残り物には福がある
火事の跡地、そこを復旧するためにライサを連れてきた。
中心にある数軒の建物が真っ黒焦げになってて、そのまわりがドーナッツのようにぽっかりと空いてる。
ミラがおれの命令通り、まわりの建物を奴隷カードの『解体』で壊したから、被害は最小限に食い止められたようだ。
「ご主人様」
「ああ。やってこい」
ライサは頷き、走って行った。
そこで待っていた住民たちから話を聞いて、決まった場所に魔法陣を張っていく。
「おっ?」
魔法陣を張ったそばからすぐに素材が投入された。
用意したのは奴隷達じゃない、そこにいる住民だ。
どうやら前もって準備をしてあったらしい。
「ご主人様!」
ライサと入れ替わりにミラが戻ってきた。
「状況を報告してくれ」
「うん! 火事になったのはあの真ん中の家、あそこから火が出て、まわりの三軒に燃え移った。それ以外はご主人様の命令通りにやったら燃える物がなくなって火が消えたよ」
「そうか。けが人とかは?」
「なかった。みんなすぐに逃げ出したみたい」
「そうか」
それは良かった。
まあ、今のところたててる家の構造がシンプルだから、よほどの事でもない限り逃げられるだろ。
「で、出火の原因は?」
「えっ? うんと……」
ミラの目が泳いだ。
しばし迷って、それから答えた。
「ごめんなさい、それはわからない」
「いや、いい」
シュンとするミラの頭を撫でてやった。
そういうのは警察とか探偵とかの仕事だろう、専門知識が必要なものだ。
奴隷にそれを期待するのは酷ってもんだ。
「しかし……」
「どうしたんですかご主人様」
「いや、火事が起こることを考えると、やっぱり消防面も考えなきゃって思ってな。毎回毎回、こんな風にまわりをぶっ壊すわけにも行かないだろ」
「そうなの?」
「例えばだけど、火事が起こったときおれも、奴隷の誰も街の中にいなかったらどうする?」
「あっ……」
ミラははっとした。おれが言った状況を想像できたみたいだ。
「すぐに壊せない分延焼するだろうな」
「そうなったら……大変だね!」
まわりを見回すミラ。
この辺りは建物が密集してる。
火事が起きて、即断でまわりを破壊しなかったら一帯丸焼けになる可能性が非常に高い。
「じゃあどうするの?」
「お前がいるじゃないか」
「え?」
ミラは赤面した。
「わ、わたし?」
「そうだ」
ミラの真っ正面に立って、肩をつかんで、目をのぞき込む。
ますます赤面した。
「ミラ、お前にやって欲しい事がある」
「――ッ、任せて! ご主人様のためなら何でもやる」
「そうか。じゃあ今からニーナのところに行ってくれ」
「……え」
赤面が一瞬にして青ざめた。
みててちょっとかわいそうになったが、後でたっぷり可愛がってやることで帳尻を合わせることにしよう。
おれは心を鬼にして更に言った。
「ニーナのところにいって、火事の事を話して、それに使えそうな物を開発してこい。魔力は二百万までなら使っていい」
開発費としてはかなり高くつくが、必要経費だ。
「やれるな」
「……」
「ミラ?」
答えないミラの顔をのぞき込む。
「どうしても行かないとだめ?」
「ああ、どうしてもだ」
「うう……」
涙目になるミラ。
命令には絶対服従、ご主人様の過労ですら名誉に思うエターナルスレイブにしてはかなり珍しい反応だ。
そんなにいやなのか。
後で帳尻あわせに愛でてやればいいと思ったが、ここまでだとちょっと考えてしまう。
「ご主人様」
悩んでるうちにライサが戻ってきた。
「おう、どうした」
「仕事終わりました」
ライサ越しにみる。
彼女が言ったとおり魔法陣はあっちこっちに張られてて、そこに住民達が素材を運び入れてるところだ。
「ご苦労だった」
「他に何かする事あります?」
仕事を要求するライサ。こっちはエターナルスレイブらしい。
……そうだな。
ミラが怯えてるし、ニーナのところにはライサを行かせるとするか。
「悪いけどライサ、今から言うところに――」
「だめ!」
ミラが大声を出した。
「ミラ?」
「わたしが行く!」
「いやなんじゃないのか?」
「いやだけど……正直すごくいやだけど! めちゃくちゃとんでもなくいやでいやでたまらないけど」
「そんなにいやなのか」
思いっきりりきせつされた。
「でもご主人様のためならなんでもやる! 火の中水の中、地獄の中だもん!」
「地獄クラスなのか」
そこまでいやなのか、って思ったが、本人が行きたいって言うのなら仕方ない。
「わかった、じゃあミラ行ってくれ――」
「あのっ!」
言いかけたところに、今度はライサが割って入ってきた。
「どこに行くのかわからないですけど……危ないところなんですよね」
「危ないところっていうか」
危ない人のところだな。
「なら、わたしが行きます!」
「え?」
「ご主人様によくしてもらったご恩を返させてください!」
「恩って程のことはしてないが」
「ご主人様、わたしが行くから」
「いえ、わたしに行かせてください」
ミラとライサ、二人してわたしがわたしが、って言ってくる。
「ご主人様のためならなんでもします!」
「わたしも、どこへでも行きます!」
二人とも譲らなかった。
その健気さにおれは感動した。
「わかった。ミラ、お前が行ってくれ」
「はい!」
ミラは嬉しそうに頷き、ぱっと駆け出した。
おれが命令を変える前にさっとその場からいなくなった。
「……」
一方、命令してもらえなかったライサは悲しそうな顔をした。
「そんな顔をするな、お前には違う仕事がある。重要な仕事だ」
「本当ですか!?」
ぱあ、と表情が明るくなった。
「ああ本当だ。協力してくれるな」
「はい!」
満面の笑顔で頷くライサ。
嘘じゃない、本当に重要な仕事だ。
「じゃあ、とりあえず飯に行くか」
「え?」
きょとんとするライサ。
ミラとニーナ、消防に使う何かを開発するために大量の魔力を消費する。
その魔力の補充のために、おれは、ライサを全力で愛でることにした。
そう、許可を出した二百万の魔力分、ライサをとことん可愛がると決めたのだった。




