
マルタがおれの向かいに座り、二人で窓の外を見ている。
遠くに建造中の戦艦がうっすらと見える。その巨大さ故にここからでも目で確認できる。
「あれって完成したらどうなるの?」
「そうだな、一言でいうと動く要塞だな」
「動く要塞?」
「ああ、動く。そのための動力源もある。砲台も改良型を積んでる、ニートカの上位バージョンだ。試し撃ちしてみたがリベックの端から端まで飛ばせるくらいの射程があった」
「へえ、すっごいじゃん」
「感謝してる、あれはあんたらが狩ってきてくれた素材が使われてる」
「ああ、あの黒いトローイ。あれかなりレアだったんだよ。魔法陣あっても探すのに苦労したんだから」
「ああ、感謝してる」
「ま、ギブアンドテイクだけどね。あんたには定期的に甘い物をもらってるから」
あっけらかんと言い放つマルタ。
彼女がいうように、カザン族には定期的にスイーツを送ってる。
というよりフードプリンターに使うフードキューブを定期的に供給してるって言った方が正しい。
キューブをプリンターに入れてスイッチを押せば好きな食べ物になるって言う素敵な魔法アイテムだ。
それで彼女達と契約を結んで、働いてもらってる。
「で、今日は来たのは何の用なんだ」
「え?」
「お前が直接来るなんて珍しい。そこそこの用事ならヴァレリヤをよこすだけだろ?」
ヴァレリヤという女はカザン族長マルタの腹心だ。
おれでいえばユーリアにちかいポジションの女である。
「うん、ちょっとお願いがあってさ。族長のあたしが頼むのが筋かなって思って」
「なんだ、言ってみろ」
「カザンの近くに大きい河があるんだ。その河の上流でちょっと前に大雨が降って、増水したのね」
「増水? 大丈夫なのかそれは」
「大丈夫大丈夫、カザンが半壊しただけだから」
「えええ?」
「あ、それはいつもの事だから大丈夫」
話の内容の割りにはマルタはけろっとしてる。
「あの河、何かあると増水して暴れだすんだよね。もう慣れっこだから」
「そういうものなのか」
「でさ、カザン伝統の増水バトルをやったのね」
「はい?」
なんじゃそら。
「水かさが増えるじゃん、そこで河の中に入って、攻撃してどこまで河の勢いを押し返せるか競うのね。ちょっとした武闘大会ってとこ?」
「いや意味がわからない」
「ああ、武闘大会って言い方悪いかも。っとね……修行っていえばいいのわかる?」
「いやそう言う問題じゃない」
微妙にわかるけど。
おれの頭の中である光景が浮かんだ。荒れ狂う冬の海で修行する達人の姿が。
「それさ、毎回優勝者には族長のあたしから何か願いごとを一つ叶えることにしてるのね。そういうご褒美っていうか、名誉? そういうのを目当てに一族の人間が頑張る訳ね」
「なるほど」
段々わかってきた。
相変わらず「おまえら何やってんだよ」って思うけど、徐々にわかってきた。
「でさ、ここからが本題。今回優勝した子がね、あんたとデートしたいっていってるんだ」
「……は?」
「だからデート」
わかりかけてきたのが、またわからなくなってきた。
☆
人々が行き交うリベックの町広場。
あの時の高台はもうないけど、おれが即位した式典で使った広場だ。
「あ、あのッ」
そこで待ち合わせをしていたおれに、人の女の子が話しかけてきた。
メガネとおさげ、それにロングスカートという出で立ちの女の子だ。
彼女はあわあわした様子で、必死におれに話しかけようとしてくる。
「わ、わた、わたわた――」
「ラリーサだな」
「ははははい! ラリーサっていいます」
「話はマルタから聞いてる」
「ごごごごめんなさいお待たせして。町が広すぎて」
「いやいい、気にするな。それよりもいくか」
「はいっ」
ラリーサと並んで、一緒に歩き出した。
横についてくる彼女をちらっと見た。
マルタの話じゃ、増水バトルに優勝した実力者だって話だが、とても強そうには見えない。
むしろ文学少女って雰囲気の女の子だ。
どうでもいいって思ってたが、彼女をみて増水バトルとやらがどんなルールでやってるものなのか気になってきた。
「あの! 今日は本当にありがとうございます! あたしずっとアキトさんの事を尊敬してました。一緒にならんで歩けるなんて夢の様です!」
「そうか」
「あ、あの!」
「うん?」
「それって……エターナルスレイブ、本物ですよね」
ラリーサの視線がおれの腰に注がれる。
宝石をあしらった奴隷剣、真・エターナルスレイブだ。
「ああ、本物だ」
「ああ、やっぱり……」
ラリーサはうっとりし出した。
なんというか、アイドルの衣装展であこがれの人の持ち物をみたファンの目に近い。
「これが気になるのか?」
「はい! あたし昔は違う武器を使ってたんですけど、アキト様のエターナルスレイブをみてから武器を同じロングソードにしました」
「へえ、それまでは何を使ってたんだ?」
「鉄球です」
「へ?」
「これくらいのとげ付きの鉄球です。鎖がついてて、振り回して戦うんです」
ラリーサは両手を広げた。
「それ……重くないか?」
「はい! でもぐるぐるして勢いをつければ普通に使えます」
いや普通には使えないと思う。
ていうか遠心力をつけてぶん回すのか、凶悪だな。
そんなものを振り回すなんて、彼女の細腕から想像もつかない光景だ。
だが嘘をいってるようにもみえない。
一見文学少女でか弱そうに見えてもやっぱりカザン民、戦闘民族だなあ。
「って事は今の武器は剣なんだな? 今日は持ってきてないのか」
「あ、それならここに!」
