平和の象徴(シンボル)
おれはライサを執務室に呼び出して、彼女の前で魔法陣を張った。
奴隷カード(ノーマル)、奴隷のDNAを素材に作るアイテムだ。
「ここに髪の毛を一本入れてみろ」
「はい」
不思議がりながらも、言われた通り髪の毛を一本抜いて、魔法陣に入れた。
魔法の光が髪の毛を包み込んで、カードができあがった。
他の奴隷達も持ってるヤツだ。
「ほれ」
それをとって、ライサに差し出す。
「これは……DORECA?」
「奴隷カードっていう。奴隷全員に渡してるやつだ。基本はDORECAと同じように使えるはずだが、詳しい話は四人の内の誰かに聞け」
「……」
ライサは受け取らなかった。奴隷カードを見つめて、なにやら迷ってる様子。
「どうした」
「もらって……いいんですか?」
「いらないのか?」
「いえ、こんなわたしが……みんなと同じものをもらうなんて――」
「ほれ」
問答無用で奴隷カードを押しつけた。
「こんなわたし」って言うのは多分聖夜の奴隷だった事だろう。
それは気にしない、むしろだからこそ奴隷カードを渡した。
ベルミで聖夜らしき男を見て、渡したくなった。
渡したくなくなった――目の前の奴隷を。
「ありがとうございます」
ライサは奴隷カードを大事そうに抱えた。
奴隷カードが淡く光って、そして。
――魔力がチャージされます。
「うん?」
「どうしたんですか?」
「いやいま……なんか違うのが聞こえたんだ」
「?」
首をかしげるライサ。
彼女以上におれは状況に困った。
魔力チャージ。
いつもならチャージされた数字が脳内に聞こえるんだが、何故か今回、その数字がなかった。
「メニューオープン」
どういう事なのかと思って、DORECAで確認した。
魔力の数字を見る。奴隷カードを作る直前とそんなに変わってない。
代わりに増え続けた。
大体一秒ごとに1というペースで増えてる。
RPGで言うところの「徐々に回復」ってのと似てる。
メニューを見て、ライサを見た。
彼女が原因なのか?
……。
多分そうだろう。
奴隷カードを大事そうに抱えてる姿を見てると、そうなのかもしれないって気がしてくる。
確信すらある。
ライサはそういう奴隷なのかもしれない。
徐々に魔力が増えていく、という初めての出来事をおれは割とあっさり納得した。
今までの奴隷が皆、チャージの仕方が違うっていう経験から、おれはすんなり目の前の状況を受け入れた。
「ありがとうございます、ご主人様」
ライサの「ご主人様」は大分自然になってきてた。
ドアが開いて、奴隷達が姿を見せる。
リーシャ、ミラ、ユーリア、リリヤ。
四人の奴隷が勢揃いだ。
「お呼びですかご主人様」
リーシャがそう言いながら入ってくる。
カードだけじゃなく、ライサに首輪やドレスも作ろうと思って、その手伝いに奴隷達を呼んでたのだ。
他の三人もぞろぞろ入ってくる。
全員が――奴隷が一室に勢揃いした、その時。
カードが光り出した。
それぞれが持つ――ライサがまだ手に持って、他の奴隷達がポケットとかにしまっていた奴隷カードが一斉に光り出した。
五枚のカードの光、室内がまぶしくて目をあいてられないほどの強い光だ。
「これって……もしかしてカードが進化するの?」
「それか新しい物が増えるんじゃない?」
リーシャとミラが言う。
おれは知ってる、奴隷達も知ってる。
カードがこういう風に光ってるときは、大抵何かが増えたり、ランクがアップするときの光だ。
「ご主人様の、光ってない」
「あら、本当ですの」
ユーリアとリリヤがいう。
おれは自分のDORECAをみた。
二人が言うとおり、おれのだけ光ってなかった。
五枚の奴隷カードがまぶしいくらいに光ってるのに、おれのはウンともスンとも言わなかった。
こんなの初めてだ。
やがて、奴隷カードの光が収まる。
「何があったか確認してみろ」
おれが命令して、奴隷達が一斉にカードで確認した。
「ご主人様、作れる物が一つ増えてます」
「どんなのだ?」
その間おれもDORECAを確認したが、こっちはやっぱり何も変わってない。
「えっと……」
リーシャが口籠もる。奴隷達が互いを見比べる。
なんだ? 言いにくいものなのか?
