感謝の気持ち
「それであの新しい奴隷……えっと名前はなんだい?」
執務室の中、おれの前にいるマイヤが聞いた。
「ライサって言うらしい」
「らしい?」
「おれも知ったばかりだ」
「ふーん。他人の奴隷はどうでも良かったってことかね」
頷く。
今までは聖夜の奴隷だって事で名前を聞かないようにしてきたが、おれの物になったのをきっかけに聞いた。
彼女の名前はライサ。ちなみにリーシャは前から知ってたらしい。
ライサはビックリするくらい元気になった。
ユーリアに割り当てられた仕事で、朝から晩までリベックをかけずり回ってるが、仕事をやればやるほど喜んでる。
「顔を見てびっくりしたさね。あんな表情をする子だとは全然思ってなかったからさ」
「それはおれもビックリだ」
「結局、エターナルスレイブってのはみんなそう言うものなのかね」
「かもしれないな」
放っておいたら衰弱死しかねないくらいのふさぎようから一転、奴隷の中でも飛び抜けて元気に働き回ってる。
もっと早くこうしたらよかったな、とおれは思った。
「それはともかく、今日来たのはなんだ?」
「これを持ってきたのさ」
マイヤは手を叩いた。
執務室のドアが開いて、彼女の仲間の女達が入ってきた。
女達は持ってる箱をおれとマイヤの間に下ろして、部屋から出て行った。
箱の中を見た。二つ折りの紙とか、封筒とかが山のように入ってる。
「これは?」
「あっちこっちの町から預かってきた、アキト宛ての感謝状さ」
「感謝状?」
二つ折りのを一枚取った。
開いてみると、それはものすごく拙い字で書かれてるものだった。
一目で見てわかる、子供の字だ。
「王様ありがとう、って書いてあるね。こっちは生活が楽になった、感謝してるだね」
マイヤが持ってきた手紙を次々に開けてみた。
どれも似たような事が書かれてる、感謝の言葉だ。
「こんなものが……」
「それと、こういうのも預かってきた」
マイヤは立ち上がって、箱のうち一番大きなものを開けた。
そこから傘を取り出した。
巨大な、パラソルよりも一回り大きくて、垂れ幕でもつければテントになりそうなくらいでかい傘だ。
それを執務室の中で開いた。
「これは?」
「ここに人の名前が書いてあるだろ」
「ああ、びっしり書かれてるな」
「これはね、あんたに感謝してる人の署名さ。カザンから預かってきた物でね、この辺は為政者に感謝するとき、連名の傘を送る風習があるんだとさ」
「へえ……」
「これくらい大きいのは中々ないね」
マイヤはしみじみと言った。
「こんな物をもらうとは思いもしなかった」
「それだけみんなあんたに感謝してるのさ。言っとくけど、上辺だけの感謝ならこういう物はまず作られないよ」
そう言うものなのか。
いやでもそうか、そういう場合はありがとうって口で言うだけだし、わざわざこんなどでかいものを作って、みんなで署名をする必要もない。
感謝の気持ちは、単にありがとうって言われるよりもずっと伝わってきた。
世界を再生して、王になって君臨するのが目的だったけど。
純粋に感謝されるってのも、結構嬉しいもんだな。
「感謝か。それで王になったと思ってたんだが」
「それだけじゃ表しきれなかったって事さね」
「そうか。ありがとうマイヤ、届けてくれて」
「いいさ。あたいらは運んだだけだ」
マイヤは肩をすくめた。
「正直、最初はあんたのためにいろいろやろうと思ってたんだけどね」
「色々?」
「悪口を言うやつがいたらとっちめたり、上手く説得したりとか、色々さね」
マイヤは「上手く」を強調して言った。
「言論統制かよ」
「それがまったく必要なかったさ。どこに行ってもあんたに感謝する声だらけさ。ま、唯一不満があるとすれば……」
「すれば?」
なんだろ、気になる。
「プシニーがまずいって事くらいさね」
「……あれはまずいよな」
おれはマイヤと笑い合った。
☆
マイヤが帰った後、おれはユーリアを呼び出した。
「お前に任せたい仕事がある」
「うん、何?」
ちびっ子奴隷のユーリアがおれを見つめる。
感情が乏しいけど、いつものことだ。
「おれがリーシャと行ってた浜辺、リゾートに作りあげたあそこ。あそこを国民に開放する」
「みんなに使わせるの?」
「そうだ」
「ただで?」
「いや」
首を振った。
「最低限の衣食住は保証するが、それ以上は自力でやれ。今までの方針通りだ」
「じゃあ、金取る?」
「そうだな、ぼったくりにならない程度取れ。その辺はお前に任せる」
「わかった」
「ああ、ちょっと待て」
ユーリアを呼び止めて、考えた。
「最初の客はただで招待してやれ。国王即位とかなんとか、適当に名目つけて。それも任せる」
「わかった。招待の相手は?」
「これだ」
マイヤが残していった手紙の山から一通抜き出した。
丁度いい具合に、それは子供が書いたものだった。
「多分家族がいる、この子の一家を招待しろ」
「うん、わかった」
命令を一通り受け取って、ユーリアは執務室から出て行った。
後はユーリアが上手くやってくれるはずだ。
一人になった執務室の中で、おれは手紙の山と傘を眺めた。
「メニューオープン……解体」
それらにDORECAの魔法をかけた――効かなかった。
国民が作ってくれたものという実感が、少しずつ大きくなっていった。