ラリーサはスカートをたくし上げた。
ロングソードはスカートの下、足にくくりつけられている。
白い太もも、ちょっとまぶしい。
「――きゃあ」
ラリーサは小さな悲鳴をあげて、慌ててスカートを下ろした。
おれは咳払いして、話をそらした。
「さて、どっか行きたいところあるか? ただ歩くだけじゃ芸がないだろ」
「お、お任せします。アキトさんのいい様に」
「いいのかそれで、ご褒美にならないだろそれじゃ」
「いいえ!」
握り拳で力説された。
「あたしはアキトさんとこうして歩いてるだけで幸せですから」
「そうか」
どうやら本気っぽいが、だからといってそれに甘えて何もしないで、ただ歩くだけってのもの男の沽券に関わる。
奴隷じゃないけど、やっぱり笑顔は見たい。
なにかないかな、とおれが考えてると、居酒屋「奴れい」の前を通った。
丁度中から出てきたイネッサとばったり会った。
イネッサはおれとラリーサを交互に見比べた。
「おや、王様はデート中かい?」
「まあそんなもんだ。どうだ? 店の調子は」
「王様のおかげで上々さ。この看板、王様が直々に書いてくれたものだって知られてから客が更に増えてね。今じゃそこ――」
イネッサはある席をさした。
「――看板が一番よく見える席の予約が半年先まで埋まってる状況さ」
「なんじゃそりゃ」
意味不明だし、大げさすぎる。
「王様には感謝しても感謝しきれないくらいさ。ありがとう王様、時間があったらまた飲みにおいでよ」
「そうだな。また邪魔させてもらう」
イネッサとわかれて、更に歩き出した。
横でラリーサがおずおず聞いて来る。
「あのアキトさん……今のあの看板、王様が書いたってあのおばさんの人いってましたけど」
「ああ、成り行きでそうなった」
それがどうした、って顔でラリーサを見る。
「……いいなあ」
「なんだ、お前も看板が欲しいのか?」
「う、ううん。看板は――アキトさんのものなら看板でも欲しいけど、それよりこれに――」
自然な動きでスカートをたくし上げ、そこにある剣を抜いた。
今度は下着丸見えになったが、真顔のラリーサは気にしなかった。
「これにアキトさんのサインが欲しいです」
「なるほど」
サインか。ますますアイドルとファンだなって思った。
歩きながらあごを摘まんで、少し考えた。
いきなりのデートで何をするのかわからなかったけど、いいことを思いついた。
「よし、今から戦うか」
「え?」
☆
リベックの郊外、おれはラリーサが向き合っていた。
向き合いながら、二人とも武器を構えている。
ラリーサは細身のロングソード、おれは当然真・エターナルスレイブ。
「さあ、かかってこい」
「はい!」
頷き、ラリーサは遠慮する事なく斬りかかってきた。
「むっ」
一瞬で間合いを詰められて、下から跳ね上げる鋭い斬撃。
空気を引き裂いて、うなりを上げる。
それを受け止めた。剣と剣の間に火花が飛び散る。
細腕から信じられない程のパワーだ。
手がちょっとしびれる。
「ぃやあああああ!」
先手をとったラリーサは回転をあげて、次々と斬りかかってきた。
それを剣で受け止めていると――いきなり彼女が目の前から消えた。
「横――いや後ろッ」
振り向き、目の前に迫った斬撃をはじく。
回転が更に上がる、暴風の様な連撃が飛んでくる。
重くて……速くて……強いッ。
よけた一撃が地面にたたきつけられ、直径五メートルのクレーターができた。
流石戦闘民族だな――と思っていると。
「アキトさんのサインアキトさんのサインアキトさんのサイン――」
ぶつぶつつぶやいてるのは聞いててちょっと怖かった。
が、嬉しくもある。
間違いなく全力、出し惜しみなしの全力だ。
そうするほど憧れてるってのはいい気分だ。
「絶対――もらうっ」
それは、全力で答えなければならないと思った。
☆
尻餅をつくラリーサ、のど元に真・エターナルスレイブの切っ先を突きつける。
「ここまでだな」
「――ッ。……はい」
下唇を強く噛んで、絞り出す様に言って、頷く。
負けたのに気丈だな――と思いきや。
「……うええええん」
次の瞬間、ラリーサはいきなり泣き出した。
大声を上げて、ワンワンと泣きじゃくる。
「お、おい。泣くなよ」
流石にこの反応は予想外だ。
「らって、らってあきほはんの」
「ああもう泣くな。おれは泣かれるのが一番きらいなんだ」
ラリーサは奴隷じゃないけど、それでもだ。
泣かれるよりも笑ってもらった方がいい。
「ぐすっ……」
おれに言われたからラリーサは泣き止んだ、だけどかなりガマンしてる顔だ。
悲しいけど、無理矢理押さえて泣き止んだだけだ。
その顔は――きらいだ。
「ちょっと待ってろ」
そういってDORECAを取り出した。
メニューの中から鉄の剣を選び、10倍の魔力消費で作った。
そして『解体』を指先にかけて、柄のところに文字を刻む。
魔力で柄が削られていき、満足したものになった。
それをラリーサに差し出した。
「ほら、これをやる」
「え?」
「サイン入りだ」
「でも……あたしアキトさんに勝てなかった」
「ああ、だから半分だ」
「半分?」
「読めないだろうが、これは『秋人』の秋だ。この下に本来ならもう一文字ある」
『解体』をキャンセルして、指で「秋」の下に「人」の文字をなぞる。
「半分……」
「これをやる。これもってまた挑戦しに来い、おれに勝てたら『人』も書いてやる」
ラリーサは剣を受け取って、大事そうに抱きかかえた。
「ありがとうございます! 一生大事にします!」