それがなんなのか気になった。
☆
次の日。
リベックの中心部、町広場。
奴隷が全員集まっている。
五人は同時に奴隷カードを出して、一つの巨大な魔法陣を張った。
それぞれ立ってるポジションを頂点に、五芒星がベースになった魔法陣。
それが様々な矢印を出して、あっちこっちにすっ飛んでる。
ちなみにおれは何もしてない。何を作れるのかさえも聞かされてない。
奴隷達が動き出す。
矢印をおってどこかに行ってしまった。
ちなみに何ができるのか教えてもらえなかった。
全員が口を揃えて「できてからの楽しみ」だとはぐらかした。
「ま、別にいいけど」
むしろ楽しみだ。
奴隷カードにしかないもの、奴隷達が何を作ってくれるのか楽しみだった。
ちなみに魔力の消費はなかった。
今までの経験だと魔力を消費しない物は結構面白い物になるから、ますます楽しみになった。
奴隷達が様々な素材を運んできて、魔法陣に入れた。
「ご主人様」
ユーリアがおれのところにやってきた。
ちょっと前にマイヤが持ってきた、民の連名傘を抱えてる。
小柄なユーリアが持つには大きすぎる傘で、ちょっとふらついてる。
「これ、使ってもいい?」
よく見ると、傘は光ってて、魔法陣から出てる矢印がそれを指してる。
「なるほど、それが素材か」
「うん」
ユーリアは申し訳なさそうな顔をした。
「そんな顔をするな」
「でも――民がご主人様を思う気持ちそのもの」
「気にするな、どうせ飾ってるだけの物だ。魔法陣が要求する素材だってんなら遠慮なく使え」
「うん――」
「それと」
「?」
「これからこういうのはお前の判断で決めていい」
こういうの、というのはあえて言わない。
ユーリアならわかるはずだ。
案の定、彼女はすぐに理解して、それで驚いた。
「いい、の?」
「お前なら任せられる」
それくらいおれはユーリアを信用してる。
十秒くらい驚いた顔のあと、ユーリアがおずおずと頷く。
――魔力を1,000,000チャージしました。
「頑張る」
無表情で連名傘を抱えて、小走りで去っていった。
ユーリアらしい反応だ。
おれたちがそんなやりとりしてる間、素材が全部集まった。
ユーリアが持っていった連名傘が最後の素材になった。
いつの間にか民が集まって、遠巻きに見守ってる。
何ができるのかわくわく、って表情をみんなしてる。
「ご主人様」
リーシャがおれを呼んだ。奴隷達の元に向かった。
「それで最後みたいか」
「はい!」
頷くリーシャ。奴隷達が全員、民以上のわくわく顔でおれを見ている。
ユーリア一人じゃ大変だった連名傘を、全員で力合わせて持ってる。
なんとなく、求められてる事がわかった。
「やれ」
そういうと、全員が一斉に頷き、ユーリアが傘を魔法陣の中に入れた。
それまでに投入した大量の素材を魔法陣の光が包み込んだ。
いつも通りの光景。それでできたのは――銅像だった。
「……おれ?」
さらにいうとそれはおれの銅像だった。
王冠をかぶって、マントをなびかせ、ポーズをとってるおれ。
それが銅像になった。
「こんなのだったのか」
まさか銅像ができるとは思わなかった。
「わたしたちもビックリしました」
「うん! でもこれは絶対作らないとだめって思ったの」
「それよりも――感じる」
「はいですの。イリヤの泉よりも強くて温かい安心感ですの」
奴隷達が口々に言った。
おれも感じた、銅像が完成した瞬間に感じた。
魔物の侵入を拒むイリヤの泉、それができた時に感じたものよりも強い物を感じた。
詳しい効果はわからない、わかってるのは、これがイリヤの泉の上位互換だろうって事。
集まった民から歓呼が上がった。
多分、全員が同じのを感じたんだろう。
銅像の下、奴隷も、民も。
全員が笑顔に包まれていた。




