男のロマン
気づいたら雲の上にいた。
上は晴れ渡った青い空、地面はどこまでも続く白い雲。
最初はちょっとびっくりした、だがすぐになれた。
ここに来るの、二回目だから。
「秋人」
「やっぱりお前か」
目の前に現われたのは女神だった。
おれをこの世界に召喚して、ものづくりの魔法――DORECAを与えてくれた張本人。
「呼ばれると思ってた」
「予想してたというの?」
「ああ。聖夜の事だろ」
「その通りです」
頷く女神。
これが来る可能性は予想していた。
何しろおれと聖夜は同時にこの世界に召喚された。そして聖夜はおれの手で退場してもらった。
何かあるんだろうな、とは思ってた。
「やってしまったわね」
「そうか?」
「どうにかならなかったの?」
「なったかもしれない」
おれは頷く。女神が聞いてきたとおり、どうにかする事は可能だ。
が、おれはそうしなかった。
「ライサが欲しかった。だから聖夜は邪魔になった」
「そう。……強くなりましたね」
「うん?」
「力をもつ人間の顔になってきた。力を使うことに慣れて、それを疑っていない顔」
「褒めてないよな」
「いいえ、褒めてます。そういう人間でなければ世界は再生できないから」
そう、女神から頼まれたのは「世界再生」。
邪神にズタズタにされ荒廃しきった世界を再生させること。
それが彼女の命令で、目的である。
だからこれも予想してた。
何も再生できていない聖夜をリタイヤさせても、なんのおとがめなしというのは。
「それに」
「うん?」
「いい目のまま。普通、力をもてば傲慢になって、私利私欲に走るものだけれど」
「走ってるぞ。奴隷を無理矢理おれのものにした」
「民から搾取していない、民を使って自分を満足させようともしていない」
「やる必要がないからだ。DORECAの方がよっぽど効率いいしな」
それにその過程で奴隷を愛でて笑顔をみることができる。
二重に美味しい。民から絞る必要性なんてどこにもない。
「……あなたを喚べてよかった」
なんかわからないけど、女神は穏やかに微笑んだ。
何でそう思ったのかわからないけど、その反応なら問題ない。
「で、これなんだが」
おれはポケットからDORECAを取り出した。
聖夜のものだったヤツ、今はおれのものになったノーマルカードのDORECA。
それを女神に見せた。
「これはどうすればいい、返せばいいのか?」
正直いらない。
奴隷達にカードを持たせたいが、それは奴隷カードで事たりる。
わざわざもう一枚カードをもつ必要はない。
「持ってなさい。いつか役に立つわ」
「そうか? わかった、持っとく」
二枚目のDORECAをポケットにしまった。
わざわざ持ってる必要性はないが、返さなきゃいけないってこともない。
持ってればいつか役にたつ、っていうのなら持っとこう。
「今日はそれだけか?」
「あなたは国を作った。国民は一万人を越えようとしているわね」
「ああ、そうだ」
ほぼほぼ一万人だ。
現実世界でも一万人未満の国が現存してる事を考えれば立派な国といえる。
「十万人になったらいいものをあげる」
「なんだ、それは」
「それはまだ内緒。十万人になった時にまた呼ぶわ」
「わかった」
十万人か。
いいもの、っていうのが微妙にテンション上がらないけど、世界再生してくうちにどうせ到達するんだ、その時についでにもらっておこう。
「おねがい」
女神はおれを見つめて、手を握ってきた。
まっすぐと、懇願に近い目で。
「あなただけが頼りなの」
女神に懇願される。
悪い気はしなかった。
☆
気がつけば自分の部屋にいた。
王都リベック、宮殿の中にある自分の部屋。
むくりと起き上がる、普通過ぎる感覚。
「今の……夢だったのか?」
と、つい思ってしまう。
が、どうやらそうじゃない。
起き上がって、自分の手を見つめる。
感触が残ってた、女神に握られた感触が。
「柔らかかった、それに……結構いいにおい」
そこに残ってる感触が、女神のところに行ってきたのが事実だと物語る。
というか、ちょっとドキドキする。
最後に手を握られたのが。
