奴れい
酒場の中、おれのテーブルに大量の料理と酒が積み上げられている。
店の女主人、イネッサが次々と運んでくるのだ。軽く食べ放題か満漢全席のようになってて、向こうのもてなしの本気度が伝わってくる。
「王様、どうぞ」
隣にいる美女がおれに酌をした。
グラスに注がれる少し濁った酒、リースで作られたマガタンの特産『嫁入り道具』らしい。
特産になるだけあって、結構美味しかった。
「もう一杯どうですか王様」
「もらおう。にしても……」
グラスについでもらいながら、テーブルの上の料理を見る。
肉に野菜に魚、穀物類もある。
およそ考えつく食材は一通りあって、それが調理されてるって感じだ。
「よくこんなに揃えたもんだな」
「王様のおかげです」
女は酒瓶をテーブルの上に置いて、おれをまっすぐ見た。
「あの、王様」
「なんだ」
「わたし、ずっと王様にありがとう、っていいたかったのです」
「どういうことだ?」
「わたし、最近リベックに流れ着いたものなんです」
「流れ着いた。サルから戻ったパターンか?」
「いいえ。前いた村は邪神の軍勢に滅ぼされて、わたしたち家族は命からがら逃げて、山奥に身を隠していたんです。しばらく山の中にいたのですが、食糧もなくなって、外に出たらマラートとあったんです」
「マラート」
最近よく出る名前だ。
「それでマラートに見初められて、あいつの屋敷に連れて行かれたんです。そこに王様がやってきました」
「あの日の事か」
時系列がわかってきた。
「はい、王様はマラートを倒してわたしを助けてくれました。そのお礼をずっといいたくて」
「気にするな」
ただのついでだからな。
やろうと思ってやった訳じゃないから、ことさらお礼を言われるような事でもない。
「はい、それでもありがとうございます!」
「そうか。で、今は生活どうだ」
「王様のおかげで働いてちゃんと生活出来てます」
「別におれのおかげじゃ――」
「ううん、王様のおかげです。あの後もしばらくの間生活苦しかったですけど、ある日王様に会ったら――あの時は領主様ですけど、王様は話を聞いて、わたしの家族に仕事を紹介してくれました」
おれはグラスを置いて、女をじっと見た。
その話が本当なら、実際に一回はあっていると言うことになるが……思い出せない。
頑張って思い出そうとするが、思い出せない。
「すまん、思い出せない」
仕方ないので素直に謝った。
「仕方ないですよ。王様、そういうことを毎日やってらっしゃるから。一週間前にたべたご飯の事なんて思い出せないのと一緒です」
女はにこやかに微笑んだ、気分を害した様子はない。
「でも、すごく感謝してます」
「そうか」
感謝されるのは悪い気分じゃない。
おれは酒を飲んで、料理を食べた。
彼女達に歓待されて、楽しい一時を過ごした。
「そうだ王様」
一通り料理を出した後、戻ってきたイネッサが切り出した。
「一つお願いをしてもいいかねえ?」
「なんだ、言ってみろ」
「王様はこの店の初めての客じゃないか――あっ、もちろんお金なんか取らないよ。でも初めての客じゃないか」
「ああ、そういうことになるのか?」
金を払わなくていいっていわれたけど、招待客、って意味なら客だな。
「せっかくだし、王様がこの店の名付け親になってくれないか」
「名付け親?」
「そう」
頷くイネッサ。
「王様につけてもらえないかね」
「イネッサさん、それは失礼過ぎるよ。せめてこっちが考えて、王様に公認してもらうというのはどうかな」
「そうか! そうだね、そっちの方がいいね」
「いや待て」
手をかざして止めた。
「悪いがそっちはNGだ」
「どうしてだい?」
「どうしても」
頭の中に「ブラガダリュー」が浮かび上がった。
この世界の――おれの国の国民に任せたらああいうノリになりそう。
それは……それも悪い気はしないけど、行きすぎだ。
「おれが考えてやる」
「いいんですか?」
「これも何かの縁だ」
別に名前を考えてやるくらい大した事じゃない。
正直いうとものつくりより、DORECAで魔法陣出して、素材放り込むよりちょっと手間がかかるが、大した労力じゃない。
おれは少し考えた。酒場、居酒屋……。
居酒屋なら漢字一文字か、ひらがな二文字か、両方をくっつけるか。
それが無難だと思う。
……奴れい?
「いやいやそれはないだろ」
「どういうものだい」
「忘れてくれ、流石にあれすぎる。奴隷にちなんだ名前だし」
「本当かい!」
イネッサが食いついた。何故か目を輝かせてる。
「えっと?」
「本当にそれでいいのかい?」
「え? いや、奴隷だぜ?」
「他の国ならいざ知らず、ここは王様の国、王様にとって奴隷は特別な存在。それにちなんだ名前をつけてもらえるなんて」
「……本当にいいのか?」
こくこく、と頷くイネッサ。
「……わかった、ちょっと待ってろ」
店の外に出て、余った素材の木の板を持ってきた。
DORECAを使って、筆を一本出す。その筆を使って木の板に文字を書いて看板にした。
それを持って店の中に戻って、イネッサに見せる。
「本当にこれで良いのか」
書いたのは「奴れい」、漢字一文字と、ひらがな二文字の組み合わせで居酒屋っぽくしたものだ。
「これ、奴隷って意味なのか?」
流石によめないか。
「ああ、そのまま奴隷って意味だ」
「ありがとう王様!」
「おめでとうございますイネッサさん」
大喜びするイネッサ、拍手する女。
本当にそれでいいのかと思った。
結論、どうやらそれが最善だったらしい。
国王御用達の居酒屋「奴れい」は、この辺りでもっとも繁盛する店になっていくのだった。