なんか、変な気分になって――。
コンコン。
ドアがノックされた。
直後にそっとドアが開く。そこからリーシャが顔をのぞかせてきた。
「あっ、おはようございますご主人様」
「おはよう。入れ」
許可してやる、リーシャは部屋の中に入ってきた。
「おはようございますご主人様」
「ああおはよう。どうした、なんかいいことでもあったのか?」
「え?」
「そういう顔をしてる」
リーシャは自分の顔をベタベタ触った。
「その……いいことというか、ご主人様にみてほしいものがあって」
「みてほしいもの? どこだ」
「えっと、執務室の方に」
「わかった。朝の支度手伝ってくれ」
「はい」
リーシャは頷き、おれの服を持ってきてくれた。
服を差し出すリーシャの手を見つめた。
なんとなく、服ではなくその手を取った。
「ご、ご主人様?」
「……」
無言でリーシャの手を握った。
「リーシャ」
「はい!」
「おれの手を握ってくれ」
手を離して命令する。
リーシャは首をかしげつつも命令にしたがった。
手を握られる。
「ど、どうしたんですかご主人様」
「ふむ」
手を離し、匂いを嗅ぐ。
他に似てるものは知らなくて、例えようのない匂い。
だが、ものすごくいいにおい。
「ご主人様!?」
「いいにおいだ」
「えええ」
「奴隷の匂いがする」
「そりゃ……わたしは奴隷ですから」
だから何? って顔をする。
「なんでもない。さあ、仕事するか」
「はい!」
笑顔で頷くリーシャ、首輪の宝石は心なしか輝く。
おれは確信する。
女神なんぞよりも、奴隷の方がずっと好きなようだ。
☆
執務室に来ると、そこにニーナが待っていた。
ニーナはおれをみるなり駆け寄ってきた。
「会いたかったよ王様! みてみて、これ、新しい設計図。第一奴隷様に協力してもらって王様のために書いた設計図なの!」
「落ち着け落ち着け、設計図? 第一奴隷ってリーシャか? どういう事だ?」
「王様のために書いたプーー」
途中でニーナが興奮して鼻血を吹いた。
なんとなく予想してたから吹く直前にかわした。
「いいから落ち着け。リーシャが説明してくれ。拭くのはあとでいい」
どうせまた何回か吹くだろうから。
一緒に部屋に入ってきたリーシャが頷いて説明をはじめた。
「えっと、前にご主人様から戦艦の設計図をいただいたのを覚えてますか?」
「うん? あああげたっていうか、地面に書いたのをお前がうつしたやつだっけ」
「はい。それを彼女と一緒に改良して、実際に作れるものにしたのがこの設計図です」
リーシャは執務机の上にある紙をさした。
それをのぞき込んだ。
おれが書いたものよりも遙かに細かい図面がそこにあった。
細かすぎて、おれには理解できなかった。
何となく「船?」ってわかる位だ。
「ふむ、これはどういうものなんだ?」
「陸上を走る戦艦でプーー」
「お前はいいから。リーシャ、説明」
リーシャから説明を受けた。
とはいっても、ニーナが言いかけた「陸上を走る戦艦」でほぼ説明がついていた。
大きくて、ニートカを数十門その改良型を主砲としてつけられてる。
うん、これは確かに戦艦だ。
「なるほど。よく考えたな」
「ご主人様はものすごく強いから、こんなのいらないんだけど」
「いや、よく考えてくれた。ニーナもありがとう」
「プーー」
鼻血を吹いて倒れてしまった。
ヘブン顔、軽く昇天してるかんじだ。
「よし、これを作ってみろ」
「え?」
驚くリーシャ。
「どうした、なんで驚く」
「その……」
リーシャはもじもじして、いいにくそうに口籠もった。
「話せ」
「はい。その、建造に必要な魔力が……一千万近くかかるみたいです」
「へえ」
一千万か、それは確かに結構な数字だ。
「それにやっぱり、ご主人様強いから、こういうのはいらないと――」
「リーシャ」
「はい!」
びくっと、背筋を伸ばすリーシャ。
「お前が責任持ってこれを作れ。魔力は使っていい」
「――わかりました」
一瞬ためらったが、忠実な奴隷であるリーシャは逆らう事なく、命令を受け入れた。
戦艦か、楽しみだ。




